第 3 章 ロバートソンの実物的経済変動論
3.3 マクロ的分析の基礎としての「個別産業の変動」(2)――「需要の現象」
3.3.2 農業要因による購買力の移転
第Ⅴ章から第Ⅶ章において,ロバートソンは,農業が工業に及ぼす影響を,農産物収穫量・ ・ ・ の変化による影響(chap. Ⅴ)と,農産物価格・ ・の変化による影響(chaps. Ⅵ-Ⅶ)に分けて論 じた.
第Ⅴ章で考察されるのは,農産物収穫量の変化にともなう,陸上・海上輸送への物理的影 響である.つまり,収穫量が増えれば,それを運搬するための輸送需要も増大するというこ
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とである.ロバートソンは,「正当性を疑う理由がない」(SIF, 77)として,このような影 響を当然視した.さらに,その影響力は,輸送産業だけにとどまらず,他の「建設財産業」
にまで及ぶ.例えば,豊作によって輸送産業が繁栄すると,鉄道車両や船舶への需要が増大 することで,鉄鋼産業や造船産業といった関係の強い個別産業にも好影響が波及する(農業 から輸送サービス産業への波及,輸送サービス産業から「建設財産業」への波及).このよ うに,ロバートソンはある個別産業から別の個別産業への波及についても認識していた(SIF, 75-76).
続く第Ⅵ章と第Ⅶ章で,ロバートソンは,農産物価格の変化による「産業」への影響を,
「建設財産業」(chap. Ⅵ)と「消費財産業」(chap. Ⅶ)に分けて考察した.これらの章で は,農産物価格の変化に起因する,購買力・ ・ ・の・変化・ ・に焦点があてられる.ただし,ここでいう 購買力の変化とは,個人間の単なる移転にすぎず,経済全体としての購買力(国民所得)の 増減ではない.さらにいうと「農産物生産者crop-producers」(SIF, 104. 以下,農家とする)
から「農産物消費者 crop-consumers」(SIF, 106. 以下,工業家とする)への購買力の移転,
あるいは反対に,工業家から農家への購買力の移転である.つまり,ロバートソンが「需要 の現象」として分析したのは,農家・工業家の購買力が変化することによって生じる需要の 変化なのである.
第Ⅵ章において,ロバートソンは,凶作により農産物価格が上昇・ ・すると「建設財産業」へ の需要は増大・ ・する,と主張した.その理由は次のとおりである.まず,農産物価格の上昇は,
農家の購買力を増大させる61.農家は,購買力の増加分を,土地や生産設備などのローン返済 に充てるだろうが,その資源は,農地の売り手や抵当権者に流れる.このような投資家に資 源が移転すると,「建設財産業」への新たな投資に向けられるはずである.また,農家もす でに債権者となっており,増大した購買力を投資に充てる機会は十分にある.さらに,ロバ ートソンは,ここでも人間の本性としての心理的要因を重視した.すなわち,農業に携わる 人々が,増大した購買力を投資に向けはじめると,「伝染的な確信の精神が流布する」(SIF, 92).こうして,他の人々の必ずしも合理的でない楽観的な投資が促されるのである.
61 ロバートソンはここで,農産物需要を非弾力的と仮定している(SIF, 110).ゆえに,農産物の価格が上がれば,農家の購
買力は増大し,工業家の購買力は減少する.
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他方,豊作により農産物価格が下落・ ・する場合も,工業家の購買力増大を通じて「建設財産 業」への需要を増大・ ・させる.しかし,その影響力は,あくまでも消費財への需要増大を介し た,間接的なものにすぎない(「消費財産業」から「建設財産業」への波及)62.そのため,
「建設財産業」への需要を増大させるという一点においては,間接的・ ・ ・な・効果しかもたない農 産物価格の下落(工業家の購買力増大)よりも,直接的・ ・ ・な・効果をもつ,農産物価格の上昇
(農家の購買力増大)の方が影響力は大きい,とロバートソンは結論づけた(SIF, 89).
第Ⅶ章では,農産物価格が「消費財産業」に及ぼす影響が考察される.ロバートソンは,
農産物価格が下落・ ・すると「消費財産業」への需要が増大・ ・することを,統計データを用いて示 そうとした(SIF,107-109(インド); 110-117(英国); 117-120(米国)).しかし,統計 データを検証した結果,その影響力が他の要因によって打ち消される場合も多々ある.その ため,農産物価格の変化は,「消費財産業」の変動を生じさせる一要因とはなりえるが,必 ずしもそれだけでは説明を完結させることはできない,とロバートソンは結論づけた(SIF, 106-107).ここにおいても,実際の統計データを重視するロバートソンの姿勢が表れている.
以上のように,ロバートソンは,需要側の要因として購買力の変化を挙げた.農産物価格 の変化によって,農家・工業家間で購買力が移転する.購買力が増大した個人は,自分の意 思決定を変化させる.すなわち,購買力の増大により,得ようとする「満足」を増やす.こ のような需要の増大が,「産業」の生産活動に影響を及ぼすのである.影響を受けた「産業」
は,その需要に応えるために供給を増大させる.しかし,そのような供給拡大は,必然的に 過剰投資に陥るのである.
以上の議論を要約すると,第Ⅰ部後半「需要の現象」では,流行・戦争・関税・農産物の 豊凶といった外生的ショックと,農産物価格の変化にともなう購買力の変化とが,「産業」
への需要に影響を及ぼすことが示された.「産業」に対する需要の変化は,「供給の現象」
と相まって,その「産業」への集中的投資を誘発するのである.
62 消費財への需要が高まることによって,その繁栄が「建設財産業」にも波及するという効果は,現代でいうところの加速
度原理である.ここでロバートソンは,加速度原理そのものを否定したのではなく,そのような間接的な効果よりも,農家 の購買力増大による直接的な効果を重視したにすぎない.
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