私たちが想像できる最も精神的な出来事は何だろうか? ET(地球外 生物)との検証可能な接触という事態があれば、それは既存の伝統的宗 教の基盤を揺るがすだろう。ET が何と答えたとしても、神の問題につい ての論争を再燃させる。映画「コンタクト」は神学者がスターである唯 一の映画だと思う。しかし私たちは ET と接触するのに、SETI(地球外 知的生命体探査)プロジェクトを待つ必要はない。ET を作ればそれが可 能になる。すなわち、ロボットを作るのである。このようにして ET は 別の名前、AI(人工知能)と呼ばれるようになる。AI が人造人間である と心配する人たちもいるが、それは全く間違っている。AI は人工の異星 人というほうが近い。すでに電卓は、算数に関してはこの部屋にいる誰 よりも頭が良い。どうして私たちはそれが脅威に感じないのか? なぜな らば、それは「別のもの」だからである。異なる種類の知能。人間より 優れているが、特にうらやましいとは思わない知能。最も賢い AI を含め て、人間が作る知能は「別のもの」なのだ。意識の種類という可能性の 空間の中でも、私たちの知っている 1 種類(人間)の他に、2 百万種類 の知能がありうる。それぞれが独特で、電卓とイルカほどの違いがある。
第 13 章 2100 年までに精神的ロボットは人類にとってかわるだろう か?
人間の知能の複製品を作る理由は何もない。その従来版を作るほうが容 易だからである。次の世紀に人間が努力するのは、(人工も天然もあわせ て)既存のあらゆる知能を使って、すべの可能な新しい知能を作ること である。このような新しい知能に出会うことが、今すぐ想像できる最も 精神的な出来事であると私は考えている。
だろうか:
技術には独自の計略があると私は思っている。私がいつも自分に問い かけている疑問は、技術が何を望んでいるか、ということである。技術が 人間の子ども、それも十代の子どもであるならば、一般的に十代の子ど もが欲しがるものを知ることが役に立つだろう。私たちが技術と呼んで いるシステムにおける生来の衝動、固有の偏向、内在的な傾向は何か?
技術が欲しがっているものがわかったとき、その欲求すべてに屈服する 必要はない。若者の要望にすべて応える必要はないが、それでもすべて に反対することもできない、というのと同じだ。技術が望むいろいろの ことは起こる『だろうか』? 私は起こると思う。私たちが技術に関して 知っているのは、技術はより小さくなろうとしていること(ムーアの法 則)、より速くなろうとしていること(カーツワイルの法則)、そして私 の推測だが、技術は人間がすることを何でもしたがっているということ である(ケリーの法則)。私たち人間は、他の生き物に、そして、しだい に他の知性にも、多大な価値を見出している。ロボットだって、人間を 重要だと思わないはずがない、と私は思う。ロボットは人間がすること を何でもできるだろうか、あるいは、人間がすることをしたがるだろう か? それは違う。人間は、人間がしたくないことをロボットにさせよう
かげで、人間は初めて「何でもしたいことをする」と言えるようになる のだ。
(初出: http://memo7.sblo.jp/article/33101438.html) (原文: http://kk.org/thetechnium/2006/03/will-spiritual/)