サーモメカニカル粋性構成式のモデル化
7.1緒言
種々の用途に実用化が進んでいる機能材料の一つに形状記憶ポリマー(shaPe memory
polymer,以下SMP)がある(7 1)(7 2)。SMPの中でポリウレタン系SMPは、形状回復量が大きく、
加工性が良く、軽量で安価である等の特徴がある(7 3)。ポリウレタン系SMPにおける形状固 定性や形状回復性などの特性はガラス転移に基づいて現れる。本SMPではガラス転移点下、
が室温±50Kの範囲内に設定でき、ガラス転移領域の幅が狭く、T、の上下に温度における力 学的特性の差が大きい(7 4)。このために、産業分野、医療分野、生活関連分野などの広範囲 の分野で応用されている(7.5)。
応用においてSMP素子を合理的に設計するためにはSMPのサーモメカニカル特性を表す 構成式が必要である。SMPではサーモメカニカル特性がガラス転移領域で著しく変化するこ
とから、その特性は複雑であり、それを正しく表すことは容易でない。本研究では実用的 な観点から単純なモデルでSMPのサーモメカニカル特性を表すことを目的とした。ポリマ ーの力学的特性を表すのに、これまで粘弾 性モデルが多く使用されている(7.6)。この中で、
バネとダッシュポットの3要素から成る標準線形モデルはポリマーの力学的特性を全般に わたって表現する(7.7)。しかし、ガラス転移領域で力学的特性が著しく変化すること、特に、
T、の上下の温度域で異なるクリープ回復特性をこのモデルでは統一的に表すことはできな い。T、の上下の温度域におけるクリープ回復特性の違いを表すために、内部摩擦によるすべ
り機構を考える。このすべり機構を考慮した4要素モデルを提案する。ガラス転移領域に おいて著しく変化する弾性係数は温度の指数関数で表せる。モデルに含まれる諸係数を類 似の温度の単一の指数関数で近似する。さらに、温度変化で生じる熱膨張を考慮する。
以上の考え方に基づいて提案したモデルの妥当性を評価する。モデルに含まれる諸係数 を定めるために、動的粘弾性試験、クリープ試験および応力緩和試験を行った。さらに、
形状固定性、形状回復性、回復応力などを調べるために、サーモメカニカル特性試験を行 った。計算結果は実験結果の傾向を近似し、提案したモデルはSMPのサーモメカニカル特 性を表すのに有用であることを確認した。
なお、本研究では降伏点以下のひずみ範囲の特性を表す構成式を検討した。低温で降伏 点を越えた引張ではネッキングが生じ、応力一ひずみ曲線で明瞭なオーバーシュートが現 れる。このような、大きなひずみ範囲および多軸応力下での特性を表す構成式は今後の研 究課題である。
7.2サーモメカニカル特性に対する構成式のモデル化
7.2.1標準線形モデルポリマーに関して、クリープや応力緩和などの時間に依存する力学的特性を表すために 粘弾性モデルが用いられている。その中に、直列に配置された線形のバネとダッシュポッ
トについて、これと異なる線形バネを並列に組合せる3要素から成る標準線形モデルがあ る(7 7)。この標準線形モデルはポリマーの時間に依存する基本的な変形挙動をうまく表現す るために多く用いられている。この場合の応力一ひずみ関係は次式で表せる。
6 σ ε
ε=一十一一一……(7.1)
亙 μ λ
ここで、σおよびεはそれぞれ応力およびひずみを表す。またE、μおよびλはそれぞれ 弾性係数、粘性係数および遅延時間を表す。文字上のドットは時間微分を表す。
前報(τ8)でみたように、ポリウレタン系SMPのクリープ挙動は温度に依存して著しく異な る。クリープひずみと時間との関係を模式的に図1に示す。図7,1では、時間t1まで一定 応力で生じるクリープひずみ、およびt1で応力を取除き無応力下で回復するひずみを表し
ている。図7−1に示すように、T、以上の高温ではクリープひずみε。は回復する。一方、T、
以下の低温ではε、は回復しない。このクリープ回復ひずみε、はε、が大きいほど大きい。
式(7.1)からわかるように、σ=0の下ではクリープひずみは全て回復する。したがって、低 温でのクリープ非回復ひずみの挙動は式(7.1)では表せない。
7.2.2内部摩擦によるすべり機構を含むモデル
温度Th=T、十20KおよびTl:T、一20Kにおけるクリープ試験で得られたくクリープひずみε、と クリープ非回復ひずみε、との関係を図7.2に示す。ここでε、およびε筍は図7.1に示す量 である。図7−2からわかるように、高温Thではε、は小さいが、T1ではε、は大きい。また、
ε、はある一定のクリープひずみε1を越えると、εcに比例して大きくなる。この関係は、
比例定数をCとすると
ε、・C(ε、一ε1)……(7.2)
で表せる。ここで、ε1およびCは温度に依存する。
このようなクリープ変形挙動は、図7.3に示すような4要素モデルで説明できる。ここ で、E1とE。は線系バネを表し、μはダッシュポットを表す。図7.2でみたよ5に、クリー プひずみε、が限界値ε1を越えると、ε1を越えたクリープひずみ(ε、一ε1)はある一定の割 合Cだけ戻らない。この現象は、図7.3に示すような内部摩擦によるすべり要素で考慮で
きる。すなわち、非回復のひずみがすべり要素で生じると考えられる。このすべり要素で は、ある限界値ε1までは内部摩擦ですべりは生じない。内部摩擦より大きい力で滑ったひ ずみは、一定の割合だけ非回復のひずみε、として残留する。T、以上の高温Thでは分子鎖の
ミクロブラウン運動が活発であり、小さな応力で大きなクリープひずみが生じ、ひずみは 回復す乱したがって、内部摩擦は小さいので、εIは大きく、Cは小さい。一方、T、以下 の低温丁】では、分子鎖のミクロブラウン運動は凍結されるために、大きな応力でクリープ 変形が生じ、ひずみは残留する。したがって、内部摩擦は大きいので、ε1は小さく、Cは
大きい。
6 σ ε一ε..
ε=一十一一 (73)
万 μ λ となる。
7.2.3熱膨張を考慮した構成式
SMPではひずみを拘束した状態で冷却すると応力が増加する(7.9)。温度変化に伴い材料は 膨張または収縮する。このような温度変化に伴う変形特性は式(7.3)では表せない。これら の挙動は熱膨張の効果に基づいて表れる。ここでは、式(7.3)で示した力学的挙動と熱膨張 の効果とは独立に生じると考える。したがって、応カーひずみ一温度関係式は
δ一 σ ε一ε..
ε二一十一一 ,十αr (74)
万 μ λ
となる。ここでTおよびαはそれぞれ温度および線膨張係数を表す。
7.2.4係数の温度依存性
ポリウレタン系SMPはガラス転移領域で材料の力学的特性が著しく変化する。ここでは、
式(4)に含まれる諸係数の温度依存性を表す方法を考える。
図7.4(a)に動的粘弾性試験により得られた弾性係数Eの温度丁への依存性を示す。図 7.4(a)において、縦軸Eは対数で整理しており、横軸はTの逆数をT、で正規化している。
図7.4(a)からわかるように、EはT、の近傍の温度で著しく変化し、ガラス転移領域の上下 の温度域ではほぼ一定値をとる。このEとTとの関係を図7.4(b)に示す関係で表す。すな わち、ガラス転移領域丁、一丁、≦T≦T、十丁、での1ogEとT、/Tとの関係を直線で近似し、高温域と 低温域での値をそれぞれEhとEIとする。ガラス転移領域での関係は
・・1一・・ろ一
^←1〕・(1・)
となる。したがって、
1一
ャ/÷一1ザ・(1・)
となる。ここで、E、はT=T、でのEの値であり、α。は1ogE−T、/下平面での直線の傾きを表 す。この指数関数による関係式(7.6)は粘性係数について、Eyri㎎らによって分子運動論に 基づき理論的に導かれ、Arrheniusによって経験的に導かれている関係式(7−o)と類似である。
ポリウレタン系SMPではEの他にμ、λ、Cおよびε】が温度に依存して変化する。これ らの値の変化はEと同様にガラス転移に基づいて生じる。したがって、これらの諸係数も 式(7.6)と類似なTの単一の指数関数で表されると考える。なお、εIは低温では小さく、高 温では大きいので、温度への依存性は他の係数の逆の関係になる。一方、αは一定である
と考える。したがって、ガラス転移領域における諸係数は次式で表される。
!・
ゥ/÷一1〕/
・(7.7)!・
ゥ/÷十(1・)
・一
ε一
・(7.9)
・(7.10)
ここで、μ。,λ、,C。,ε、はT=T、での値であり、α、、,αλ,α。,α、は片対数グラフで 表した各直線の傾きである。
7.3実験方法
供試材はポリエステルポリオール系ポリウレタンSMPフィルムであった。このSMPフィ ルムは三菱重工業㈱製のダイアリィMS5510を原料として、薄膜状に乾式成膜されたもので
あった。ガラス転移温度丁、は約328Kであった。厚さは約70μmであった。試験片の幅は5㎜、
標点間距離25㎜、全長75㎜であった。
実験としては、(1)動的粘弾性試験、(2)線膨張係数試験、(3)クリープ試験、(4)応力緩 和試験、(5)サーモメカニカル粋性試験、(6)回復応力試験を行った。いずれの試験もT、を 含む上下の温度範囲で行った。試験(3)〜(6)では降伏点以下の単軸引張特性を調べた。(3)
および(4)の試験で負荷あるいは無負荷の保持時間は各々120minとした。(5)および(6)の試 験では、負荷・除荷と加熱・冷却とを打つだ。試験(5)では、冷却による形状固定性と加熱 による形状回復性を調べた。試験(6)では一定ひずみ下での加熱による回復応力を調べた。
試験(3)〜(6)でのひずみ速度は5〜50%/min、加熱・冷却速度は4K/minとした。
7.4結果と考察
7.4.1係数の温度依存性
試験(1)〜(6)の実験結果に基づき、各係数はサーモメカニカノレ特性を表すように定めた。
試験(1)〜(6)の結果から、ひずみおよび応力の挙動はT、一15K≦T≦T、斗15Kの温度範囲で著し く変化し、その上下の温度域での変化は少ないことがわかる。したがって、ガラス転移領 域の温度幅丁、は15Kとした。7.2.4節で検討したように、このガラス転移領域では各係数は 温度丁の単一の指数関数で表され、その上下の温度域では一定値をとる。また、αは一定
である。
実験により定めた各係数のT、セの値を表1に示す。また、Tの指数関数に含まれる係数の 値を表7.2に示す。さらに、高温丁≦T、十15Kおよび低温丁≦T、一15Kにおける各係数の値を表 7.3に示す。
7.4.2形状固定性および形状回復性
サーモメカニカル試験(5)で得られた応力一ひずみ曲線、応力一温度曲線およぴひずみ一 温度曲線をそれぞれ図7.5、図7.6および図7.7に示す。図中の①〜④は負荷経路を示す。