第 3 章 ロバートソンの実物的経済変動論
3.2 マクロ的分析の基礎としての「個別産業の変動」( 1 ) ―― 「供給の現象」
3.2.2 生産費説か心理説か
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めたのを知ると,「まったく合理的でない楽観的感情を喚起し」(SIF, 39),その事業をは じめてしまう.つまり,更新時期が来ていない者まで投資を拡大することによって,当該産 業に投資が殺到するのである.このように,ロバートソンは,過剰投資の発生を説明する上 で,「実業家の心理」という心理的要因も重視した.
以上のように,ロバートソンは,過剰投資を引き起こし悪化させるメカニズムを,近代産 業の特徴と,そこで投資活動をする人間の本性から明らかにした.過剰投資とは,過大な
「努力」,すなわち,得られる「満足」に見合わないほどの「努力」を指す.つまり,ロバ ートソンにとって,個別産業の不振とは,近代産業の特徴が個人の意思決定を誤らせること で,実行された「努力」が,期待どおりの「満足」に結実せず,徒労に終わってしまうこと を意味するのである.
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意思決定を刺激し,それをきっかけとして過剰投資が生じる,という視点はロバートソンの 経済変動論における一特徴である.
「供給の現象」に関する議論を要約すると,生産者がより大きな「満足」を得られると判 断して「努力」量を増大させるとき,「懐妊期間」や「投資の手軽さ」などの近代産業の特 徴によって,その増大が,最適な水準(「純満足」を極大化する水準)を超過する.さらに,
「実業家の心理」は,周りの状況変化に影響を受けやすい.ひとたび「確信」が広まれば,
生産費の高騰にもかかわらず,投資は容易に拡大する.このような集中的投資が,個別産業 を繁栄させるのだが,その後に待ち受けているのは深刻な不振である.
以上のように,ロバートソンは「供給の現象」の諸章において,近代産業における投資・
生産の特徴と,それが個人の意思決定に及ぼす影響とを考察した.そして,「個別産業の変 動」を,近代産業の特徴と投資に関する人間の本性とに根差した,必然的な現象と位置づけ たのである.
3.2.3 「努力」概念におけるロバートソンの革新的側面
以上でみてきたように,ロバートソンは「個別産業の変動」の原因として,過剰投資を重 視した.過剰投資とは,投下した「努力」が期待どおりの「満足」に結実しないことを意味 する.ただし,個人は,少なくとも,「努力」を投下する時点においては,最適な「努力」
量だと信じていたはずである.つまり,期待していた「満足」と,実際に得られた「満足」
が一致していないのである.ゆえに,「個別産業の変動」は,期待と実際の不一致57によって 生じる,ということができるだろう.
そのため,ロバートソンはSIFにおいて,「努力」概念を,「満足」の得られる時点・ ・によっ て二分した.すなわち,「即時の満足 immediate satisfaction」を求める「努力」と,「将来
57 ロバートソンは,期待の「満足」と実際の「満足」がつねに一致するわけではないことを認識していた.「その産業で使
われた設備の物的生産性が,期待・ ・して・ ・いた・ ・より・ ・も低いという理由,あるいは,もっとありそうなのは,交換比率〔価格〕が 期待・ ・して・ ・いた・ ・より・ ・も,その産業に不利なかたちで大きく動いたという理由で,ある一産業で投資家の幻滅が生ずるだろう」
(SIF, 6, 〔 〕内および強調は引用者).「現実に得るところの満足が,得ようと期待する満足に等しいという仮定は,
……つねに真であるとはかぎらない」(Robertson 1958,89,訳105).
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の満足future satisfaction」を求める「努力」である(SIF, 200)58.「即時の満足」は,消費
財の購入によって得られ,「将来の満足」は建設財(資本財)の購入によって得られる.た だし,消費財は,購入と同時的に「満足」が得られるので,期待と実際の不一致が生じにく い.それに対して,建設財は,効用(「将来の満足」)を生むまでにしばらく時間を要する ため,必ず予測をともなう.また,「将来の満足」を獲得するためには,「即時の満足」
(すなわち,現在の消費)を犠牲にしなければならない.そのため,「将来の満足」を得る ための「努力」は,「待忍waiting」と呼ばれる(SIF, 251).
そして,ロバートソンは,ここに経済変動の原因を見出した.つまり,「将来の満足」を 求める「努力」,すなわち,「待忍」においては,期待された「満足」と実際に得られる
「満足」の間で大きな乖離が生じやすい ,と.
「建設財の生産性自体が変化しやすく,それについての予測もせいぜい当てずっぽうである から,建設財の限界効用でなされる見積もりに大きな変化の余地があきらかに存在する.近 代産業の変動のもっとも重要な側面の鍵となるのはこれらの変化だ,というのが筆者の確信 するところである」(SIF, 157).
このように,ロバートソンは,建設財(資本財)の生産活動においては,期待された「満足」
と実際に得られる「満足」とが一致しないことに注目し,その事実が経済変動を解明する鍵 になると考えた.つまり,近代産業においては,期待された「満足」が実現しないことによ って,必然的に「努力」と「満足」のバランスが崩れる(「純満足」が極大化されない).
これをマーシャルの用語でいえば,「待忍」においては,「欲求と努力の均衡」が達成され にくいということである59.ロバートソンはここに経済変動論の端緒を見出したのである.
58 ロバートソンは,「将来の満足」を「即時の満足」と比較するために,「(割り引いた)満足 (discounted) satisfaction」
(SIF, 201)という概念を用いている.
59 マーシャルも,「待忍」については期待と実際が一致しない恐れがあると述べている.「満足 gratificationsを将来にのば
すと,当然それがはたして実際に享受できるかどうかについて,多少とも不確実だという考慮が加えられなくてはならない」
(Marshall [1890] 1961, 231,訳Ⅱ,203).しかし,マーシャルはその考慮を経済変動論に発展させなかった.
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では,ロバートソンはこのような期待と実際の不一致をどのように説明したのか.以下で,
本節でみたロバートソンの過剰投資論を要約し,そこに隠された「努力」概念の革新的側面 を見出す.
彼の過剰投資論は,「努力」概念から捉えると次のようになる.すなわち,現状よりも大 きい「将来の満足」を得られると期待・ ・して,「即時の満足」を犠牲にした(「努力」をした)
にもかかわらず,「懐妊期間」など近代産業の特徴が原因で,実際・ ・に得られた「満足」は期・ 待・よりも小さいものであった.しかも,拡張されすぎた生産設備は無駄となり,実行してき た「努力」は水泡に帰すのである.
このように,ロバートソンは,近代産業の特徴と投資に関する人間の本性とによって生じ る期待と実際の不一致が,個別産業の繁栄と不振の原因になると考えた.こうして,「努力」
概念が,価値論から経済変動論へと応用されるに至ったのである.
さらに,この議論(とくに「懐妊期間」の議論)にはもう1つ注目すべき点がある.それは,
エッジワースが評価したように,その議論が,マーシャルの「短期 short period」と「長期
long period」の両概念を結ぶ理論だということである.マーシャルによれば,生産者は,「短
期」では既存の工場で生産し,「長期」では新たに工場を建設して生産する(Marshall [1890] 1961, 378-379, 訳Ⅲ, 73-74).そして,ロバートソンのいう「懐妊期間」とは,生産者 が生産設備を増設し,生産拡大を実現するまでにかかる時間であった.ゆえに,「懐妊期間」
理論は,「準地代」が発生する「短期」から,生産拡張が完了する「長期」に至るまでの期 間に何が生じるかを説明している.つまり,スミスやリカード以来長らく放置され,マーシ ャルによって初めて導入されるに至った「期間」という要素を,ロバートソンも同様に重視 した.ここにもマーシャルからの伝統を見出すことができる.しかし,それだけでなく,ロ バートソンは,「期間」という要素が発生させる期待と実際の不一致を経済変動の原因とみ なした.すなわち,彼は価値論におけるマーシャルの伝統を継承し,その伝統を経済変動論 に応用しようとしたのである.ここに,ロバートソンの革新的側面が見出されるだろう.