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本実験はこの日本語入力の問題点に焦点を当てる.キーボード入力は,数段階の認知処 理と,煩雑に行われる同音異義語選択操作が必要であり,我々の知的活動を阻害するうえ,

入力速度の低下にも多く影響すると考えられる.しかし,物書き作業のような知的活動の 初期段階においては,関係情報を収集するために,頭の中に思い浮かんだ貴重なアイディ アや,音声や動画など,様々なメディアから情報を素早くかつ正確にメモとして記録しな ければならない.そのため,メモ書きのような作業においては素早い入力,及び高い集中 力が要求され,キーボード入力は有効ではないと考えられる.

我々は,メモ書き作業において,キーボードよりも自然,かつ,簡単に入力できる手書 き入力の方が有効であると考える.この仮説を明らかにするため,本実験では手書きとキ ーボードの比較実験を行い,日本語でのメモ書き作業における手書き入力の有効性につい て定量的に分析し,明らかにした.

• 中村は,情報系大学生を対象にし,通常 PC(キーボードとマウス入力)及びタブレ

ット PC(全てペン入力)と紙(ペン入力)を比較し,文字入力及び図形入力の速度

を比較した.通常PCと紙を比較した結果,文字入力に関しては,PC初心者では2.6

~3.0倍,PC 熟練者では0.93倍である.このように,文字入力では,PC初心者に おいてペン入力が非常に優位であるという結果が得られている.図形入力に関しては,

PC熟練者においても紙と比べたら,2.5から2.8倍であり,ペン入力の優位性が全て のPCユーザにおいて非常に優位であることが分かった.また,タブレットPCと紙 を比較した結果,図形入力に関してはタブレット PC が紙の入力速度の 90%~98%

のレベルで,文字入力に関しては86%のレベルであることがわかり,タブレットPC により紙とほぼ同じ効果が得られることが明らかになった.

しかし,ここで述べた研究は,両方とも入力速度のみを考慮し,入力デバイスを比較す る際に必要な認知科学の観点で評価していない.また,この研究では文書作成時の文字入 力について検証したため,メモ書き入力時の評価と異なる可能性がある.

また,Renら[Ren 2003]が日本語文字入力における仮名漢字変換についての研究を行っ た.この研究から,仮名漢字変換の過程が総合入力時間の70%を占めるということが分か った.しかし,この研究では変換の対象は,「亜」及び「伊」のように,1文字分の入力サ ンプルを使用しているだけであり,メモ書きのように長い文書を入力する際には,異なる 評価が得られると考えられる.また,Wang ら[Wang 2001]が中国語の文字入力における 漢字変換過程についての研究を報告した.結果としては,中国語の文字入力では,漢字変 換操作が総合入力時間の36%を占めるということが分かった.

更に,ペンの操作性に関しては,Mackenzie[Mackenzie 1991],魚井[魚井1992],及び 加藤[加藤1998]の研究を挙げることができる.魚井と Mackenzie はドラッギング操作に ついて実験を行ったが,実験に用いられたペン入力デバイスは間接型である.その結果,

ペンの方がマウスよりも操作が早かったと報告された.加藤は,2 種類のペン入力デバイ スとマウスを用いて,ポインティング,ドラッギング,及び操作の移動方向依存性につい て分析を行い,ペンの特徴,及びペン UI を設計する時に考慮すべき点を明らかにした.

しかし,これらの研究はペンを手書き入力デバイスとしてではなく,ポインティングやド ラッギングのような操作のための道具としてとらえているため,これらの研究結果を用い て日本語における手書き入力の有効性を評価するのは限界がある.

最後に,第2章で述べたように,ペンユーザインタフェースの入力は簡単,かつ自然に 行えることを主観的に多く評価されるため,最近では様々なシステムに適応されている.

これは,手書きアノテーション・メモシステム[香村 2003;佐々木2003;Bargeron 2003;

Olsen 2004]やTEDDY[Igarashi 1999]のようなスケッチシステムにとどまらず,デザイン

の分野においても,ModelCraft:3Dモデルデザイン[Song 2006],SILK:GUIデザイン

[Landay 1996],DENIM:ウェブページデザイン[Newman 2003],及びSketchPoint:

発表用スライドデザイン[Li 2003]などのシステムがある.また,タブレットPCや液晶ペ ンタブレットのようなペン入力デバイスが普及するとともに,最近では教育の分野におい ても手書き講義支援システム[Anderson 2004;Berque 2006]や手書きノートテーキングシ ステム[Kam 2005;Ward 2003]が多く開発されている.このように,ペンユーザインタフ ェースを入力デバイスとして採用したシステムが多く存在するが,あくまでも手書き入力 が主観的に有効だと考えてシステムの開発を進めているだけで,実際に手書き入力の有効 性について定量的に分析している研究が少ない.

3.2.2 関連研究の問題点

3.2.1項に述べた関連研究の分析から,それぞれの問題点について以下のようにまとめる

ことができる.

• これまでの研究では,一般的に手書き入力の問題点として,入力速度の遅さが挙がっ ていたが,このような指摘は実証的に検証されていない.また,その多くの研究はオ ンライン文字認識を利用した手書き文字入力について手書き入力速度の遅さを議論 したため,メモ書き入力時の評価とは比較できない.

• 文字入力の比較実験について行われた研究はあったが,ここでは文書作成時の文字入 力について実験を行ったため,メモ書きの評価とは異なる可能性がある.

• 文字入力の比較実験について行われた従来研究では,考慮した項目は入力速度のみで あり,入力デバイスを比較する際に必要な認知学的な観点で評価していない.

• ペン入力デバイスを評価する実験はあったが,ここではペンを手書き入力デバイスと してではなく,操作のための道具としてとらえていたため,ペン入力デバイスとメモ 書きの関係を評価することができない.

• ペンユーザインタフェースを入力デバイスとして採用したシステムの多くは,あくま でも手書き入力が主観的に有効だと考えてシステムの開発が進められているが,実際 に手書き入力が定量的に有効であることを明らかにした研究が少ない.

以上の問題点から,文書作成時における手書き入力の有効性を分析した研究があるが,

物書きのような知的活動の初期段階に必要なメモ書き作業における手書きの有効性を定量 的に明らかにした研究はないということが分かった.また,最近では,ペン入力の有効性 を主観的に評価し,この評価を基に手書き入力を様々な分野に取り入れたシステムが多く 存在することも明らかになった.したがって,ペンユーザインタフェースの信頼性・普及 率を向上させるために,本実験のように,手書き入力の有効性を明らかにすることは極め て重要だと考えられる.

3.2.3 本研究の目的

日本語における手書きメモ入力の有効性を定量的に分析し,明らかにすることが本実験 のコアの目的である.本実験は,これまで述べた関連研究と異なり,人間工学の観点だけ でなく,認知科学の観点も考慮し,手書きとキーボードの比較実験を行い,具体的に以下 の4つの項目について日本語における手書きメモ入力の有効性を定量的に明らかにするこ とを目的にした.

• 目的1: 頭の中に思い浮かんだアイディアを素早く,かつ,正確にメモとして記入

しなければならないため,入力速度においてどちらがより速く入力できるかを明らか にする.

• 目的2: 知的活動の初期段階では,思い浮かんだアイディアをメモとして正確に記

入するのは非常に重要なため,このような作業においてどちらが認知的負荷が小さく,

記憶した内容がより正確に入力できるかを明らかにする.

• 目的3: 手書きは自然に入力ができるため,短期記憶への負荷が小さく,キーボー

ドよりも入力した内容が長く記憶に残ると考えられる.ここでは,手書き及びキーボ ードで入力された内容はどちらが長く記憶に残るかを定量的に分析し明らかにする.

• 目的4: 知的活動の初期段階では,思い浮かんだアイディアだけでなく,音声やビ

デオなど様々なメディアから情報を収集し,メモとして記入しなければならない.こ のような作業において記入されたメモでは,どちらの内容が十分,かつ,正確であり,

更に記入した人の理解度が高いかを明らかにする.

3.2.4 本研究のアプローチ

比較実験を行う際に,最も大きな問題は実験手法,及び実験試料自体の妥当性である.

誤った指示方法や,偏った実験試料などは,実験結果に大きく影響するため,妥当な実験 手法,及び実験試料を用いることが非常に重要である.

そのため,評価実験を行う前に,実験手法,及び実験試料自体の妥当性を確認するため の予備実験を先に行う必要がある.また,次のステップとして,予備実験より明らかにな った問題点を分析し,改善を行わなければならないと考えられる.そこで,本研究のアプ ローチは図3.2に示すように,3つのステップに分けて研究を進める.

実験手法,実験試料などの妥当性を 評価するために予備実験を行う.

STEP1

予備実験より明らかになった問題点 を分析し,改善を行う.

STEP2

評価実験を行い,手書き入力の有効性 を定量的に明らかにする.

STEP3

実験手法,実験試料などの妥当性を 評価するために予備実験を行う.

STEP1

実験手法,実験試料などの妥当性を 評価するために予備実験を行う.

STEP1

予備実験より明らかになった問題点 を分析し,改善を行う.

STEP2

予備実験より明らかになった問題点 を分析し,改善を行う.

STEP2

評価実験を行い,手書き入力の有効性 を定量的に明らかにする.

STEP3

評価実験を行い,手書き入力の有効性 を定量的に明らかにする.

STEP3

図3.2 研究アプローチ