由体積の平均サイズ、数濃度の評価
8.1緒言
形状記憶合金と同じ機能を示す形状記憶ポリマーが開発され、ポリノルボルネン(日本 ゼオン㈱)(8 1)、トランスポリイソプレン(㈱クラレ)、スチレンーブタジエン共重合体(旭 化成工業㈱)、ポリウレタン(三菱重工業㈱)(8 2)〜(8 5)などが形状記憶ポリマーとして商品 化されている。
形状記憶ポリマーでは、相転移温度で分子鎖の運動性に差異が生じることを利用して、
形状回復・形状固定などの特性を発現させている。そして、一次構造中にウレタン結合か らなる剛直なハードセグメントとポリエステルからなる柔軟なソフトセグメントをもつポ リウレタンには、ハードセグメント部位におけるセグメント間の相互作用により繊維状の 高次構造が構築される。X線回折などによる解析から、ポリウレタンポリマ]はラメラ状の ハードセグメントによる結晶性領域と、これらを橋梁けする非晶性領域に相分離している
と予測されている(図8.1)。今回取り上げた形状記憶性ポリウレタンは、これらの繊維上 構造とこれらを構築するセグメント間の水素結合などの物理化学的相互作用によって形状 記憶機能が発現すると考えられている。このような分子構造を有する高分子の形状記憶回 復機構の解明は科学的な観点からも非常に興味深い。
本研究では、温度可変型赤外吸収スペクトル測定装置を用いて室温から融点までの赤外 吸収スペクトルを測定し、形状記憶の原動力と予測されるソフトセグメント領域の分子運 動の増加、温度の上昇に伴う分子構造内の水素結合の量的変化、ハードセグメント領域の 高次構造の再構築の機構を考慮した。併せて、ポリマー中の自由体積分率を実験的に評価 できる陽電子消滅寿命測定法(州〜(8・9)を用いて、自由体積の平均サイズ、数濃度の温度依存 性を追跡し、形状記憶ポリウレタン中の局所構造の変化について考案した。木研究で得ら れた結果は、形状記憶発現メカニズムを探る上で有効な情報をもたらし、より高機能を付 与した形状言己憶高分子の開発に寄与すると考えられる。
8.2陽電子消滅寿命パラメータによる自由体積の大きさ、数濃度の推定 8.2.1オルトーポジトロニウムの寿命と自由体積の大きさの関係
観測された陽電子消滅寿命(τ)は、消滅した位置での陽電子と電子の密度の積分の逆
数である(H・9)。
併・・・・・・…(9ρ・ρ一・・)一一…(・・1)
式(8.1)により電子密度の低い大きい空孔中ほど、陽電子は長寿命となる。実際の陽電子 消滅寿命は物質中での消滅形態の違いにより3成分に分別される。最も短い第1成分(τ1
:O.12ns)パラーポジトロニウム(ρ一Ps:一重項ポジトロニウム)の自己消滅に、中間の第 2成分(τ。=O.40ns)は空孔や欠陥での陽電子の消滅に、最も長い第3成分(τこ王<真空中で
!40nsは自由体積中に形成され、局在化したオルトポジトロニウム(o−Ps:三重項ポジト ロニウム)に帰属される。
第3成分(τ、…)は。−Psのピックオフ反応で〜数nsになる。高分子中の球形近似した自 由体積の大きさ(半径R㎜)と観測された。−Psの寿命(τ、ns)の間には、式(8.2)の相関
があるとされている(8 lO)。
炸・・ m1÷十仔ガ(・・)
ここで、Ro=R+△Rである。△Rは自由体積中への電子雲の滲みだしの厚さを表すパラメ ータで、O.166㎜が最もよいフィッティングパラメータとして用いられている。また、空孔 サイ ズが既知の比較的大きなケージを有し、分子ぶるいに利用されるゼオライトなどを用 いたキャリブレーションにより、式(8.2)の妥当性が検証されている(8.1o)(表8.1)。しかし、
式(8・2)の適用はPsが化学的な消滅を起こすような官能基をその構造中にもたないような ポリマーに限定される。
8.2.2自由体積分率の算出
自由体積分率(f、)は以下の関係式(8.11)〜(8 I3)により算出した。
f、・V。(A×I:…・B)…(8.3)
ここで、f、はτ。および式(8−2)から得た自由体積半径(R)より算出した自由体積、I、ヨは。−Ps の収率(相対強度)である。また、A,Bは物質固有の定数であるが、本試料においては独立
した物性評価による定量的な値が得られていないので、本研究では任意の値(A・1,B・O)
とし、定性的な温度依存性について検討した。
8.2.3データ解析
すべての陽電子消滅寿命曲線は非線形最小二乗法によって解析した。非線形最小二乗解 析法は平均的な自由体積の大きさ、数濃度を与える。
非線形最小二乗法による解析では測定曲線y(t)は装置分解能関数R(t)および各状態での 陽電子の消滅速度の減衰関数の一次結合との畳み込み(*で表現した)によって以下のよ
うに表される。
y(t)・R(t)‡(N,C(t)十BG)…(8.4)
C(t)=α1λle一λ1t+α2λ2e一λ2t+α3λ3e■λ3し… (8.5)
N、は全カウントに対する数規格化因子、BGはバックグラウンドである。また、演算子*
で示される畳み込みは以下の積分を意味する。
R(・)*C(・)・9ニニR(τ)C(・一τ)dτ…(8・6)
λiはi番目の寿命成分τiの逆数であり、αiλiはその強度(Ii)である。この方法で正確 に解析を行うためには陽電子消滅の崩壊項数を仮定する必要がある。本研究では、前述の3 通りの消滅形態を仮定し、3成分による解析を行った(式(8.5))。
また、実際の分解能関数R(t)はわからないが、ガウス関数を線形的に組合せることによ って近似した。フィッティングパラメータのλiおよびαjを求めるために、測定曲線y(t)
に対して式(8.6)を適用して最小二乗法によるフィッティングを行った。この目的のために コンピュータプログラムPATFIT(8.】一I)を用いた。解析結果の評価はx2検定法により行い、す べての解析結果に対してx2/ツの値が〜1.1であることを確めた。
8.3実験
8.3.1試料
ジイソシアネート(OCN−R−NCO)とポリオール(HO−R 一〇H)を鎖延長剤(H0−R 一0H)を用 い無溶媒条件のプレポリマー法で重合して、ポリウレタン樹脂(ガラス転移点(T、)、DSC:
41℃(図8.3)、動的粘弾性測定:55℃(図8.4);融点(T、):〜1900C)を調整した(図8.2)。
試料の分子量は224000、また、重量平均分子量および数平均分子量の比(亙、/亙n)は4.49で あった。結晶性領域(ハードセグメント)の分子構造全体に占める割合(ハードセグメン
ト分率)は以下の関係式に従い算出した。
ハードセグメント分率(Wt%)
1
= (鎖延長剤の重量十鎖延長剤と等モルのジイソシアネートの重最)
ポリマーの重量
・(8.7)
本試料のハードセグメント分率は、38wt%であった。
8.3.2測定機器
赤外吸収スペクトルは、顕微フーリエ変換赤外分光光皮計(Micro FT−IR Spectr㎝eter Janssen MFT−2000;日本分光㈱製)を用いて測定した。30〜200℃の範囲を、10℃/min、各 点積算15回、スペクトル分解能4㎝一1、窓材にKBr(透過領域40000〜340㎝一1;n・1.52)を 用いて測定した。測定面積は150×150μmであった。得られたデータはパーソナルコンピ ュー^にストールしたのち、付属のソフトウェアを使用して、特徴的なピークのシフト値、
吸光強度比、ピーク面積比などを解析した。
陽電子消滅寿命は、Fast−Fasr同時計数装置で測定した。詳しい構成は我々の以前の論文 で示した(8・6)・(8・7)。陽電子源は、22NaC1水溶液(0.7MBq)をカプトン(ポリイミド)膜に直 径1㎜以内になるように滴下し、乾燥したのちカプトン膜で密閉して調整した。陽電子線源 から放出するすべての陽電子が試料内で消滅するよう、一対の試料は厚さが各〜2㎜、面積 は1㎝2になるように調整した。陽電子源はセルに封入し、同じ形状の2枚の試料でサンド イッチ状にはさみ、減圧下、室温〜100℃の範囲の陽電子消滅寿命を測定した。
8.4結果および考察
8.4.1FT−IRスペクトルからの考察
得られたIRスペクトルの例を図8.5に示した。本研究では温度上昇に伴う水素結合の初
断の様子を追跡するために、水素結合に関与しうる官能基に帰属されたピークに注目した。
分子構造内でプロトンドナーとなりうるのはウレタン結合のNH基のみで、NH伸縮振動によ る吸収帯はNH基が遊離している場合3530〜3400cm11であるが、水素結合に関与している場 合は3500〜3060㎝■1と長波長側にシフトする。よって、NH基に水素結合が生じている場合 は3400㎝一1付近にブロードなピークが出現する。プロトンアクセプターとなりうるのは、
ウレタン結合およびエステル結合のカルボニル基である。ウレタン結合のカノレボニル基の 伸縮振動による吸収帯は1710〜!630㎝一1に出現し、エステル結合のカルボニル基の伸縮振 動による吸収帯は1750〜1735㎝一1に出現する(図8.6)。プロトンアクセプターであるCO基 はNH基ほど顕著な変化を示さないが、水素結合への寄与の有無により原子間の運動状態が 変化すると考えられる。これらの吸収帯の複合したピークを、ローレンツ型分布関数を用 いたカーブフィッティングによりバンド分離し、各々を帰属した。また、各温度間の水素 結合の生成量を定量評価するために、CH伸縮振動ピークを基準として各吸収波長における 吸光強度比を算出した。
図8.7に各官能基に由来する特性吸収帯のCH伸縮振動(2955㎝■)の特性吸収帯と吸収 強度比の温度依存性を示した。1615㎝一1はベンゼン環の特性吸収、1711㎝ 1はCO伸縮(ア
ミドI)の特性吸収、1739㎝■はCO伸縮(エステル結合)の特性吸収、3320㎝■1は水素結合 に関与した㎜の伸縮振動の特性吸収である。水素結合量に着目すると、T、付近で減少が始 まり〜50℃でわずかに変化を示したのち、〜80℃付近で増加に転じ、〜100℃で極大となり 融点まで減少していく。〜150℃において変曲点が見られた。〜50℃における変化は動的粘 弾性の変化に対応している。この結果は、T、でソフトセグメント領域に存在する水素結合が ガラス転移による分子運動の増加により徐々に切断されていき、80℃において二次構造の 再配向が起こり、水素結合量が増加し、100℃以上になるとハードセグメント領域のラメラ 構造が崩壊する様子を反映していると考えられる。また、ハードセグメント領域のラメラ 構造の崩壊はベンゼン環の強度比の変化にも反映している。150℃の変曲点がNHの伸縮と ベンゼン環の吸収にだけ現れているので、ラメラ構造がウレタン結合の水素結合に依存し、
この温度において結晶領域が何らかの構造転移を起こしていることが示唆される。また、
アミドIの強度比が100℃を境に急激に減少していることより、ハードセグメント領域の構 造転移がこの温度で生じていること、ラメラ構造を構築する因子がウレタン結合の水素結 合であることが示唆される。
なお、100℃まで水素結合量が増加しているのは、ハードセグメント領域の基本構造であ るP一フェニレン基同士の積層構造中に作用する分子間カにより、ハードセグメント領域に 存在する構造中の不規則性(ひずみ)が解消され、結晶構造の再構築が起きているからと 予測される。換言すれば、ハードセグメント領域の分子鎖同士の主分散により、この温度 領域でラメラ構造が安定化していることを示唆している。すなわち、80〜ユOO℃での一時的 な水素結合量の増加は、ソフトセグメント領域とハードセグメント領域の各分子鎖の運動 状態と配向状態のバランスの変化によると考えられる。
3220㎝.1付近の吸収をカーブフィッティングしてピーク位置を求め、吸収帯の半値幅の温