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光 明 之 業 也

、 或

天 眼 之 業 也

4 2

と あ り

、 灯 指比 丘

・ 梵 摩 比 丘

・ 阿 那 律 と い う 三 人 の 説 話 が あ げら れ る。 灯 指 比 丘 は 過 去 世 に 古 く な っ た仏 像 の 指 が 壊 れ て い た の を 修 理 し た功 徳 によ っ て 指 か ら 光 を 放 つ 報 い を 得 た

。 梵 摩 比 丘 は 仏に 灯 明 を 献 じ た 功 徳 に よ っ て 身 体 か ら 光 を 放 つ 報い を 得た

。 阿 那 律 は 灯 明 を か きた て た 功徳 に よ って 天 眼 を得 た

。 こ の 三 人の 説 話 は い く つ か の 伝 記 類 に 収 録 さ れ て い る が

、共 通 し て あ げ ら れ る 典 拠 は な く

、 仏 の 光 明の 功 徳 が 勝 れ て い る こ と を 示 す た め の 例 証 と し てそ れ ぞ れ 法 然 が 引 用 し て き た も の と み てと れ る

。 A の 五 通 菩 薩 の 例 に も み た よ う に

、 特 に阿 弥 陀 仏 の 化 仏 や 光 明 の 功 徳 に 限 定 す るの で は な く

、 諸 仏 を 通 じ て の 功 徳 讃 嘆 と い う 形 をと っ て い る

。 ま た こ の 他 に 三 者 に 共 通 する 特 徴 と し て

、 い ず れ も 過 去 世 に お い て な し た 善業 の 報 い と し て

、 現 身 に 利 益 を 蒙 る こ とが 説 か れ る と い う 点 を あ げ ら れ る

。 こ れ は

『 観 経』 三 福 解 釈 に お け る F

・ G に おい て

、 諸行 を 修 した 利 益 とし て 往 生が 説 か れる の と は 異な る 特 徴で あ る

。 L

. 玄奘 三 蔵 三七 日 の 寿命 の 功 徳の 解 釈 のな か で

、 然 者 玄 奘三 蔵 為

一法 度

下 シ 二天 竺

ニ 一

之 時

、キ

テ 二

或 山ル

ニ 一

ヘリ 二

盜 人

ニ 一

。所 有

財 宝 至

マテ 二

身 上 衣ノ

ニ 一悉

レヌ 二

一取

、弟 子共 散 々ニ

去リ ヌ

。三 蔵 逃

入 或テ ル

家ノ

ニ 一

下ヘ リ 二

蓮葉

ニ 一

。 如シ テ レ是 盜 人 去 後テ ニ

、弟 子 共 自リ 二

東 西タ タ 一

来リ

集 泣 合

タリ

。 三蔵 自

リ 二

池 中ノ 一

出 給

、テ

歎タ ニ

、剰 悦 給ヘ リ

。弟 子 等恠

奉テ テ レ

問申 様

、遇

下ヘ リ 二

是レ

浅 猿

一ニ

、 何 事 悦ニ タ ル

気色

ニ テ ハ

坐ト

。 三 蔵 答曰

。 我 為

二ニ

盜 人

一ノ

レ取

第 一 宝ノ ヲ 一

、 何

不ン ヤ ト レ慶 耶

。弟 子 等 又 申 様ハ

、既

ニ テ 二裸 形

一ニ

剥 取キ 一

、ヌ

亦 有

ルヤ 二

何ノ

残 物

。又 答

様フ ハ

、 於

二此

世ニ 一

下シ

タ レル

上、 命 若活

者 又

レ可 得

他ノ

之 宝

一ヲ

故 也

。我 朝

俗書

ニ モ

ヘリ 三

生為

ト 二

大宝

、我 今 為

ニ 二彼

盜人

ノ 一

レ奪

レ 二此

ヲ 一、 可

キト レ

タ ル レ

之 悦

ヤ 一

答 給

下 ヘ リ

。 其

後 龍 智 阿 闍 梨 聞

テ 二

ヲ 一

、 勧

テ 二

十 方 旦 那

ヲ 一

テ 二

186

種 々 財宝

ヲ 一

二リ

遣 玄ス

奘 三 蔵 許ノ ニ 一

、其

宝 過

タル コ 二ト

前 々

一ニ

比校

ニ 一

、忽

ヘリ 二

三 蔵

ニ 一

。 左 程

翻経

三 蔵 強

チ ニ

ト レ

キ レニ

ム 二

身 命

ヲ 一

テ 二

世 間 法ノ

一ニ

ク レ

宣 給

ケル ニ ヤ トソ

耶 覚 候。

4 3

と あ り

、 山 中で 盗 賊 に あ っ た 玄 奘 三 蔵 が

、 す べ て の 財 宝 を 奪 い取 ら れ た の に な ぜ か 喜 ん で い る 様 子 を みて

、 弟 子 た ち が そ の 訳 を 問 う と

、 三 蔵 は 命 と い う最 も 大事 な 宝 を 取 ら れ な か っ た か ら で ある と し

、 ま た 命 が あ れ ば ま た 他 の 宝 を 得 る こ と がで き る と 述 べ

、 そ の 言 葉 を 伝 え聞 い た 龍智 阿 闍 梨が 財 宝 を集 め て 玄奘 三 蔵 のも と に 送 った と 説 かれ る

。『 大 唐 大 路慈 恩 寺 三蔵 法 師 伝』 に 同 内容 の 説 話が 収 録 され て い る。 こ の 説 話 は本 論 第 三 章 第 三 節 で も み た よ う に

、 寿 命 は 仏 の 諸功 徳 を 具 え る 主 体 と な る 能 持 の 功 徳 で あり 根 本 の 功 徳 で あ る こ と を 明 快 に 示 す た め の 引 用で あ る と 考 え ら れ る

。 た だ し

、 こ こ で は仏 で は な く 玄 奘 三 蔵 と い う 僧 が 例 示 さ れ て お り

、そ の た め 非 常 に わ か り や す い 説 示 で は ある も の の

、 寿 命 を 大 事 に し た こ と に よ っ て 最 後 に財 宝 を 手 に す る こ と が 説 か れ る な ど 俗 世間 的 な 印 象 を 拭 え な い

。 仏 の 功 徳 を 我 々 が 現 身 にお い て 受 け る 利 益 に 引 き 寄 せ て考 え る 機辺 の 側 に立 っ た 論理 で あ ると み て とれ る

。 やは り

、『 選択 集

』に お け る 仏辺 の 側 に立 っ た 論理 構 造 とは 大 き く異 な っ てお り

、『 逆 修 説 法』 の 特 徴的 な 説 示で あ る とい う こ と がで き る

。 M

. 応持 菩 薩

・N

. 目 連尊 者 四 七 日 の 三身 に つ い て の 解 釈 の な か で

、 仏 身 の 功 徳 に つ い ては 菩 薩 で あ っ て も な か な か う かが い 知 るこ と は 難し い と し、

在 世

応持 菩 薩 申ト シ

菩ヽ

、 奉テ レ

二如 来 釈 尊之 現 給

御ル

身 長ノ

丈 六

ナ ルヲ 一

、思

テ 二仏

御 長

リ ケ リ ト 一レ

、モ

テ 二

竹 杖

ヲ 一

ル レニ

御 長

ヲ 一、 従

尚 高

マシ ケ レ ハ

、 又 続

テ レ

ス ルニ レ

ン ト

、 随

テ レ

レ ニ

レ得

コ ト ヲ 二

其 限

リ ヲ 一

、 捨

テ 二ヽ

ヲ 一

立キ タ ル

所 即ニ

付キ テ

成レ リ 二

竹林

ト 一

、名

二ク

之 杖ヲ

林 山

ト 一。 玄 奘 三蔵 渡

ト 二シ

天 竺

一ニ

其 杖ノ

林 山

ヲ 一給

ヘ リ

。又 目 連 尊 者得

テ 二

神 通ヲ 一

、 奉

ルニ レ

二リ

御 音ノ

ユル

之 際 限

ヲ 一

、先

テ下

レ 二ル

小 千 界ヲ 一

之 鐵圍 山

ニ 上、 猶 如

ニシ テ 二仏 前

ノ 一

無シ レ

コト

。次 到ニ テ 下遶

レ ル 二

中 千 界乃 至 大 千界

ヲ 一

之鐵 圍 山

上ニ

ク レニ

、猶 同

如シ 二

仏 前

一ノ

。如

シ テ レ

此 而ノ

二テ

西 方 九 十 九 恒河 沙 之 仏 世界

ヲ 一、 到

光 明 幡世 界

ニ 一。 其

国ノ

極 長テ ケ

高 大 也。 目 連

二取 付

タ ル ヲ

鉢ノ

、 以テ レ

箸 々ヲ ミ

ナン ト

之 様 思ニ ヘ リ

。爾

其 国ノ ノ

教 主 仏ノ

{ 光 明 王 仏} 告

。ク

此 従ハ リ レ

此 東レ

方 過テ 二

無 量恒 河 沙 世界

ヲ 一

二リ

一界

、名

フ 二娑 婆 世界

ト 一

。其

レリ

、奉

レル

ケ 二釈 迦 牟 尼

一、 其

仏 御ノ

弟 子 証果

大 阿羅 漢 也

、不

レト

賎ム 一

。聞

テ レ

之 忽

帰敬

セ リ

。 其

時 彼 国ノ ノ

教 主

、 教

テ 二

目連

ニ 一

。 小 乗ノ

神 足

二キ

三 千 大 千 世 界

ヲ 一ハ

、然 汝ヲ カ 二

依テ

本 師 釈迦 如 来 神ノ

ニ 一来

レ 二リ

世 界マ テ 一、 以

テ 二

自力

ヲ 一還 事 不

、 速

尚 奉

テ 三帰

釈 迦 如 来

ヲ 一

、 受

テ 二其

神 力

ヲ 一

シ ト レ

ル 二本 国

ニ 一

。 目 連 承

テ レ之

、即 向

テ 二娑 婆 世 界ニ 一

、遙 奉ニ ル レ

二シ

釈 迦 牟尼

ヲ 一

、依

テ 二

仏 力

一ニ

リト レ

二本 国

ニ 一

云 事 候ノ

44

と 説か れ て いる

。こ こ には 傍 線 部「 応持 菩 薩

」と

「 目 連尊 者

」と いう 二 人 の名 が あ げ られ

、 以 下 の よ う な記 述 が あ る

。 応 持 菩 薩 は

、 釈 尊 の 身 長 が 一 丈 六 尺で あ る の を 拝 見 し て

、 竹 杖 で そ の 御 身 長を 計 る と そ の 竹 よ り な お 高 か っ た の で

、 ま た 竹 を接 い で 計 ろ う と す る と

、 そ

187

れ に し た が って 仏 の 身 長 も 高 く な り

、 最 後 ま で そ の 限 界 を 知 るこ と が で き な か っ た

。 そ の 竹 を 捨 て て 突き 立 て た 場 所 に

、 す ぐ に 竹 が 育 っ て 竹 林 と な っ た。 こ れ を 杖 林 山 と 名 づ け て い る。 ま た 目連 尊 者 は、 神 通 力を 得 て 仏の 声 が 聞こ え る 場 所の 限 界 を計 ろ う とし た

。 ここ に あ る伝 承 と 同様 の 記 述を

『 止 観輔 行 伝 弘決

』 に み るこ と が でき る

。 そこ に は 一 一 相 好 凡聖 不

二其 辺

、前 両 教 凡 聖 及 当教 地 前

レ不 窮

於報 身 相 辺

。如

西 域 記 云

。 昔 婆羅 門

、 以

一 竹杖 長 一 丈 六

レ量

仏 身

、 纔約

仏 身

杖 上 猶 有

下如

杖 量 許

。量 既 不

レ已 挿

地而 去

。其 杖 成

レ林

。後 於

一中 而 立

二精 舍

名為

一林

。梵 天 不

一頂 者

、 梵在

色 界

一。 従

一天 来 亦

三未 曾 見

二世 尊 頂 相

一。 如

応 持菩 薩 欲

レ量

仏 身

。 仏 成 道後 遊

波 羅 奈

一。 東 方 去

此 甚 遠。 有

仏 号

思惟 華

。 世 界 名

懐調

。 有

菩 薩

一 二名

応 持

一。 来 礼

二仏 足

繞 千匝 已

。念 欲

二仏 身

。即 自 変 形 高三 百 三 十萬 里

。復 見

一身 高 五百 四 十 三萬 兆 姟 二億 里

。以

仏神 力

一応 持 往

至上 方 百 億恒 沙 世

一界

。界 名

蓮 華 荘厳

。 仏名

蓮 華

一上

。 至

彼界

レ不 見

釈 尊之 頂

。不

仏身 遠 近 幾

一何

。 往 問

彼仏

。彼 仏 答言

。更 過

恒沙 劫

レ不 能

レ 二見

釈 尊 之頂

。智 慧 光明 言 辞 悉皆 如

。出

金 剛蜜 迹 経

一。 此尚 不

見況 梵 天 耶。 目連 不

レ 二窮

其 声

者、 仏在

一鷲

。目 連 自 念

。欲

レ 二知

仏 声 所

レ至 近

一遠

。即 従

座起 往

二須 弥 頂 聞

二如 来 声

一如 在

目前

。自

二以 神 力 往

大 千辺 大 鐵 圍頂

故聞 無

異。 仏 念目 連 欲

レ試

我 清 浄音 場

一。 吾 今欲

現。 時 目連 承

仏 力

。4 5

と ある

。 こ の『 止 観 輔行 伝 弘 決』 の 記 述は

『 摩 訶止 観

』 に ある 一 一 相 好凡 聖 不

レ得

其辺

。 梵 天不

二其 頂

。目 連 不

レ窮

一声

46

の 一節 を 解 説し た も ので あ る

。「 一 一 の相 好 凡 聖其 の 辺 を得 ず

」 の部 分 は

『逆 修 説 法』 の 説 示 の 流 れ と 一致 す る

。 ゆ え に

、 法 然 は こ の

『 摩 訶 止 観

』 の 説 示を 念 頭 に 置 き

、 仏 身 と は 究 め 難 い も の であ る と い う こ と の 例 証 と し て

『 止 観 輔 行 伝 弘 決

』の 応 持 菩 薩 と 目 連 尊 者 の 説 話 を挿 入 し たも の と 考え ら れ る。 た だ し、

『 止 観輔 行 伝 弘決

』 の 本文 を み ると

、 波 線部 に あ る よ う に

、 竹で 釈 尊 の 身 長 を 測 ろ う と し た の は

「 婆 羅 門

」 で ある

。 こ こ で あ げ ら れ て い る

『 大唐 西 域 記』 を 確 認し て も

、 其 先 有

二婆 羅 門

一、 聞

釈 迦仏 身 長 丈六

。常 懐

二疑 惑

一未

之 信

一也

。乃 以

二丈 六 竹 杖

一欲

一身

。 恒於

杖 端

一出 過

二丈 六

レ如 是 増

レ高 莫

二能 窮

一レ

。 遂投

杖 而去

4 7

。 と あ り

、 や はり 竹 で 釈 尊 の 身 長 を 測 ろ う と し た の は 婆 羅 門 で ある

。 応 持 菩 薩 に つ い て は

、 釈 尊 の 頭 頂 をみ よ う と し た が い く ら 上 へ あ が っ て も つ い に み るこ と がで き な か っ た と さ れ る 伝承 が 記 述さ れ て いる

。 そ の後 に

、『 逆 修 説 法』 と 同 様の 目 連 尊者 の 話 が続 く

。 この よ う に 応 持 菩 薩 と目 連 尊 者 の 説 話 が 並 ん で い る の は

『 止 観 輔 行 伝 弘決

』 だ け な の で

、 婆 羅 門 と 応 持菩 薩 を 混同 し て しま っ て いる も の の、

『 逆 修説 法

』 は『 止 観 輔行 伝 弘 決』 を 直 接の 典 拠 と して こ の 部分 の 伝 承を 記 載 して い る と考 え ら れる

4 8

。 内 容 に つ いて は

、 具 体 的 な 現 身 の 利 益 は 説 か れ て い な い が

、阿 弥 陀 仏 に 限 定 せ ず 仏 の 功 徳 の甚 大 な るこ と を 示す も の であ る

。 O

. 南岳 大 師

・P

. 遵 式 四 七 日 で 仏の 別 徳 と し て 白 毫 の 功 徳 の 解 釈 が 述 べ ら れ た 後

、人 間 の な か に も 現 身 の 肉 髻 の 相を 得 た 者が い る とし て

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