5.1緒言
近年開発および実用化が注目されている形状記憶材料の一つに形状記憶ポリマー(shape memory polymer,以下SMP)がある。SMPでは、相転移温度の上下の温度における分子運動 に違いにより形状固定性および形状回復性が現れる(5.1)〜(5 3)。SMPの中でポリウレタン系SMP では、相転移温度にガラス転移を利用しており、ガラス転移温度は233〜393Kに設定でき る。ポリウレタン系SMPでは、素材が軽く、複雑な形状に容易に加工でき、無色透明なの で着色が自由で、耐食性に優れ、低価格であるなどの特徴を有している(5…)〜(5.6)。
ポリウレタン系SMPフィルムでは、ガラス転移温度以上の温度で水蒸気透過率が著しく 大きくなる(5 6)。このフィルムをスポーツウエアなどに使用すると、高温では蒸れず、低温 では保温性が良いので理想的な衣類ができる。
上述のような特徴を有するポリウレタン系SMPが繰返し変形を受ける場合、その変形特 性は、温度、最大ひずみおよび繰返し数に依存して変化する(5.7)(5I8)。SMPの機能材料として の信頼性を評価する上で、材料の機械的一性質の把握とその評価法の確立が大切である。
この目的に対して、以前の報告(5.9)で、ポリウレタン系SMPフィルムの基本的な変形特性 を調べた。
本研究においては、ポリウレタン系SMPフィルムの機械的 性質の中でも最も重要な形状 固定性および形状回復性を実験的に調べた。すなわち、ガラス転移温度丁、以上の高温での 負荷、最大ひずみを保持したままT、以下の低温までの冷却、低温での除荷、さらに無応力 下での加熱からなるサーモメカニカル負荷を繰返し与え、材料の応力一ひずみ一温度関係 を調べることにより、形状固定性および形状回復性を検討した。
5.2実験方法
5.2.1供試材および試験片
供試材は形状記憶特性を有する2種類のフィルムであった。各フィルムのガラス転移温 度(力学転移の中間温度)T、は約298Kおよび328Kであった。それぞれのフイルムは三菱重 工業㈱製のダイアリィMS2510およびMS5510を原料として、薄膜状に乾式成膜された。ダ イアリイMS2510およびMS5510はジメチルホルムアミド(DMF)を重合媒体とした溶液重合法 により重合したポリエステルポリオール系ポリウレタンであった。ポリマとDMFの重量比 は3:7であった。そして重合した液体の粘度は温度298Kで100Pa・sであった。
試験片は短冊状の幅および厚さが一様なフィルムであった。試験片の寸法は全長75㎜、
標点距離25㎜、厚さ約50μm、幅5㎜であった。
5.2.2実験装置
引張試験には、形状言己憶材料特性試験装置[㈱島津製作所製のAG−500形](洲を用いた。
実験装置は恒温槽を取付けた引張試験機と温度制御装置とから構成されていた。試験片の 加熱と冷却は、それぞれ雰囲気中にヒータで加熱した圧縮空気および液化炭酸ガスを吹付 けて打つだ。温風およびガスは試験片に直接当たらず恒温槽内を対流した。温度の測定は 試験片の近くに取付けた外径0.1㎜の熱電対により行った。熱電対の先端は、試験片の内 部と同じ条件とするために、同じ材料の厚さ50μmのフィルムで挟んだ。試験片の変位は
クロスヘッドの移動量により測定した。試験片のつかみ具のつかみ部には滑りを防ぐため 波形の加工を施した。つかみ具の校正により、200%の伸びまでは試験片のクロスヘッドの 変位とほぼ一致し、標点間の伸びをクロスヘッドの移動量としても十分であることを確め
た。
5.2.3実験手順
形状固定性および形状回復性を調べるためのサーモメカニカル繰返し試験を行った。実 験における応力一ひずみ一温度線図を図5.1に示す。図5.1に示すように、最初に行程① では高温丁。のもとで最大ひずみε、を与えた。続いて行程②ではε、を拘束して低温Tlまで 冷却し、Tlでε、を5min保持した。行程③ではTlで除荷した。行程④では無負荷状態でTl からThまで加熱してひずみを回復させ、Thで5min無負荷状態を保持した。このサーモメカ ニカル行程を1サイクルとして、これを10回繰返した。負荷・除荷のひずみ速度は50%/min
とした。加熱・冷却速度は8K/minとした。各々の材料についてTh・T、十20K,Tl・T、一20Kとし た。ε、は10,20,50,100,200%とした。
5.3実験結果および考察
実験結果の解析において、応力およびひずみはそれぞれ公称応力および公称ひずみで整
理した。
5.3.1応力一ひずみ関係
一定の最大ひずみε、に関するサーモメカニカル繰返し試験で得られた応力一ひずみ曲線 を、MS2510とMS5510について図5.2に示す。図5.2においては、代表の繰返し数Nについ ての関係を示した。応力一ひずみ曲線の最大ひずみおよび繰返し数への依存性は、全体的 に両材料に関してほぼ同じ傾向を示す。最大ひずみε、が小さい場合には、繰り返し数Nが 増加しても、応力一ひずみ曲線の形はほとんど変化しない。ε、が大きい場合には、N・1に 比較してN=2での降伏応力は大きく低下し、降伏点後の加工硬化係数が大きくなる。ε而が 大きい場合のこれらの現象は、最初の負荷で完全な分子鎖が切断されるためにN・2では降 伏が容易に起こり、またN・1で分子鎖が配向し、N・2では変形抵抗が大きくなるために生じ
るものと考えられる。一方、N・2以降での負荷曲線は、全体的に少し右へ移動するだけで、
ほぼ同じ形をとる。これは、N・1での負荷により不完全な分子鎖の切断および分子鎖の配向 が生じ、それ以降の負荷ではこれらの変化が少ないことによるためであると考えられる。
したがって、実用においてSMP素子をひずみの大きい範囲で繰返し使用する場合には、N・1 回の力学手的トレーニングを施して使用すれば、ほぼ一定の繰返し変形特性が得られるこ
とがわかる。
ε皿を保持したままで冷却すると、ε、が小さい場合には応力が増加する。これは熱収縮に 対する引張りの熱応力が生じるためである。この点の詳細については、5.3.3節で検討する。
低温でε皿から除荷すると非常に大きな傾きで応力は減少し、除荷ひずみεuはε、に近い 値をとる。これは、ガラス転移温度丁、以下の温度での弾性係数がT、以上の温度での弾性係 数より100倍大きい(5 9)ことにより生じる。ε、は材料の形状固定性を評価する基準になる。
弾性係数およびε、は繰返しでほとんど変化しない。したがって、SMP素子の応力において、
記憶素子の形状固定性の繰返し特性は非常に良いことが認められる。
無負荷のもとで加熱すると、ひずみは回復する。回復するひずみはε、に対して、ひずみ の小さい場合には90%以上であり、ひずみの大きい場合にも80%以上である。回復ひずみ はN・1で特に小さくなるが、その後の変化は少ない。加熱過程におけるひずみの回復挙動 は、5.3.2節で検討する。
5.3.2ひずみ一温度関係
実験で得られたひずみ一温度曲線をMS2510とMS5510について図5.3に示す。図5.3に おいては、代表の繰返し数Nについての関係を示した。両材料に関して最大ひずみが小さ い場合には、加熱過程においてひずみはT、一5K付近で回復し始め、ガラス転移温度丁、付近 で著しく回復し、それ以上の温度では、徐々に回復する。これは次の理由により生じる。
本ポリマはセグメント化されたポリウレタンであり、ある割合のハードセグメントとソフ トセグメントから構成されている。ソフトセグメントのミクロブラウン運動はT、以上の温 度では活発であり、T、以下の温度では凍結される(5.10)。したがって、Tlでひずみがε、の状 態からT、以上の温度になるとミクロブラウン運動が開始され、拘束のない元の形状に戻る ため、ひずみは回復する。
一方、最大ひずみε、が大きくなるにつれて、ひずみの回復する温度は、上昇する。ε、
=100%および200%の場合には、ひずみはT、付近で回復し始め、T、斗5K付近で著しく回復す る。また繰返し数が大きくなるにつれて、回復温度は上昇する。このように大きな最大ひ ずみで繰返し変形を受けると降伏応力が減少し回復温度が上昇する点は、形状記憶合金で マルテンサイト変態に伴う降伏応力が減少し、相変態温度が上昇する現象(5・U)と同じ傾向で ある。形状記憶合金では、転位に基づいて相変態温度が上昇するのに対して、SMPでは分子 鎖の配向に基づいてガラス転移温度が上昇する。図5.2に見たように、N・1とN・2で降伏応 力が著しく変化するのに対して、形状回復の転位温度の変化は少ない。また、繰返しに伴
う転位温度の変化は、MS5510のほうが少し大きい。
以上のことより、SMP素子の応用で形状回復性を利用する場合、最大ひずみが小さい場合 には繰返しで特性は変化しないが、最大ひずみが大きい場合には形状回復温度が上昇する ことに注意する必要がある。