第 3 章 ロバートソンの実物的経済変動論
3.5 マクロ的分析としての「産業全般の変動」
3.6.2 後期著作への展望
以上のように,SIFで考察された実物要因ないし「努力」概念は,経済変動の本質的な原因 を捉えるという意味で,ロバートソンの実物的経済変動論のコアである.そして,SIF以降の 諸著作で展開される理論は,「努力」というコアを応用して,より複雑な現象を捉える試み であった.その証拠に,SIF以降の主要概念は「努力」概念から派生している.
「生産者協同組合」の仮定を除去すると,労働者と「実業家 business man」が区別される ため,労資対立が問題となる.さらに,「実業家」と「銀行家 banker」の関係,すなわち,
資金の融通も問題となる.このように,経済主体の区別にともない,これまでは考慮されな かった複雑な問題が新たに浮上する.
労資対立の問題と,それにともなう経済変動への影響については,『産業のコントロール』
(1923)で論究される.ロバートソンは,「実業家」と労働者の間で生じる意思決定の不一 致が,経済変動をより深刻化させると主張した.彼は,それを「資本主義の黄金律」(cf. 本
稿 4.1.3)から理論的に説明した.この説明において,ロバートソンは,「実業家」の意思決
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定,すなわち,投資に関する意思決定に焦点をあてている.そして,彼は,投資という経済 活動の本質を「リスク負担」に求めた.「リスク負担」は,利潤追求にともなう精神的苦痛
(「真実費用」)という意味で「努力」に包含される概念である(詳しくは本稿第4章にて扱 う).
「実業家」と「銀行家」の関係については,『貨幣』(1922)と『銀行政策と価格水準』
(1926)で考察される.「生産者協同組合」を仮定する SIF においては,貯蓄する個人と,
投資する個人の意思決定が対立せずに調和する.そのため,蓄積された財貨は,過不足なく 投資に向けられると想定されていた.しかし,現実の経済では,財貨の在庫量を超過する投 資が生じており,過剰投資をより深刻化させている.ここに貯蓄と投資の不一致という問題 が生じる.ロバートソンにとって,貨幣要因の考察が必要となったのは,この段階において である.というのは,財貨の在庫量をこえる投資は,貨幣の追加的発行によってのみ・ ・可能だ からである.実物経済においては,財貨が存在しなければ,それ以上,次なる投資をするこ とはできない.貨幣が存在することによって,実物の財貨が存在しなくとも,投資を拡大す ることができるのである.こうして,貯蓄から投資への融通という問題が新たに浮上する.
貯蓄から投資への融通については,『銀行政策と価格水準』の「ラッキング」分析によっ て明らかにされる(cf.本稿 5.2).「ラッキング」(消費欠落)とは,貯蓄という経済活動を 実物側面からみた概念である.個人は,得られた所得のうち,一部を消費にあて,残りを将 来のために貯蓄する.貯蓄は,「現在の満足」を犠牲にするという「努力」(「待忍」)を ともない,そのような心身的苦痛をロバートソンは「ラッキング」と呼んだ.ゆえに,「ラ ッキング」も「努力」の範疇に入り,個人の意思決定にもとづいた経済活動である.しかし,
物価変動による「強制貯蓄」によって,個人の意思決定に反した・ ・ ・「ラッキング」も生じる.
ロバートソンは,貯蓄を超過する投資は,強制的な「ラッキング」ゆえに可能であり,その ため,そのような融資が適当なのか否かについて,慎重に検討しなければならないと主張し た(詳しくは第5章にて扱う).
このように,貯蓄と投資の問題やそれにともなう融通の問題は,「生産者協同組合」の仮 定の除去,あるいは貨幣の導入によって生じる.換言すれば,これらの問題は,SIFにおける 仮定を,部分的に除去することによって新たに浮上するのである.この過程で,SIFの実物的
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経済変動論が,より複雑な分析に応用されていく.しかし,これらの複雑化した経済変動論 においても,「リスク負担」や「ラッキング」の議論から明らかなように,「実物」として の「努力」概念が,コアとして維持され続けているのである(第6図).
第6図 「努力」概念の理論的展開
「努力」
消費:「即時の満足」を得る
待忍:「即時の満足」を犠牲にして「将来の満足」を得る
投資:「即時の満足」の犠牲 + 「リスク負担」(『産業のコントロール』) 貯蓄:「即時の満足」の犠牲 = 「ラッキング」(『銀行政策と価格水準』)
『産業変動の研究』
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