2号池
十 +
+
VWE上面
1 60.30m
3号池埋土土層註記
鰹± 7:5GY4/Ⅲ 6/1 暗籍啄色・線医色 粘土箕シル ト 砂・ 炭托物含む
■ ■ m.30m
よ号池塩土土層註記
…
色星普署
1翻
に ゝ黄褐色 シルト質粘上 灰黄色粘土・腐繰奮む 窪土修層110マR4/2 灰黄褐色 結■質シルト炭化物含む
埋±3唐 5 YR4/3赤褐色 砂
腐礫̀炭花物含む
埋± 1むYR3/3・2 5GV4/1i SY5/2 暗褐色・暗オリーブ灰色・魔オリーブ色 粘上質シル ト 炭イヒ物 ,肇含む
o 2m
図
9 1期
13・ 19列検出遺構 ― Fig,9 Fёatures of phase l at NM5基礎10・ ■区
23〜24
②
北区20〜 23列
ここも建物基礎 の杭 によって破壊 され る部分だけの調査である。基礎
1〜 7区
を調査 してい るが、基礎1区
と5区
、2区
と6区
、3区
と7区
は、 それぞれ南北 につなげて調査 を行 っている。③層をはさんで、地山上面の遺構と⑥層上面の遺構の、2時期に細分されたため、それぞ
れをIa期
・Ib期
に対応 させた。A.la期
(地山上面)地山を直接掘 り込 んで造 られた遺構である。構築 にあたって、整地・ 盛土 な どは確認 されて いない。
【
9号
池】(図10・ 12、 図版4)基礎1・
5区
、基礎2・6区
、基礎4区
で検 出された池跡である。撹乱や調査 しなかった部 分 によって分断 され、全体 の形状 を推定す ることは難 しいが、I期
の他の小規模 な池跡 と比べ る と深いため、一連 につなが る大 きな池跡 になるもの と考 えられ る。位置関係 と深 さか ら、 」〜
M‑18区
で検出 された池跡 につなが るもの と考 えられ る。米軍共同溝 による撹乱 をはさんで 隣接す る、南 区のKoL‑22・
23区で検 出された10号池の岸の形状か ら、 この9号
池 と10号池 が、一連 の池でつなが る可能性 もある。底面 には複雑 な凹凸が見 られ るが、深 さは基礎1・ 5 区で1.lm、 基礎2・6区
で は70cm程である。③層 によって埋 め られている。【13号溝】(図10、 図版 4)
G・
H‑21区
で検 出 された もので、溝 としたが、 その形態 と構造か ら、9号
池な どとともに 庭園 を形成す る池の可能性がある。 その場合、 この13号溝 に伴 う18号溝 は、池 に取 り付 く溝 と 考 えられ る。方向はN‑21°一Eで
ある。北側が12号清 によって切 られているが、断面図を見 る と12号溝の底面 よ り深 いため、その下 に残存 しているはずであるが、 この部分 は一部 しか調査 しなかったのか、記録がな く判 らない。堆積土断面での観察で は、一度造 り直 されている可能 性があるが、明確 には とらえられていない。幅2〜
3m、 深 さはもっ とも深い部分で1.5m程
で、内部 は一面 に河原石が敷 き詰 め られている。遺物 は少な く、陶磁器では、唐津産 の大鉢1点(図
54‑256)と土師質土器 の皿1点が出土 しているだけである。瓦が若干出上 しているほか、寛永 通宝が出土 している。
【18号溝】(図10)
G‑21区
で検 出された小規模 な溝で、南側 は撹乱 によって壊 され、北側 は13号清 に取 り付い てお り、長 さ2.4m分
を検 出 した。方向はW‑21°
一Nで
、13号溝 に直交 している。上幅70〜90cm、下幅50cm、 深 さ30甑。遺物 は出土 していない。
【19号溝】(図10・ 12、 図版4)
基礎
6区
の9号
池の底面で確認 された溝で、9号
池の深い部分で分断 されているが、方向から一連の溝跡 と考 えられ る。
9号
池の底面 に設 けられ、その深い部分 をつな ぐ形で造 られた も のであろう。基礎6区
よ り東側 にさらに続 くもの と考 えられ、9号
池か らの排水の役割 をもっ ていた ことが想定 され るが、12号溝 によって壊 されているのか、 この部分 の記録がな く不明で ある。上幅40〜50cm、 下幅20cm、 深 さ20cmで、わずかに埋上が堆積 した後、9号
池 とともに③ 層 によって埋 め られている。埋土か らは遺物 はほ とん ど出上 していない。9号
池 と19号溝 を埋 めている③層か らは、土師質土器の皿が若干出土 している他 には、陶磁 器 はごくわずか しか出上 してお らず、本製品 もあまり多 くない。 それに対 して、瓦 は大量 に出 土 している。B.Ib期
(③層上面
)Ia期
の9号
池が③層によってある程度埋められた後の遺構である。 また、12号濤について は、調査時に充分確認できず、このIb期
の図面にあわせて記録されていたため、図11に掲載 したが、Ha期
に属する可含Z隆が高いため、遺構の記述は、Ha期
の ところで行 う。【
4号
池】(図11・ 12、 図版 7)基礎1・
5区
、基礎2・6区
、基礎4区
で検出された池跡で、Ia期
の9号
池が③層によっ てある程度埋められ浅 くなった ものを、部分的に直して作 られている。基礎1・5区
と基礎2・4区
では、池の輪郭は9号
池 とほとんど変わ らない。基礎4区
では、南倶1から埋められたため、南岸が この区の中程にくる。
Ia期
と同様に、18列から一連につながる池跡であると推定され る。南区の池跡は、Ib期
になって位置が南にずれるため、つながっていない可能性が高い。深さは基礎1・
5区
で90cm、 基礎2・6区
で60餌で、⑦層によって埋められている。【14号溝】(図11・ 12、 図版 4)
基礎
6区
の4号
池の底面で検出された濤で、Ia期
の19号溝 と同様 に、基礎6区
よりさらに 東側に続 き、4号
池の排水の役割をもっていた と推定されるが、これ も12号溝によって壊 され ているのか、この部分の記録がなく不明である。上幅40〜50cm、 下幅20cm、 深さ25cmであるが、西側では最大幅1.5mと 広 くなっている。わずかに埋土が堆積 した後、
4号
池 とともに⑦層によ って埋められている。4号
池 と14号溝を埋めている⑦層からは、土師質土器の皿が若干出上 している他は、陶磁器 はごくわずかで、本製品もあまり多 くない。それに対 して、瓦は大量に出上 してお り、③層に おける遺物の出土傾向と同じである。この20〜 22列の⑦層 と③層か ら出上 した遺物の内容に対 して、18。 19列のⅥI層・VI層では、土師質土器の皿が圧倒的多数を占め、木製品も多いという ように、対照的である。 このことから、捨てられる物の種類によって、捨て場所がある程度決 められていた と考えられる。なお、この大量に廃棄物を含む北区VII層 。Ⅵ層・⑦層に対応する と考えられるのが、南区東部の3b層
上面に捨てられていた廃棄物層である。基礎5区
基礎6区
基礎7区
基礎4区
基礎1区 基礎3区
基礎2区 +
十 十
0 5m
十 十
+
13号溝
→ ぎ
60.50m2
0 2m
…
+ 十
図
10 1a期
20〜 22列 検 出遺構 Fig.10 Features of phase l a at NM513号溝埋土土層註記
埋±1層 7 5YR6/2 灰褐色 シル ト 炭化物・ 小礫含む 埋±2層 7 5YR7/1 明褐灰色 粘土質 シル ト 炭化物・ オヽ礫含む 埋±3層 10YR7 5/4 黄褐色 砂質 シル ト 礫合 む
埋上4層 7 5YR7/1 明褐灰色 粘土質 シル ト 埋±5層 5Y8/2 灰自色 砂質 シル ト 砂・礫含む 埋上6層 10YR8/35 浅黄橙色 粘土質 シル ト 埋±7層 10BG7/1 明青灰色 粘上質 ンル ト 埋±8層 5 BG7/1 明青灰色 粘土質 ンル ト 埋±9層 10GY7/1 明緑灰色 シル ト 砂・ 礫含 む 埋上10層 7 5GY7 5/1 明緑灰色 シル ト 砂・ 礫含む 埋±11層 5 BG7/1 明青灰色 粘土質 シル ト 埋上12層 7 5YR7/35 にぶい橙色 シル ト 埋±13層 7 5GY8/1 明緑灰色 粘土質 シル ト 小礫含む
18号溝埋土土層註記
埋±1層 10YR3/3 暗褐色 シル ト 小礫・ 腐礫・ 炭化物含む
埋±2層 5Y6/3 オ リープ責色 粘土質 シル ト 小礫・ 砂 。明黄色粘上質 シル トブロック含む
27ハV28
基礎 5区
基礎6区
基礎7区
基礎1区 4号建物跡 基礎3区
基礎2区
5m +
十
4号建物跡 柱
1 4号
建物跡 柱4覧 <丞 ∋デ ′
耐 鰐球 }ミ 餞工ぜ ′ 盈 駕 1
4号建物跡柱1埋土土層註記
埋± 10YR5/8 黄褐色 ンル ト 粘土・ 砂含む 地山起源 12号溝埋土土層註記 4号 建物跡柱4埋土土層註記
1 埋±1層 7 5YR3/3 暗褐色 ンル ト 炭化物 黄橙色 ンル トプロック含む 埋± 10YR5/8 黄褐色 砂質 シル ト 地山起源
2 埋±2層 10YR6/3 1こぶい黄橙色 粘土資 シル ト オヽ礫・ 腐礫・ 粗砂含 む
段 差