6.1緒言
機能材料としてその開発が注目されている形状記憶材料の中で、実用化されているのは 形状記憶合金と形状記憶ポリマー(shape memory po!ymer,以下SMP)である。SMPでは、
ガラス転移点下、の上下の温度で分子の運動の容易さが異なる。このために機械的性質が高 温と低温で異なる。この特性の違いに基づいて形状固定現象と形状回復現象が現れる
(6■)(6・2)。SMPの中で、ポリウレタン系SMP(6.3)〜(6.6)では、(1)従来の熱可塑性プラスチックと 同じく射出・押出し・ブローなどの成形法が使用できる、(2)T、を243K〜343Kに設定できる、
(3)透明なので自由に着色できる、(4)生体適合性がよいなどの特徴を有している。さらに、
体積膨張率、tanδ、光学的屈折率などが温度に依存して変化する。これらの特性を有する ために、その応用が注目されている。
一方、林らはポリウレタン系SMPの機能を有効に活用するために、フィルム用のポリマ ーを開発した。ポリウレタン系SMPは柔軟性および抗血栓性について良好な生体適合性を 有している(6−7)。さらにポリウレタン系SMPフィルムではT、の上下の温度で水蒸気透過性が 異なる。これらの特性を有するために、このフィルムは生体材料、医療材料および衣料分 野での応用が研究されている。
ポリウレタン系SMPでは従来のポリマーと同様に、時間に依存する現象としてクリープ と応力緩和が現れる(6 8)。実用においてSMP素子を設計し、その信頼性を評価する上で、SMP の応力一ひずみ一温度一時間の関係が基本的に重要である。
本研究ではポリウレタン系SMPフィルムについて、前報告(6 9)の基本変形特性に続いて、
時間依存の変形特性を検討した。すなわち、材料のクリープと応力緩和特性について、そ の基本特性を調べた。実験としては、T、およびT、の上下の温度におけるクリープと応力緩 和特性および加熱によるひずみの回復挙動を検討した。また、T、の設定が異なる2種類の材 料について時間依存の変形特性を比較検討した。
6.2実験方法
6.2.1供試材および試験片
供試材はT、以上の温度で高弾性を示し、工業用に使用されるポリエステルポリオール系 ポリウレタンSMPフィルム[三菱重工業㈱製のダイアリィMS2510およびMS5510を乾式成 膜したものの2種類]であった。T、はMS2510で約298K,MS5510では約328Kであった。試 験片は短冊形で寸法は全長75㎜、試験部(つかみ部の間の)長さ25㎜、厚さ約70μm、幅 5mmであった。
6.2.2実験装置
実験装置は恒温槽、温度制御装置および引張試験機から構成されたシステム(6・川)を使用し た。試験片の加熱および冷却はそれぞれヒータで加熱した圧縮空気および液化炭酸ガスを 吹付けて行った。これらの空気およびガスは試験片には直接当たらず、恒温槽内を対流し た。温度は試験片の近くに配置した外径O.1㎜の熱電対によって測定した。試験片内部の 温度と同じ状態を実現するために、熱電対の先端は試験編片と同じ材料のフィルム2枚で で挟みこんだ。軸力はロードセルで、試験部の伸びはクロスヘッドの変位によってそれぞ れ測定した。
6.2.3実験手順
実験としては、両材料について単軸引張試験、クリープ試験および応力緩和の3種類の 試験を行った。以下にその手順を示す。
(1)単軸引張試験
単軸引張試験では一定の温度においての負荷・除荷を行った。負荷・除荷過程における ひずみ速度は50%/minとし、最大ひずみは200%とした。
(2)クリープ試験
クリープ試験では一定温度において指定の軸引張応力σを一定時間保持し、その後除荷 し無負荷状態で一定時間保持した。応力が変化する負荷および除荷におけるひずみ速度は 50%/minとした。指定応力σは引張試験で得られた各温度の応力一ひずみ曲線から弾性域 内の4点を選んだ。負荷および無負荷保持時間はおのおの120minとした。
また低温度Tlでの実験では無負荷の状態を120min保持した後、引続き無負荷のもとで高 温度Thまで加熱した。この加熱により、ひずみの回復を調べた。加熱速度は4K/minとした。
(3)応力緩和試験
応力緩和試験では一定温度において初期に与えたひずみε。を120min保持した。初期ひず みε。を与える負荷時のひずみ速度は50%/minとした。ε。は20%,50%,100%とした。
なお、(1)〜(3)のおのおのの試験において一定に保った温度は、MS2510では278K(T、一20K・
T])、298K(T、)、318K(T、一20K=Th)とした。また、MS5510では308K(T、一20K=T1)、328K(丁纈)、
348K(T、一20K:Th)とした。
6.3実験結果および考察
実験データの処理において、応力およびひずみは公称値で整理した。
6.3.1単軸引張特性
単軸引張試験で得られた各試験温度(Tl,T、,T。)における応力一ひずみ曲線をまとめて 図6.1に示す。図6.1から、両材料ともに試験温度が低いほど弾性係数、降伏応力、100%
モジュラスは大きいことがわかる。低温T1での弾性係数は高温Thでの値と比べて約100倍 大きい。これらの現象は次の理由により生じる。本ポリマーはセグメント化されたポリウ
レタンであり、ある割合のハードセグメントとソフトセグメントから構成されている。ソ フトセグメントのミクロブラウン運動はT、以上の温度では活発であり、T、以下の温度では 凍結されている(all)。この温度に依存して異なる分子運動の相違に基づき、上述の特性の違 いが現れる。また、降伏点は温度が低いほど明瞭に違いが現れる。特にTlでのMS5510では
降伏点においてはオーバーシュートが現れる。
除荷過程においては両材料の曲線はいずれの温度においても除荷開始直後に大きな傾き を取り、応力が小さくなると傾きは小さくなる。全体的には温度が高いほど除荷曲線の傾 きは小さい。除荷時の残留ひずみはT1の場合には最大ひずみε、の約90%であり、T。の場合 にはε、の約20%である。
6.3.2クリープ特性
6.3.2.1一定温度でのクリープ変形
(1)ひずみ一時間関係
クリープ試験で得られた一定応力σのもとで生じるクリープひずみ(時間依存ひずみ)
εcと時間tとの関係を温度別に図6.2に示す。各回で共通してみられることは一定応力下 で生じるクリープひずみε、、および無応力下で減少するクリープ回復ひずみε、、は応力σ が高いほど大きい。また、いずれの温度においてもε、およびε、、は負荷および除荷直後に 著しく変化し、その変化率は時間が経過するにつれて小さくなる。ε、およびε、、は一定時 間経過すると一定値に飽和する傾向がある。
低温T1では特に負荷直後にひずみの顕著な増加が現れ、その後のひずみの増加は少ない。
一方、高温丁。では負荷直後のひずみの変化は比較的少なく、ひずみは時間の経過とともに 徐々に増加する。
(2)クリープひずみの応力依存性
応力σと120minで生じたクリープひずみε。の関係を図6.3に示す。図6.3からわかるよ うに両材料ともにσが大きいほどε、は大きくなる。その関係はσが小さい範囲内では比例 関係にあり、σが大きくなると非線形ひずみが著しく大きくなる。また、低温丁1,T、およ び高温Thでの関係を比較すると、T、およびThでは低応力で大きなε、が現れる。これは、T、
以上の高温では材料の内部での分子鎖の運動が活発であるため、小さな応力の作用でその 方向のクリープ変形が進行するためである。
次に、120minで生じたε。の応力依存性について、各温度での応力レベルは異なるので、
それを正規化した関係について検討する。このために、各温度における降伏応力σ、で応力 σを正規化したσ/σ、とε、の関係を材料別にまとめて図6.4に示す。ここで、σ、は図6.1 で示した各温度での応力一ひずみ曲線で弾性域と加工硬化域を直線で近似し、2直線の交点 により定めた。図6.4からわかるように、いずれの温度においても両材料ともに応力σの 小さい範囲ではε。は応力に比例して増加し、σ/σ、がO.3を越えるとε、の非線形成分が増 加する。MS2510ではσ/σ、がO.6以上で、またMS5510ではσ/σ、がO.4以上で温度の違い
による曲線の差異が大きくなる。しかし、図6.3で示した関係に比較して、図6.4に示し た関係では異なる温度での応力一クリープひずみ曲線は全体的にはほぼ一致する。T1とTh では両材料についての曲線はほぼ同様の傾向を示す。T、でのε、に関しては、σ/σ、の増加 に伴うε、の非線形成分の増加割合はMS5510では大きいがMS2510では小さい。実用に際し ては、SMPは20%以下のひずみ域で使用されることが多い。この範囲では、両材料はほぼ 同様の特性を示すといえる。
(3)クリープひずみとクリープ回復ひずみの関係
無負荷の120minで減少したクリープ回復ひずみε。、と一定応力下の120minで生じたクリ ープひずみε、、との関係を図6.5に示す。図6.5より、いずれの温度においてもε、とε、、
は比例関係にあることがわかる。低温Tlではε、と比較してε、、が非常に小さく、負荷で生 じたクリープ変形は除荷後に残留する。したがって応用における有効利用の点から考える と、Tlでは形状が回復しないので材料の形状固定性は低温負荷で良好であることがわかる。
また、高温ThおよびT、ではε、、はε、に近い値を示しており、除荷後にクリープ変形が回復 している。さらにT、とThを比較するとT、の場合の方がT。の場合よりわずかではあるが直線 の傾きが大きい。
6.3.2.2加熱によるひずみの回復挙動
6.3.2.1項までの検討で明らかになったように、低温Tlにおいては一定応力下で生じたク リープひずみは除荷後においてその大部分が残留する。ここでは、引続き加熱した場合の ひずみの挙動を検討する。
低温T1でのクリープ試験後、無荷重下で低温Tlから高温Thまで加熱した場合の加熱過程 におけるひずみと温度との関係を図6.6に示す。ただし、図6.6の縦軸は任意の温度丁に おけるクリープひずみε(T)を加熱前の低温Tlでのクリープ残留ひずみε1で除いたひずみ の回復率で表してある。図6.6から、両材料ともにいずれの応力下でクリープ試験を行っ た場合についても、T、近傍の温度でひずみが回復していることがわかる。このひずみの回復 は、T、以上の温度で分子の鎖の運動が開始するために生じる。
次に、この加熱によるクリープ残留ひずみの回復率を表6.1に示す。ひずみの回復率R は次式で定義した。
R・(ε1一ε。)/ε1×100
ただし、ε1は加熱前の低温Tlでのクリープ残留ひずみであり、ε。は加熱後のThでのク リープ残留ひずみである。表1より、Rの値は約90%であることがわかる。いずれの応力 下でも両材料ともに回復率が大きい。6.3.2.!項(3)および6.3.2.2項での検討により、ク
リープで生じたひずみは低温では除荷後に回復しないが、その後の加熱によって回復する ことがわかった。一般的にSMPでは低温で固定されたひずみは高温に加熱することによっ て回復することが、形状回復性として知られている。上述の検討により、時間に依存して 生じるひずみ(クリープひずみ)も同様に低温では除荷後において大部分が残留するが、
高温に加熱することによって、その残留ひずみは回復することがわかる。
一方、著者らはポリウレタン系SMPシートの低温Tlでの1000時間のクリープ試験におい て、除荷後のクリープ残留ひずみが加熱で回復することを確認している。したがって、実 用において形状が回復することの有効利用の点からは、本材料の形状回復性は時間に依存
して生じるひずみに関しても良好であることが認められる。
6.3.3応力緩和特性
6.3.3.1応力一時間関係
応力緩和試験で得られた一定ひずみε。を保持した場合の応力と時間との関係を、各試験