』 所 収
『 法 然 聖 人 御 説 法 事
』
③ 義 山 版
『 漢 語 灯 録
』 所 収
『 逆 修 説 法
』
② 浄 厳 院 蔵 『 漢 語 灯 録
』 所 収
『 逆 修 説 法
』
① 恵 空 版
『 漢 語 灯 録
』 所 収
『 逆 修 説 法
』
書 名
貞 享 四 年
( 一 六 八 七
) か ら 江 戸 後 期
室 町 中 期 頃
康 元 二 年
( 一 二 五 七
)
正 徳 五 年
( 一 七 一 五
)
永 享 二 年
( 一 四 三
〇
)
元 禄 一 一 年
( 一 六 九 八
) か ら 江 戸 後 期
書 写
・ 成立 年 代
( 推 定)
和 文 体
・ 写 本
和 文 体
・ 写 本
和 文 体
・ 写 本
漢 文 体
・ 版 本
漢 文 体
・ 写 本
漢 文 体
・ 写 本
文体
・ 体裁
△ ○ ◎ ×
○ △
書 誌 学 的 信 頼 性
△ △ △ ×
○ ○
内容的 信 頼 性
形 式 的
に 『 原 本
①
』 に 近 い か
。 七 七 日 の 記 載 あ り 。
天 台 の 記 家 に よ る 写 本 。
『 師 秀 説 草
』 と 同 系 統
。
諸 本 中 最 古 の 写 本
。 『 原 本
①
』 の 抄 出 本 。
意 図 的 な 文 章 の 改 変
。 『
漢 語 灯 録 』 最 古 の 写 本
。 三 七 日 ま で
。 内
容 的
に 『 原 本
①
』 に 近 い か
。
備 考
36
『 西 方 指南 抄
』 に 所 収 さ れ る
『 御 説 法 事
』 は
、 現 存 す る
『逆 修 説 法
』 諸 本 の な か で 最 も そ の成 立 が 古く
、書 誌学 的 信 頼性 の 高 い史 料 で ある と い え る。 し か し、 そ の内 容 は『 古 本
』 と 比 較 す る と大 き く 省 略 さ れ
、 林 田 氏 の 研 究 で は
『 御 説 法 事
』の み にみ ら れ る 説 示 は 総 体 的 に 法 然 の もの と は 考 え に く い と 結 論 さ れ る
。 た だ し
、 大 谷 氏が こ の 省 略 を 補 う 内 容 を 記 す も の が
『 古本
』 で あ る こ と か ら
、『 御 説 法 事
』 は 当 時 すで に あっ た 漢 文 体 の
『 逆 修 説 法
』 を 和文 体 に 直し た も ので あ る との 考 え を示 し て いる よ う に
、『 古 本』 と 同 じ系 統 で 伝 承さ れ た とも 考 え られ る
。 一方 で 宇 高氏 は
、法 然 の 講説 録 で ある と い う性 格 上
、『 原 本
①』 は
『 師 秀 説草
』 の 形式 に 近 い和 文 体 と考 え て いる よ う であ る
。 もし そ う であ れ ば
、『 御 説 法事
』 は 和 文 体 の
『 原本
①
』 を 底 本 と し た
『 古 本
』 と 系 統の 異 なる 書 と な る
。 そ こ で
、『 御 説 法 事
』 と
『古 本
』 の説 示 の 異同 を 見 極め
、 両 者の 関 係 性を 探 り た い。
( 3
)『 無 縁 集
』・
『 師 秀 説草
』 に つい て 両者 は と もに 和 文 体で 七 七 日の 記 載 を持 つ な ど共 通 点 が 多い
。 ただ
、『 無縁 集
』 につ い て 林 田 氏 が 述 べる よ う に
、 後 世 に
『 選 択 集
』 な ど の 経 釈 を 踏 ま えて 改 篇 さ れ た も の と 考 え ら れ
、 そ の 成 立に つ い て は 不 明 で あ る
。 大 谷 氏 は 良 忠 門 下 諸 派 によ り
『 逆 修 説 法
』 の 呼 称 が 異 なる こ と に注 目 し
、『 無 縁 集』 と
『 師秀 説 草
』も そ れ ぞれ 一 条 派・ 白 旗派 と 縁 の深 い 書 と み てい る よ うで あ る が、 内 容 から 考 え れば 両 書 は同 じ 書 写の 系 統 にあ る こ とが 推 察 され る
。 で は、 両 書 を比 較 し たと き
、 どち ら が より 成 立 の早 い 史 料 とみ る こ とが で き るだ ろ う か。 以 下
、 これ ら の 問 題 点 に つ い て 明 ら か に す る た め に
、 重 要と 考 え ら れ る A か ら G の 七 箇 所 をあ げ て 諸本 を 検 討す る
。な お
、こ のう ち B とC は 宇 高良 哲 氏『
『逆 修 説 法』 諸 本 の研 究
』 の 解説 に 同 様に 比 較 対校 さ れ てい る の で、 そ ち らも 確 認 し なが ら 論 をす す め る。 A
. 初七 日
「『 観 経
』 引用
」
5 4
①
『 古 本』 観 経
ニ
説
テ
云
ク
其
ノ
身 六十 万 億 那 由 他 恒 河 沙 由 旬
ナリ
。 眉 間
ノ
白 毫 右
ニ
旋
レ
如リ シ 二
五 須 弥 山
一
文
。 其 一ノ ノ
須 弥 山 高ノ サ
出
レ
海
レ入 海 各
々
八 万四 千 由 旬
ナリ
也
。 又 青 蓮慈 悲
ノ
眼
ハ
如
ニシ テ 二
四 大 海 水
一ノ
青 白分 明
ナ リ
也。
②
『 浄 厳院 本
』 観 経
ニ
説云 其 身ノ
六 十 万億 那 由 他恒 河 沙 由旬
。眉 間 白 毫右
ニ
旋 如テ
五 須 弥山
一
文
。其 一
ノ
須 弥 山
ノ
高サ
出 海
ヨリ 一
入海
一
各 々 八万 四 千 由旬 也
。又 青蓮 慈 悲 眼ノ ハ
如 四シ
大 海 水ノ 一
清 白分 明 也
。
③
『 新 本』 観 経
ニ
云無 量 寿 仏ノ
身
ハ 二如
百 千 万億 夜 摩 天ノ
閻 浮 檀金 色
ノ 一。 仏 身 高ノ サ
六 十万 億 那 由他 恒 河 沙 由 旬ナ リ
。眉 間 白 毫右
ニ
旋 婉テ
転
ト シ
如テ シ ト 二五 須 弥山
ノ 一
。仏 眼
ハ
如ニ シ テ 二四 大 海 水
一ノ
青 白 分 明
ナリ
。
37
④
『 御 説法 事
』 観 経 ニ ト キ テ イ ハ ク ソ ノ 身 量 六 十 万 億 那由 他 恒河 沙 由 旬 ナ リ
。 眉 間 ノ 白 毫 右 ニ メ ク リ テ 五 須 弥山 ノ コ トシ ト
。ソ ノ 一 須 弥山 ノ タ カサ 出 海 入海 オ ノ オノ 八 万 四千 那 由 他ナ リ
。 マ タ 青 蓮慈 悲 ノ 御マ ナ コ ハ四 大 海 水ノ コ ト クシ テ 清 白 分明 ナ リ
。
⑤
『 無 縁集
』・
⑥『 師 秀 説草
』 観 経
ノ
説云 其 身 量 六 十万 億 那 由 他恒 河 沙 由 旬
。 眉間 白 毫 右旋 如 五 須 弥 山ノ
如
ク シテ
其
ノ
一
ノ
須 弥 山 高ノ サ
出
レ海 入
コ
海ト
各 八 万四 千 由 旬繕セン
那 也
。又 青 蓮 慈悲 眼 御ノ
眼
ハ
如 四大 海 水 如ノ ク シ テ
清白 分 明 也。 こ の 部 分 は『 観 経
』 の 引 文 で は あ る が 正 確 で は な く
、 途 中
『観 経
』 に は な い 説 示 が あ る が
、 諸 本 に おい て ほ ぼ 同 様 の 文 章 で 記 述 さ れ て い る
。 そ の な かで 唯 一
③
『 新 本
』 の み
『 観 経
』 に 正 確 な引 用 で あ る
。 こ の 部 分 以 外 で も
③ は 原 典 に 忠 実 な引 用 が 多 い
。 こ の よ う に 引 用 文 を あ げ ると き は
、 底 本
・ 校 本 の 記 述 に 関 わ ら ず
、 原 典 に 正確 に 引 用 す る こ と が
③ の 基 本 的ス タ ン スと い う こと が で きる
。 その 他 諸 本を 見 比 べる と
、①
『古 本
』と
②『 浄 厳院 本
』は ほ ぼ 一 致し
、「 青白
」と
「清 白
」 の 違 い の み であ る
。
④
『 御 説 法 事
』・
⑤
『 無 縁 集
』・
⑥
『 師 秀 説 草
』も や は り
「 清 白
」 で あ る
。 原 典 で は「 青 白
」 で あ る の で
『 古 本
』 が 正 し い よ う で あ るが
、 こ の よ う に 諸 本 に 共 通 す る エ ラ ー は『 逆 修 説 法
』 伝 承 の 初 期 か ら あ っ た も の と み ら れる
。 し た が っ て
① は 幾 度 と な く そ の 書 写が 繰 り 返 さ れ る な か で
、 原 典 に も と づ い て 修 正 され た の で は な い か と 推 察 す る
。 さ ら に
、④
⑤
⑥ は い ず れ も
「 其 身
」 が
「 其 身 量
」 と な っ てお り
、 関 係 性 が 深 い よ う に み て と れ る
。た だ
、
①
② で
「 由 旬
」 と す る 部 分 を
④ で は
「 那 由他
」 と す る の に 対 し
、
⑤
⑥ で は「 由 旬 繕 那」 と し て いる
。⑤
⑥ は
④を 参 照 しな が ら も独 自 の 記述 も あ るこ と が わか る
。 B
. 初七 日
「 志法 遺 書
」5 5
①
『 古 本』 我 在 生 死海
幸 値聖 船 筏 我 所 顕 真聖
来 迎卑 穢 質 若 欣 求 淨土
必 造画 形 像 臨 終 現 其前
示 道路 摂 心 念々 罪 漸 尽 随 業 生九 品 其 所 顕 聖衆
先 讃新 生 輩 仏 道 示 増進
②
『 浄 厳院 本
』・
④
『 御 説法 事
』 我 在 生 死海
幸 値聖 船 筏 我 所 顕 真聖
来 迎卑 穢 質 若 欣 求 淨土
必 造画 形 像 臨 終 現 其前
示 道路 摂 心 念々 罪 漸 尽 随 業 生九 品 其 所 顕 聖衆
先 讃新 生 輩 仏 道 楽 増進
38
③
『 新 本』 我 在 生 死海
幸 値聖 船 筏 我 所 顕 真聖
来 迎卑 穢 質 若 欣 求 淨土
必 造画 形 像 臨 終 現 其前
示 道路 摂 心 念々 罪 漸 尽 随 業 生九 品 其 所 顕 聖衆
先 讃新 生 輩
⑤
『 無 縁集
』・
⑥『 師 秀 説草
』 我 在 生 死海
幸 値聖 船 筏 我 所 顕 真像
来 迎卑 穢 質 若 欣 求 淨土
必 造画 形 像 臨 終 現 其前
示 道路 摂 心 念々 罪 漸 尽 随 業 生九 品 其 所 顕 聖衆
先 讃新 生 輩 増 進 仏 道楽
◎ 真 福 寺蔵 戒 珠 集『 往 生 浄土 伝
』 或 在 生 死海
幸 値聖 船 筏 我 所 顕 真聖
来 迎卑 穢 質 乗仏 本 願 力 指 西 方而 去 若 欣 求 淨土
必 造画 形 像 臨 終 現 其前
示 道路 摂 心 念々 罪 漸 尽 随 業 生九 品 其 所 顕 聖衆
先 讃新 生 輩 増 進 仏 道楽 真福 寺 蔵 戒 珠 集
『往 生 浄 土 伝
』( 以下
、『 真 福 寺 本』
) 所 収 の 志 法の 遺 書 の 引 用 であ る
5 6
。 い ま は 返 り 点・ 送 り 仮 名 に 関 す る 考 察 は 省 略 し
、 漢 字 だ け を 比較 す る
。 こ の 部 分 に 関 す る 主 な宇 高 氏 の指 摘 は 以下 の と おり で あ る。
( 1
)
①『 古 本
』 の 最 終 句 に の み
「 仏 道 示 増 進
」 と あ る が、 こ れ は
① が
「 楽
」 の 異 体 字 を 読み 切 れ なか っ た ため に 起 きた エ ラ ーで あ り
、「 楽
」 が正 し い
。
( 2
)
②『 浄 厳 院 本
』 と
④
『 御 説 法 事
』 は 同 一 で あ り
、
②は
① に 先 行 す る 良 質 の 写 本 で あ ると い え る。
⑤
『 無縁 集
』 と⑥
『 師 秀説 草
』 も同 一 で あ る。
(3
)
③
『新 本
』 は「 増 進 仏 道楽
」 を カッ ト し てい る が
、理 由 は 明白 で は ない
。
(4
)『 真福 寺 本
』に 最 も 近い の は
④『 御 説 法事
』 の 引 文で あ る
。
(5
) 三 句目 と 最 終句 を そ れぞ れ
「 我所 顕 真 聖」
・「 仏 道楽 増 進
」と す る
①~
④ の 系統 と
、
「 我 所 顕 真 像
」・
「 増 進 仏 道 楽
」 と する
⑤
⑥ の 系 統 の 二 通 り の 流 布 本 が あ っ た と 推 測 され る
。 以下
、宇 高氏 の 指 摘し た 点 を 中心 に 考 察し て い きた い
。( 1
)( 2
)の 指 摘 は妥 当 で ある
。
① は 諸 本 の なか で も 比 較 的 後 世 の 書 写 本 で あ り
、 書 写 の 間 違 いが 多 い こ と が 読 み 取 れ る
。 ま た② と
④ が同 文 で ある こ と から
、『 原本
①
』 に近 い 段 階か ら こ の形 で 伝 承さ れ て き たと 考 え られ る
。 ま た
( 4) に は 原 典 に 最 も 近 い の が
④ で あ る と さ れ る が
、果 た し て 原 典 を み て み る と
、 最 終 句 は
「 仏道 楽 増 進
」 で は な く
「 増 進 仏 道 楽
」 で 語 順 が 異 なっ て お り
、 一 概 に 最 も 原 典 に 近 い と は いえ な い こ と が わ か る
。 さ ら に
、 一 句 目 は
「 我 在 生死 海
」 で は な く
「 或 在 生 死 海
」 で あ り
、五
・ 六 句 目 の
「 乗 仏 本 願 力 指 西 方 而 去
」 が 諸 本の 引 用に は 抜 け 落 ち て し ま っ て い る
。 これ ら の 相 違 に つ い て 大 谷 旭 雄 氏 は
、 法 然 が
「 乗 仏本 願 力 指 西 方 而 去
」 の 二 句 を省 略 し たの は 教 義上 の 誤 解を 避 け るた め で ある と し
、「 増 進 仏 道楽
」 の語 順 が 異 なる の は
、法 然 が 所覧 し た
『往 生 浄 土伝
』 が『 真 福 寺本
』 と近 い 形 態を も ち な がら も
、「 仏道 楽 増
39
進
」の 語 順 にな っ て いた た め と推 論 し てい る
5
。7
し か し、
「 乗 仏本 願 力 指西 方 而 去」 の 二 句 が 教 義 上 の誤 解 を 避 け る た め に 省 略 さ れ た と す る 推 論 は
、 やや 妥 当 性 を 欠 く と み て と れ る
。 そ れ よ りも
、 法 然 が 所 覧 し た
『 往 生 浄 土 伝
』 は
『 真 福 寺 本』 と や や 異 な り
、 一 句 目 が
「 我 在 生 死 海」 で
、 五
・ 六 句 目
「 乗 仏 本 願 力 指 西 方 而 去
」 が存 在 せず
、 最 終 句 が
「 仏 道 楽 増進
」 と なっ て い たと み る 方が 妥 当 と考 え ら れる
。 そし て
、原 典に 忠 実 な③ で も やは り 一 句目 の 間 違い は 直 っ てお ら ず
、五
・六 句 目 が ない
。 お そら く
③ の校 本 と なっ た 金 沢本 の 校 訂者 は 法 然が 所 覧 し た『 往 生 浄土 伝
』も
『 真 福 寺本
』 も 確認 で き なか っ た ため
、 一 句目 の 相 違と 五
・ 六句 目 の 存在 に 気 づか ず
、『 逆 修 説 法』 諸 本 の い ず れ が 正し い 引 文 な の か 断 定 で き な か っ た た め
、 原 典 に 正確 な 引 用 を 目 指 す と い う ス タ ン ス か ら
(3
) に 指 摘 さ れ る よ う に 最 終 句 を 省 略 せ ざ る を 得な か っ た の で は な い か と 推 察 す る
。 も し義 山 が
『 真 福 寺 本
』 か そ れ に 近 い 形 態 の
『 往 生 浄土 伝
』 を 所 覧 し て い て
、
③ の 校 訂 に お いて 文 章 改 変 を 厭 わ な か っ た と し た ら
、 原 典 の 記 述に 依 拠 し て 修 正 し た 可 能 性 が 高い と 考 える
。 い ず れ にせ よ
、 金 沢 本 な る も の が も し 存 在 し た と し て も
、そ こ に 説 か れ る
「 志 法 遺 書
」 は 今 あ る
『 古本
』 系 統 に 説 か れ る も の と あ ま り 相 違 な く
、 そ の書 誌 学 的 欠 点 を 補 う こ と が で きる よ う な性 格 の もの で は ない と 想 像で き る
。
( 5
) の指 摘 で は
、
⑤
⑥ は 書 写 の 系 統 が
①
~
④ と 異 な り
、二 通 り の 流 布 本 が あ っ た と 述 べ ら れ て い る。 し か し
、 一 句 目 の 相 違 と 五
・ 六 句 目 の 脱 落 が 修正 さ れ て お ら ず
、 三 句 目 が
「 我所 顕 真 像」 と な る史 料 も 現存 し て いな い こ とか ら
、『 古 本
』 と同 系 統 で伝 承 さ れた も の が
、
⑤
⑥ の 成立 の 段 階 で 最 終 句 だ け 語 順 を 考 慮 し て 修 正 さ れ
、三 句 目 を
「 我 所 顕 真 像
」 と 誤 っ て 書 写 して し ま っ た と 考 え ら れ る
。 こ れ よ り
、
⑤ と
⑥ は 非常 に 近 し い 書 写 の 関 係 に あ る こと が 読 み取 れ る
。 C
. 三七 日
「 法照
『 五 会法 事 讃
』」
5 8
①
『 古 本』 於 未 来 世悪 衆 生
称 念 西方 弥 陀 号
依 仏本 願 出 生 死
以 直心 故 生 極楽
又云 彼 仏 因 中立 弘 誓
聞 名 念我 惣 来 迎
不 簡貧 窮 将 富 貴
不 簡下 智 与 高才 不 簡 多 聞持 浄 戒
不 簡 破戒 罪 根 深
但 使廻 心 多 念 仏
能 令瓦 礫 変 成金
②
『 浄 厳院 本
』 於 未 来 世悪 衆 生
称 念 西方 弥 陀 号
依 仏本 願 出 生 死
以 直心 故 生 極楽
彼 仏 因 中立 弘 誓
聞 名 念我 惣 来 迎
不 簡貧 窮 将 富 貴
不 簡下 智 与 高才 不 簡 多 聞持 浄 戒
不 簡 破戒 罪 根 深
但 使廻 心 多 念 仏
能 令瓦 礫 変 成金
③
『 新 本』 彼 仏 因 中立 弘 誓
聞 名 念我 総 来 迎
不 簡貧 窮 将 富 貴
不 簡下 智 与 高才 不 簡 多 聞持 浄 戒
不 簡 破戒 罪 根 深
但 使廻 心 多 念 仏
能 令瓦 礫 変 成金