The Singularity Is Always Near 計算機とワールドワイドウェブについて、今、私たちは特異点に似た 出来事を経験しているような本能的な感覚がある。しかし、この特異点 という概念は、進行中の変革を説明するのに最適ではない。
特異点というのは物理学から借用した用語で、ブラックホールの中で 状況が激変する分岐点を示すものである。正統的な用法では、物体があ る点を越えると、それに関するものは何でも、たとえば情報でさえも抜 け出すことができず、ブラックホールの重心に引き込まれる。言い換え れば、物体がブラックホールに入るところは確かであって感知できるが、
ひとたびこの不連続点を過ぎると、その物体の未来に関することは何も わからなくなる。無限へ向かう途中のこのような断絶を、特異な出来事
―― 特異点という。
数学者で SF(空想科学小説)作家のヴァーナー・ヴィンジは、この比 喩を加速的な技術の進歩に適用した。計算機の能力は、指数関数的にど こまでも増加しているが、ヴィンジはそれを憂慮すべき光景だと思った。
ヴィンジの分析によれば、そう遠くないある時点で、計算機の能力の進 歩によって、私たちは、人間よりも賢い計算機を作ることができるよう になる。そしてその賢い計算機は、それよりもっと賢い計算機を設計す ることができる。それがさらに続く。計算機が新しい計算機を作る循環
第 16 章 特異点はいつも近い
は、非常に速くなって、たちまち、想像を絶するほどの知能水準に達す る。このような知能指数と能力の進歩をグラフに書くと、すぐに無限大 に達するような上昇曲線になる。数学的な表現としては、それはブラッ クホールの特異点と似ている。なぜならば、ヴィンジが言うように、そ の境界の向こう側については何も知ることができないからである。人間 が人工知能を作って、次に、その人工知能がより優れた人工知能を作る、
それが無限に続くとすれば、そのような人工知能の未来は、私たち人間 には知ることができない。ちょうど、ナメクジには人間の生活が理解で きないのと同じように。したがって特異点はブラックホール、すなわち、
私たちから未来を隠している見通しのきかない覆いになる。
伝説的な発明家で計算機科学者のレイ・カーツワイルは、このたとえ に注目して、広範囲の技術の最前線に適用した。この種の指数関数的増 加はコンピューター・チップに限ったことではなく、情報によって革新 が促進される多くの分野、たとえばゲノム学、電気通信、商取引などで 起こっていることを立証した。テクニウム(訳注:文明としての技術)そ のものは、テクニウム自身の速度で変化している。カーツワイルは、人 間の脳の神経の処理能力と計算機のトランジスターの処理能力とを大雑 把に比較してみると、計算機の知能が人間の知能を上回る点を見出すこ とができると考えた。そして、それが交差する特異点がいつ発生するか を予測した。カーツワイルの計算では、2040 年ごろに特異点が発生す る。それはもう明日のようにも思える。だからカーツワイルは、「特異点 は近い」と鳴り物入りで宣言している。そうこうするうちに、すべては その点へ向かって進んでいる。それより先で何が起こるのか、人間には 想像することが不可能な時点へ向かって。
特異点の向こう側がどうなるのか、すなわち、きわめて高度な知能を
もった頭脳が、どのような世界を私たちにもたらすのか人間にはわから ないが、それでもカーツワイルやその他の人たちは、私たち人間の知性 が不死になると信じている。なぜならば、きわめて高度な知能の集合体 を使えば、人間の知性をダウンロードしたり、コピーしたり、あるいは 永遠に補修したりすることができるというのだ。人間の知性(すわなち 私たち自身)は、改良された身体があってもなくても存在し続ける。そ うすると、特異点は未来への入口または架け橋となる。あなたがすべき ことは、2040 年の特異点発生に間に合うように、それまで生きているこ とだけである。それまで生きていられたら、あなたは不死になる。
この特異点と携挙(the Rapture ラプチャー)との類似性を指摘して いるのは、私だけではない。あまりにも似ているので、一部の評論家は 特異点のことをスパイク(Spike)と呼んでいる。それはキリスト教原 理主義における、終末の決定的瞬間を思わせる言葉だ。携挙というのは、
キリストが再臨するとき、すべての信者は普通の生活からいきなり空中 に持ち上げられて、死を経由せずに天の不死不滅の世界へ導かれること である。この特異な出来事によって、改良された身体、永遠の知恵で満 たされた完全な知性ができる。そして、それは「近い将来」に起こるこ とになっている。そのような期待は、技術の携挙、つまり特異点とほと んど同じである。
カーツワイルの説による特異点には、多くの仮定が含まれているので、
それを解明してみる価値はある。なぜならば、技術の特異点に関する話 の多くは誤解を招きやすいものだが、その考え方もある意味では、たし かに技術的変化の原動力をとらえているからである。
第一に、人工知能の特異点によって不死が保証されることは決してな い。いくらでも理由を挙げることはできるが、私たちの「自我」はあま
第 16 章 特異点はいつも近い
り移植可能ではなさそうだし、新しい人工的な永遠の身体なんて少しも 魅力的でないし、超越した知能だけで身体的な死という問題を直ちに解 決できるわけでもないだろう。
第二に、知能というものが、現時点の状態から無限に拡大できるかど うかわからない。私たちは人間の知能より優れた人工の知能を想像する ことができるのだから、ブートストラップ(自分で自分を引き上げる)
という方法を適用するのに十分な知能を現時点で持っていると考えられ る。常に増大している人工知能の特異点に到達するためには、人間の賢 さは、より優れた知能を作るというだけではなく、さらにその次の水準 の知能を自ら作り出すような知能を作ることができなければならない。
チンパンジーは蟻の何百倍も賢いが、蟻よりも賢いチンパンジーの知能 では、それ自体より賢い知能を作り出すのに十分ではない。すべての知 能が、ブートストラップする知能としての能力を持っているわけではな い。他の種類の知能を想像することはできるが、それ自体を複製する能 力がない知能を第 1 種の知性と呼ぶことにする。第 2 種の知性は、自分 自身を複製できる(人工知能を作ることができる)が、それを大幅に賢 くすることはできないものだ。第 3 種の知性は、十分に賢い知能を作る 能力があって、その知能がさらに賢い次の世代を作り出すことができる というものである。私たちは人間の知能は第 3 種だと想定しているが、
それは仮定にすぎない。人間の知能が第 1 種である可能性もあるし、あ るいは、特異点で即座にブートストラップするのではなく、ゆっくりと 進化してより優れた知能になっていくのかもしれない。
第三に、数学的な特異点という概念は幻想である。指数関数的増加の グラフを見れば、その理由がわかる。カーツワイルの多くの例と同様 に、指数関数のグラフはロケットのようにまっすぐ直線的に上昇して増
加する。あるいは両対数目盛のグラフであれば、指数関数的増加はグラ フの軸に含まれているから、増加はまったく直線になる。カーツワイル のウェブサイトには多数のグラフがあり、すべては特異点に向かって直 線のような指数関数的増加を表している。しかし、 いかなる 両対数目 盛グラフについても、時刻ゼロ、すなわち現在においては特異点を示す。
もし何かが指数関数的に増加するならば、それが無限大に向かって上昇 するように見えるのは、必ず「ほぼ現在」の時点なのだ。
世界の主な出来事が指数関数的割合で発生していることを示す、「特異 点へのカウントダウン」というグラフを見てみよう。それは数百万年の 歴史にわたって、レーザーのようにきれいな直線を描いて突進している。
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Ray Kurzweil (2005). The singularity Is Near から。
しかし、そのグラフを 30 年前で止めずに現在まで延ばすと、何か奇 妙なことが見えてくる。カーツワイルのファンであり評論家でもあるケ ヴィン・ドラムは、「ワシントンマンスリー」(Washington Monthly) に 書いた記事で、このグラフを 30 年前で止めずにピンクの部分を追加し て、現在まで延長した。