弥 陀 経
』 解 釈 に つ い て
続い て
、『 逆 修 説 法』 初
・ 三七 日 に 説か れ る
『阿 弥 陀 経』 解 釈 を明 ら か に する た め に、 各 七 日の 説 示 を比 較 検 討し て い きた い
8
。8
『無 量 寿 経』
・『 観 経』 に 比 べ て『 阿 弥 陀 経』 が 解 釈 さ れる 部 分 は多 く な く、 初 七 日と 三 七 日の
『 無 量寿 経
』 解 釈の 後 に みら れ る のみ で あ る。 い まこ の 両 者を 比 較 する
。
135
【 初七 日
】 初七 日 で は、 次
ニ
阿 弥陀 経 者
、初
ニ 二説
極 楽世 界
ノ
依正 二 報
一ヲ
、次
ニ
説キ 下修
シ テ 二一 日七 日
ノ
念 仏ヲ 一之 往 生
ス ル コト 上、 後
ニ
説
ケリ 下六 方
ノ
諸 仏於
テ 二念 仏 一ノ
行
ニ 一、 証 誠護 念
シ 下フ
之 旨
上ヲ
。 則此
ノ
経
ニハ
不
レ
説
二余 行
一而 選 説テ ケ リ 二念
仏ノ
一 行
ヲ 一。 文
ニ
云
。ク
説
二キ
不可 以 少 善根 福 徳 因縁 得 生 彼
一国
、説
ケ リ 下聞
レテ
説
ヲ 二阿 弥 陀
一仏
、執
二持
ス ル コト
名 号
一、 若 一ハ
日 乃 至七 日
、 一心 不 乱
ナレ ハ
、 其ノ
人 臨
テ 二命 終 時ノ ニ 一、 阿 弥陀 仏 与
二諸
ノ
聖衆
一現 在
二其
ノ
前ニ 一、 是
ノ
人 終時
、 心
二不 顛倒
一即 得
ト 中
往 生
上。 爰 知ニ ヌ
、 余善
ハ
少 善根 也
、 念仏
ハ
多 善根 也
。 修
シテ 二彼
ノ
少 善根
ノ
余 行ヲ 一、 不
レ
可
レ
得
二往 生
ス ルコ ト 一ヲ
、 修ス ル ハ 二此 多ノ
善 根
ノ
念仏
ヲ 一、 必 可ト 云 コ トヲ レ
得
二往
生ヲ 一。 是
ノ
故 善ニ
導 和 尚 釈
シ 二テ
此
ノ
文
ヲ 一云
。ク
極 楽 無 為涅 槃 界
、随 縁 雑 善恐 難 生
。故 使 如 来選 要 法
、教 念 弥 陀 専 復 専
。云 々
。8 9
と あり
、 ま ず『 阿 弥 陀経
』 の 説明 と し て、 初 め に極 楽 世 界 の依 正 二 報、 次 に 一日 か ら 七日 の 念仏 に よ る往 生
、 最後 に 六 方諸 仏 の 証誠 護 念 を説 く と し
、一 貫 し て余 行 を 説か ず に 念仏 一 行の み を 説い て い るこ と を 明か す
。 そし て
、『 阿 弥 陀 経』 に 説 かれ る
「 少善 根 福 徳因 縁
~ 一 日七 日 念 仏」 の 文 を引 用 し
、余 行 は 少善 根 で 念仏 は 多 善 根で あ る とし て
、 余行 で は なく 念 仏を 修 し て往 生 す べき こ と を述 べ る
。最 後 に 善導
『 法 事 讃』 の
「 極楽 無 為 涅槃 界
」
90
の 文 を引 用 す る。 これ を ま とめ る と
、
A
.『 阿弥 陀 経
』の 説 明 A
‐ 1. 構 成
(依 正 二 報・ 一 日 七 日念 仏 往 生・ 六 方 諸仏 証 誠
) A
‐ 2. 余 行 は説 か れ ず念 仏 一 行 のみ 説 か れる こ と
B
.『 阿弥 陀 経
』「 少 善 根 福徳 因 縁
~一 日 七 日念 仏
」 引 文
B
‐ 1. 余 行 は少 善 根
、念 仏 は 多善 根 で ある こ と
B
‐ 2.
『 法 事讃
』「 極 楽無 為 涅 槃界
」 引 文 と なる
。
【 三七 日
】 三七 日 で は、
次 阿 弥 陀経
ト
者
、不
レ 下可
以
二少 善根
、 福 徳因 縁
一得
レ
生
コト 中彼
ノ
国
上ニ
、 舍利 弗 若 有
二善 男 子 善 女 人
一、
レ聞 説
ヲ 二阿 弥 陀仏
一、 執
二持
ル コト
名 号
一若 一 日乃 至 七 日。 云 々
。善 導 和 尚 釈云
、 随 縁 雑 善恐
ハ
難
レ生
シ
、 故ニ
使
三如 来
ヲシ テ
選
二ハ
要法
ヲ 一。 云 々
。爰
ニ
知
、ヌ
以
テ 二雑
善ヲ 一名
ケ 二少 善 根
ト 一、
二以 念仏
ヲ 一可
レ 二云
多 善根
一云 事
ヲ
。 此ノ
経 則ハ
捨
テ ヽ 二少 善根
ナ ル
雑善
ヲ 一専
ラ
説
二多 善 根
ナ
念ル
仏
ヲ 一也
。 近来 度
タ
唐ル
書
ニ
龍舒
ノ
浄 土 文
ト
申 文 候ノ
。 其
レ ニ
申
シ テ 二阿 弥 陀 経
ノ
脱 文
ト 一、 出
セ 下リ
有ル 二二 十 一 字
一之
文ヲ 上。 一 心 不 乱 下ノ ニ
云
、ク
専 持 名号 以 称 名故
、 諸 罪消 滅
、 即 是 多 善 根 福徳 因 縁
。云 々
。即 彼 文ノ ノ ミ
出ニ シ テ 二此
ノ
文ヲ 一云
ク
、今
ノ
世 所ニ ノ レ
伝文
ニ
脱
セリ ト 二此 二 十 一 字
一ヲ
。云 々
。
レ雖 無
ト 二此 脱ノ
文
一唯 以
テ レ義
ヲ
思
、ニ
雖
レ
有
二多
少ノ
義
一、 正 指ク シ テ 二念 仏ヲ 一云
フ 二多 善 根
一文
、 実ニ
大 切也
。
9 1
と あり
、 初 めに
「 少 善根 福 徳 因縁
~ 一 日七 日 念 仏」 の 文 を 引用 し
、 それ に 対 する 善 導 の解 釈 とし て
、『 法事 讃
』の 文 を 引用 す る
。そ し て
、『 阿 弥 陀経
』で は 少善 根 で ある 余 行 を 捨て
、
136
多 善根 で あ る念 仏 を 専ら 説 い てい る こ とを 明 か す。 さ ら に
、『 龍 舒 浄土 文
』の 二 十 一 字の
『 阿 弥 陀経
』 脱 文を 引 用 し、 念 仏 が多 善 根 であ る こ とを よ り 明 確に 示 し てい る
。 続け て
、 次
ニ
六 方如 来
ノ
証 誠
ヲ
説。 彼 六 方
ノ
諸 仏
ノ
証 誠
、 雖
レ似
ト 下但 限
テ 二此
ノ
一 経
ノ ミ ニ 一而 証 誠
下 ニ 上、 以
テ レ実
ヲ
案
ス
者ル
、不
レ限
二此
ノ
経
ニ 一、 惣シ テ
証
二誠
ス
念ル
仏 往 生
一ヲ
也。 然
ト
而モ
若 付
二テ
双 巻 経
ニ 一而
証 誠
セ
者ハ
、 彼 経 雖ニ レ
説ト 二念 仏 往 生 本ノ
願
ヲ 一、 三輩
ノ
之 中有
カ 二菩 提 心 等ノ
行
一故
、 証
二
誠
ス
念ル
仏
ノ
一 行ヲ 一旨 不
レ レ可
顕
ル
、若
シ
証
二誠
セハ
観 経
ヲ 一者
、彼
ノ
経 雖ニ 三後
ニ
説
二ト
念仏
ヲ 一、 亦 初
ニ
有
二リ
定 散
ノ
行
一。 故
ニ
証
二誠
スル
念 仏
一ヲ
義
レ不 可
レ顕
。爰 以 証
下誠 唯 一向
ニ
説
タ 二ル
念仏
ヲ 一此
ノ
経
ヲ 上給 也
。但 証 誠 之言
ハ
雖
レ在
ト 二此
ノ
経
一ニ
、 証 誠 之 義ハ
可
シ レ通
ス 二彼
ノ
双 巻観 経
ニモ 一。 非
ス 二
啻 双 巻 観経
ノ ミ 一ニ
、若
シ
説
二ン
念 仏往 生
ノ
旨
一ヲ
経ヲ ハ
、悉
ク
可
ト レ有
ル 二六 方
ノ
如来
ノ
証
一誠
レ可 得
レ
意 也
。故
ニ
天台
ノ
十 疑論
ニ
云
、阿 弥 陀経 大 無 量寿 経 皷 音 声陀 羅 尼 経等
ニ
云
、ク
釈 迦 仏 説
二給
フ
経
一ヲ
時ニ
、 有
二十 方世 界
ニ
各恒 河 沙
ノ
諸仏
一舒
一其
ノ
舌 相
一ヲ
、 遍
ク
覆
二三 千世 界
ニ 一、
下証 誠シ
下 ヘ リ
一ト
切 衆 生 念ノ ス ル 二阿 弥陀 仏
ノ
本願 大 悲 願ノ
力
ヲ 一故
、ニ
決定
シ テ
得
上レト
生
コ ト 二ヲ
極 楽 世 界
ニ 一。 云 々
。9 2
と あり
、 六 方諸 仏 の 証誠 に つ いて
、 こ れは
『 阿 弥陀 経
』 の みの 証 誠 では な く 念仏 往 生 の証 誠 とみ る べ きこ と を 述べ
、 も し念 仏 の 他に 余 行 も説 か れ る
『無 量 寿 経』 や
『 観経
』 に 証誠 が あっ た 場 合、 念 仏 の証 誠 で ある と い う意 が 不 明瞭 で あ るた め
、『 阿 弥 陀 経』 に の み証 誠 が あ ると 解 釈 し、 智 顗
『十 疑 論
』9 3
を 引用 す る
。 これ を ま とめ れ ば
、
A
.『 阿弥 陀 経
』「 少 善 根 福徳 因 縁
~一 日 七 日念 仏
」 引 文
A
‐ 1.
『 法 事讃
』「 極 楽無 為 涅 槃界
」 引 文
A
‐ 2. 少 善 根の 余 行 を捨 て
、 多善 根 の 念仏 の み 説 かれ る こ と
A
‐ 3.
『 龍 舒浄 土 文
』引 文
B
. 六 方諸 仏 証 誠の 説 明
B
‐ 1.
『 阿 弥陀 経
』 の証 誠 で はな く 念 仏の 証 誠 であ る こ と
B
‐ 2.
『 阿 弥陀 経
』 に証 誠 が ある 理 由
B
‐ 3.
『 十 疑論
』 引 文 と なる
。 両者 を 比 較す る と
、初 七 日 では 初 め に『 阿 弥 陀経
』 全 体 の構 成 を 依正 二 報
・一 日 七 日念 仏 往生
・ 六 方諸 仏 証 誠と 明 ら かに し て から
、「 少善 根 福 徳因 縁
~ 一日 七 日 念仏
」 の 文の み を 解 釈し て い たが
、 三 七日 で は 触れ ら れ ず、 初 め から
「 少 善 根福 徳 因 縁~ 一 日 七日 念 仏
」の 文 の解 釈 に 入っ て い る。 そ のな か で
、『 法 事 讃』 の 引用 は 共 通し て い るが
、三 七日 に の み『 龍 舒 浄土 文
』 の二 十 一 字の
『 阿 弥陀 経
』 脱文 が あ げら れ
、 念 仏が 多 善 根で あ る とい う 意 をよ り 明確 に し てい る
94
。 こ の相 違 は 初 七日 の 説 示の
( 3
) 内容 の 補 足と み て とれ る
。 三七 日 で はさ ら に
、初 七 日 にお い て 構成 と し て触 れ ら れ るだ け で あっ た 六 方諸 仏 証 誠の 説 明が あ る
。初 七 日 の説 示 分 量が 少 な いた め
、 この 相 違 を どう 捉 え るか は 難 しい 判 断 では あ るが
、 こ れも や は り初 七 日 で説 き 切 れな か っ た六 方 諸 仏 証誠 に 関 する 補 足 説明 と 考 えら れ る。 こ の よう に
、『 阿 弥 陀 経』 の 解 釈は
、 初 七日 の 内 容を 三 七 日で 拡 大 する 形 と なっ て お り
、両 者 に 矛盾 す る 説示 は み られ な い
。よ っ て 全体 を 通 じ て三 七 日 が初 七 日 の( 3
) 内容 の 補足 と み るこ と が でき る
。
137
第 四 節
『 逆 修 説 法
』 に 説 か れ る 念 仏 論 の 構 造
ここ ま で
『逆 修 説 法』 に 説 か れる
「 浄 土三 部 経
」解 釈 に つい て 明 らか に す るた め に
、各 七 日の 説 示 を概 観 し 比較 検 討 し、 そ の なか で
、『 逆 修 説 法』 に お いて 念 仏 がど の よ うに 説 か れ てい る か を確 認 し てき た が
、具 体 的 に念 仏 論 がど の よ うに 構 成 され
、『 逆修 説 法
』の 思 想 が どの 程 度
『選 択 集
』に 近 づ いて い る のか に 言 及す る こ と がで き な かっ た
。 よっ て 本 節で は
『逆 修 説 法』 に 説 かれ る 念 仏論 の 構 造を よ り 明確 に し
、『 選 択 集』 の 念 仏論 と 比 較 する た め に、 二 七 日末 尾 に ある 念 仏 の勝 義 性 を示 す 八 文部 分 に つ いて 考 察 する
。 二七 日 で
『観 経
』 解釈 が 終 わ った 後
、
凡
ソ
念 仏往 生 之 勝ル コ 二ト
于諸 行 往 生
一ニ 二有
多義
一。 一 者 因 位 本願
。
95
と あり
、 念 仏往 生 が 諸行 往 生 より 勝 れ てい る こ とを 示 す 多く の 義 があ る と して
、「 一者 因 位 本 願」 以 下
、特 に
『 観経
』 に限 る こ とな く
、「 浄土 三 部 経」 に わた っ て 念 仏の 諸 行 に勝 れ た る 点を 述 べ た八 か 所 の引 用 文 を列 挙 す る部 分 が ある
。 こ の部 分 は 先学 の 研 究の な か で、
『 選 択 集』 所 説 八種 選 択 義と の 関 連が 指 摘 され て い る。 以下
、 こ の八 文 の 部分 に つ いて 詳 し くみ る こ とで
、『 選択 集
』 に説 か れ る選 択 本 願念 仏 義 と の関 係 性 を踏 ま え て、
『 逆 修説 法
』 時点 で の 法然 の 念 仏論 の 構 造を 明 ら かに し た い
。 第 一 項
『 逆 修説 法
』 二 七日 末 尾 に説 か れ る八 文 に つい て の 先行 研 究 この 二 七 日の 説 示 と八 種 選 択 義と の 関 連性 を 指 摘し た 代 表的 な 研 究と し て
、藤 堂 恭 俊氏 は
、『 法 然 上人 研 究
』一 所 収
「法 然 の 偏依 善 導 と八 種 選 択義
」 の なか で
、 ここ を も って
『 選 択 集』 所 説 八種 選 択 義の 素 地 であ る と みて い る
。た だ し
、 藤堂 氏 の 研究 に お ける
『 逆 修説 法
』に 関 す る言 及 は
、法 然 の 選択 思 想 が『 逆 修 説法
』 時 点 にお い て どの よ う な形 で み られ る かを 検 討 する も の であ り
、 具体 的 に
「選 択
」 の語 に つ い ての 解 説 がな さ れ ない こ の 二七 日 の部 分 に つい て は
、「 八 種 選択 義 に 示さ れ る 八種 が
、『 三部 経 釈
』よ り 後 に成 立 し た『 逆 修 説法
』の 上 に、 既 に す べて で そ ろ って い る こと を 知 るこ と も でき る
」と 述べ る に 留 まり
、 そ れ以 上 の 言及 は な され て い ない
。 そ のな か で 藤堂 氏 は
、「 八 種 の選 択 義 は選 択 本 願義 を 根 本 と考 え な けれ ば な らな い し
、他 の 七 義は 阿 弥 陀仏 に よ っ て選 択 本 願念 仏 の 一行 が 開 示さ れ てい な け れば 成 立 しな い
」 とし
、 阿 弥陀 仏 の 選択 本 願 を 基と し て 八種 選 択 義が 成 立 して い るこ と を 明か し て いる
9
。6
次に
、 安 達俊 英 氏 は論 稿
「 法然 上 人 にお け る 選択 思 想 と 助業 観 の 展開
」 の なか で
、 やは り 藤堂 氏 と 同様
、 法 然の 選 択 思想 の 成 立と そ の 展開 を 探 る内
、『 逆修 説 法
』二 七 日 の八 文 に つ いて 触 れ てい る
。 安達 氏 は 藤堂 氏 の 研究 を 踏 まえ
、「 そ もそ も
「 八選 択
」と は
『 逆修
』 二 七 日の 末 尾 で「 凡
ソ
念 仏往 生 之 勝ル コ ト 二于 諸行 往 生
一ニ 二有
多
一義
」と し て 列 挙さ れ る 八項 目 を そ の まま 選 択 概念 で 捉 え直 す こ とに よ っ て成 立 し たも の で あ る」 と
、 この 部 分 につ い て 藤堂 氏 より 具 体 的に 言 及 して い る
。さ ら に安 達 氏 は続 け て
、「 こ の『 逆 修
』の 一 節 は『 往 生要 集
』 念 仏証 拠 門 にそ の 淵 源を 求 め るこ と が でき る の では な い か と考 え る
」と 述 べ てい る
。 安達 氏 の主 張 と して は
、『 逆 修 説 法』 二 七 日末 尾 の 一節 は
、『 選択 集
』 所説 八 種 選択 義 の 原型 と し てた し か に捉 え ら れる も の の、
『 逆 修説 法
』 段階 で は 選択 の 主 体は 弥 陀 一仏 に 留 ま る、 も