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進化が進化する手段としての技術

ドキュメント内 ケヴィン・ケリー著作選集 3 (ページ 82-88)

Technology, or the Evolution of Evolution 技術を考えるとき、私たちは配管やら点滅する表示灯やらが目に浮か ぶ。しかし宇宙の観点で見ると、技術とは加速する進化である。

概念上は、自然の進化とは、可能性の空間を探求することである。す なわち、適応システム ――この場合には生命―― が、あらゆる可能な形 態の中から、生き残るための新しい形態を探索する方法である。その適 応システムは、この形態やらあの形態やらを試してみる。丸いものや長 いもの、遅いものや速いもの、足があるものや翼があるもの、など。探 索という競技を継続できるような、いろいろな構造を用意する。そこで 見つけられる形態のほとんどは、ごく短時間しか生き延びられない。し かし長い年月を過ぎると、生命というシステムは、非常に安定な形態に 落ち着く。地球上での安定な形態とは、管状の腸であり、植物の葉であ り、左右対称の形である。その形態のおかげで、生物はさらに多くの形 態を探索し続けることができる。生物が「発見した」自然の進化はいず れも、より多くの革新を発見するための基盤となっている。この過程で、

生命は生存形態の種類と、進化を持続する能力を拡大している。

生命が進化を持続することができるのは、これまでに何度か、その進 化性を増大させる方法を発見してきたからである。いちばん最初には、

生命の可能性の空間は非常に小さかった。生命が適合し、変化し、物事

に取り組み、新しい形態を見つける方法は、ごくわずかしかなかった。

適合性の範囲が狭いということは、好みに合わせた変更や改造のできな い粗雑な技術と同じである。初めのうちは、生命の持つ適合性や進化性 は低かった。しかし時間をかけて、進化が働いて新しい形態を発見する につれて、探索や変化のための技法も拡大してきたのである。これに対 する考え方の一つとして、生命はあらゆる可能性を発見することを追求 しているという推測もある。しかし、見つけた形態のうちの一つか二つ だけが魔法のメタ形態であり、それがさらに多くの形態を探求するため の、全く新しい世界へ進出する新しい能力を生命に与えるのだ。何かの ゲームのように、あるレベルでドアを見つけると、その結果としてより 複雑でより速く、今までにない可能性に満ちた全く別のレベルが広がる。

進化においてはこの特別なメタ入口は、生命の進化性を拡大するための 技法、たとえば有性生殖である。有性生殖による遺伝子組換えに加えて、

進化のおかげで、生命の進化性を向上するための技巧を他にもいくつか 発見している。生命体の間での水平遺伝子伝達、そして、あらゆる種類 の制御遺伝子(他の遺伝子を制御する遺伝子)、この二つは、進化性が増 大することによって学習と適合と探索の過程が拡大する例である。

つまり、可能な形態の空間を進化が探索しているうちに、ときどき、自 分自身の可能性の空間を拡大するような形態を発見する。このようにし て進化の過程は、探索していた、まさにその空間を作り出す。言い換え れば、どうすれば生命体が生きていられるかという質問に対する答えが、

ある新しい種であるとすると、進化は新しい答えをもたらすだけでなく、

さらに新しい質問を生み、また質問をする新しい方法も生み出している。

進化がその進化性を増大させるために使う手段の中で、知性に匹敵す るものはない。人間の知性だけに限らず、知性は生命体に対して、短時間

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で学習し適応する方法を与えてくれる。それは驚くことではない。なぜ ならば、知性は答えを発見するために作られたものであり、答えを得る のに重要なことの一つが、より良くより速い学習だからである。知性の 使い道が学習と適応であれば、学習の方法を学ぶことによって学習は加 速する。知性が学習する内容の大部分は、生命体の進化に直接移転する わけではないけれども、下等な動物界でさえも知性が進化を加速する方 法はいくつかある。(ボールドウィン効果(日本語版)を参照されたい。) つまり、生命体に知性が存在することによって、その進化性が増大して いる。知性という概念は、探索すべき新しい領域、すなわち存在しうる 知性の領域を生み出しながら、多くの新しい方向へ進化を進めている。

この拡大の中で、近ごろ発展しているものは技術である。技術は人間 の知性が可能性の領域を探索する方法である。人間は科学や技術を通じ て、可能であるものを現実にする力を知性に与える。さらに、技術は人 間の社会が学習し、変化を導入する方法である。よく言われていること だが、技術が地球上でこの 100 年間にもたらした変化は、生命体が過去 10 億年にもたらした変化と同じくらいである。

レイ・カーツワイルは、過去 100 年ほどで技術がもたらした加速的変 化を図示したグラフをいくつも提示してくれる。計算機の速度に始まっ て、通信の回線容量、エンジンの出力、穀物の収穫量に至るまで、すべて の性能は加速的に向上している。変化は今世紀の特徴的な性質である。

しかしメタ変化とは、加速そのものではなく、より速い変化のことで ある。進化の加速あるいは進化性の増大は、変化の性質が変化すること である。人間の集団的知性 ――それを表現したものが技術である―― が 変化に適合し変化を生む構造は転換しつつある。実際のところ、この世 界でたった今起こっている最も重要な変化は、「変化が起こる方法の変

化」である。

このメタ変化は進化性の進化についての中心的概念であり、進化の長 期的軌跡の自然な延長である。メタ変化は技術に対して、変化の速度を 速くし、変化の起こる方法を増加させ、二次的な(次の段階の)さらに多 くの進化の可能性をもたらす。

ウィキペディア(英語版)における「進化 (evolution)」の項目の進化。

(http://discovermagazine.com/2006/jul/evolutionmap より)これ自 体が進化に関する媒介物である。色の帯は 2001 12 月から 2005 10

月までの、この項目に関するそれぞれ異なる執筆者を示す。

(1) 変化する速度の増大。一部の懐疑論者は、これが私たちの文化全体に 発生しているかどうか疑問を抱いているが(都市はそんなに変化してい

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ない)、加速が効果を発揮するためには、あらゆる場所で起こる必要はな い。変化する速度の増大が特定の情報分野だけで起こっているとしても、

進化性の拡大にはそれで十分である。生物の進化における従来のメタ変 化の遷移は、その大部分が情報および通信システムの変化であった。

(2) 新しい変化の方法。科学的手法は重要な新しい変化の方法である。科 学のおかげで、より系統的に可能性を探求できるようになる。成り行き まかせでなく、方向性を持って学習することができる。したがって、科 学的手法の変化は、新しい変化の方法や新しい学習の方法を生み出す。

重要な新しい学習の方法の一つが、インターネット技術によって可能と なった大規模な集団的学習方法である。この新しい学習の方法の最高の 例はウィキペディアだろう。現時点では、ウィキペディアは目新しい情 報を(意図的に)生み出さないようだ。しかし、それは集団的学習(社会 が「知っている」ことをそのすべての構成員に広める)のためのしくみ であるから、それは新しい社会的学習の方法である。一般に、テクニウ ム(訳注:文明としての技術)のレベルで学習と適応を増大させる方法 であれば、何でも、新しい変化の方法である。図書館、報道機関、電子媒 体、科学の手法、そして、今ではインターネット技術などが、すべて社 会の知性という状態で作用して、私たちが物事を知る方法を転換させる。

それは適応が起こるべき水準を変える。これらの機能の変化は、進化に おけるメタ変化として働く。

(3) さらなる進化性のための基盤。現在の変化とメタ変化から、さらにま た進化する能力が現れるだろう。たとえば、私たちは社会という規模で 発生する可能性のある知性について、まだ調査を始めていない。比喩的

な意味での知性ではなく、実際に機能する知性。明確な境界と自我とい う感覚を持ち、知性と同じように学んだり、知ったり、予想したりでき るもの。そして、そのようなものを作ったり育てたりすることが可能で あれば、この非常に大規模な学習機械は、人間が世界を学習して変化さ せる方法を変えていくのは明らかである。そして、その機械は進化を進 化させる最高のものになるだろう。

技術とは、進化のためのより多くの方法を追求する力が 40 億年にわ たって継続してきたものである。テクニウムは(私たちが知っている 限り)進化が進化する最善の方法である。しかしその次に来るものは何 か? 進化の未来はどのようなものか? 進化は、たぶん今まで進んでき た方向へ、それが地球上なのか外へ向かうのかは別として、そのまま進 み続けるだろう。より機敏でより賢く、迅速で広範囲で、そしてより驚 くべき進化性の方向へ。

学習と変化を生み出す過程は、速く、広く、驚くべきものになり、それ はしだいに知性に似てきた。もしも生命体の歴史の速度を速くして、す べての変化を 23 時間に圧縮したとすれば、進化を信じていない人で あっても、まるで賢い知性が働いているように見えると言うだろう。今 のところ、技術は進化が進化するための重要な手段であるから、技術の 未来は知性に似てくる。あるいは、別の言い方をすれば、技術の知性的 な側面が優勢になろうとしている。

(初出: http://memo7.sblo.jp/article/32102395.html)

(原文: http://kk.org/thetechnium/2009/01/technology-or-t/)

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