第 4 章 投資主体としての「実業家」と経済変動
4.1 投資理論としての「資本主義の黄金律」
4.1.1 資本主義経済の利点
72 ここで ‘golden rule’ とは,新約聖書の『マタイによる福音書』における,「人にしてもらいたいと思うことはなんでも,あ
なたがたも人にしなさいwhatsoever ye would that men should do to you, do ye so to them」という教えを指す(Oxford English dictionary, Ⅵ, 656).この教えは,キリスト教の根本的な倫理原則とみなされている.ゆえに,‘golden rule’ は,非常に重要 な法則という意味合いだろう.本稿では,この語を「黄金律」と訳出しているが,ニュアンスとしては「金科玉条」の方が 近いかもしれない.
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ロバートソンは,資本主義経済の利点として,「非組織的性質」(COI, chap. Ⅶ, §1)と
「リスクとコントロールの並存」(COI, chap. Ⅶ, §2)を挙げた.
資本主義経済の第一の利点である「非組織的性質 un-co-ordinated nature」73とは,いわゆ る市場の自動調整メカニズムを指す.つまり,資本主義経済においては,何らかの権力機構 による計画や管理を必要とせずとも,需給は自動的に一致する.ロバートソンは,「各個人 は,自分の人生と所得を,自分の思いのままに自由に費やすことができる」(COI, 86)74と いう理由で,このような市場の調整力を称賛した.つまり,資本主義経済においては,各個 人が自由に経済活動をしても自動的に調和されるため,基本的には,ここに権力機構が介入 する余地はないのである.
資本主義経済の第二の利点は,「リスクとコントロールの並存」である.ロバートソンは,
「リスクの存在するところには,コントロールもまた存在する where the risk lies, there the
control lies also」(COI, 89)と表現した.つまり,資本主義経済においては,リスクを負う
者が事業をコントロールする(投資決定を下す)権利を担っている.これらの原則が滞りな く機能すれば,適切かつスムーズに投資決定が下されるのである.
4.1.2 「実業家」による投資決定の原理
では,以上のような特徴をもつ資本主義経済を舞台として,個々の「実業家」はどのよう に投資決定を下すのか.ロバートソンは,次のように説明する.
「近代のビジネス・リーダーを動かすおもな動機は利潤・ ・の・期待・ ・だと往々にして言われている が,……われわれは,利潤の期待とともに,その表側にある損失・ ・の・恐怖・ ・と結びつけて考えね ばならない」(COI, 89,強調は引用者).
73 ‘co-ordinate’ は「調整・調和する」という意味だが,「非調和的性質」と訳すと,調和できないという否定的な語感になる
ため,本稿では,計画的に調整する必要がない,という意味で「非組織的」と訳出している.
74 「自分の人生と所得を思い通りに費やす自由」は,ロバートソンにとって非常に重要なことであった.ロバートソンはウ
ェッブ夫妻が提案する社会主義的な新組織に対して,「個人は,どれくらい自分の人生と所得を自由に使うことができるの だろうか」(Robertson, 1921a, 63)と疑義を呈している.
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つまり,ロバートソンは,資本主義経済において,「利潤の期待hope of profit」と「損失の恐
怖fear of loss」が表裏一体になっていると考えた.これが,ロバートソンのみた資本主義経済
における投資決定の特徴である.
この言説を「努力」概念から解釈すると次のようになる.利潤は将来・ ・時点・ ・において得られ るため,「利潤の期待」とは,得られると期待される「将来の満足」と同義である.ゆえに,
SIFにおける「努力」の分類に従えば「待忍」の範疇に入る(cf. 本稿3.6.2の第6図).「将 来の満足」は,「即時の満足」(消費)を犠牲にすることで得られるのであった.しかし,
COI では,そのような消費の犠牲のみならず,期待した利潤が得られないかもしれないとい う「損失の恐怖」,すなわち,投資にともなう「リスク負担 risk bearing」(COI, 105)も
「努力」に含まれるのである.つまり,投資という経済活動の本質は,「即時の満足」を犠 牲にし(借りることもできるため,必須ではない),「リスク負担」をすることによって,
「将来の満足」を獲得しようとすることにある.
さらに,資本主義経済では,経済活動の分化・専門化が進行するが,「リスク負担」もそ の例にもれない.つまり,1 人の「実業家」が一手にリスクを背負うわけではなく,リスクの 種類によって分業が行われる.例えば,販売に関するリスクは「商人 merchant」が担い
(COI, chap.Ⅳ),資本準備に関するリスクは「金融業者 financial houses」が担う(COI,
chap.Ⅴ).そうすると,「リスク負担」の分散・移譲の可能性が生まれる.ただし,何らか のリスクを他者に移譲する場合,必ず,事業をコントロールする(投資決定を下す)権利も また部分的に彼らへ譲渡され,その「リスク負担」に応じた利潤も彼らに分配されることに なる75.
ゆえに,「実業家」は,「リスク負担」の責任からまったく逃れて利潤を獲得することは できない.というのは,すべての「リスク負担」を他者に転嫁することは,投資決定の権利
75 この例外の 1つとして株式制度がある.株主は資本(リスク)の一部を負担するが,経営管理(コントロール)にそれほ
ど介入しようとしない.しかし,株主は事業主の方針が上手くいくと強く信じているがゆえに,積極的にはコントロールに 介入しないのである(COI, 90-91).
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を放棄することに他ならず,事業主の交代を意味するからである.より多くの「リスク負担」
を担う者こそ,その事業におけるリーダーシップをとることが許されるのである.
このように,「リスクとコントロールの並存」を原則として,「リスク負担」を背負う者 が,「利潤の期待」と「損失の恐怖」のバランスをとることで,適切かつスムーズに投資決 定を下す.このような原則をロバートソンは「資本主義の黄金律」と呼ぶほどに重視した76. 次項において,この原則から導かれる2つの命題を「努力」概念の観点から解釈し,ロバート ソンの投資理論を再構成する.