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ドキュメント内 東北大学埋蔵文化財調査年報6 (ページ 51-55)

27

7号建物跡 柱1

を 地ノ

:′

樹 式 ニ

7号 建物跡柱 1埋土土層註記

埋± 10YR5/4 にぶい黄掲色 粘土質シルト 底部に層状に砂含む pit395

乳 プ 転 劇 m

    ‑61.00m

Pit395埋土土層註記

埋± 10YR5/4 にぶい黄褐色 粘土質 シル ト・ シル ト 小岩片含 む

M H G

0      5m

1

ユ 鮮

号溝埋土上層註記敷石抜取痕埋± 1層 10YR5/6・ 5/3 黄縄色・ にない黄htl シル ト 礫・ 砂含む 敷石抜取痕埋±2層 10YR3/4 暗褐色 シル ト 砂含む

敷石抜取痕埋上3層 25Y5/3 黄褐色 ンル ト 埋±1層 10YR7/6 明黄褐色  小礫含 む

埋±2層  10YR7/6・ 6/6 明黄褐色 砂・ シル ト互層 シル ト層に炭化物含 む 敷石抜取痕埋± 1層 10YR3/4 暗褐色 ンル ト 礫 。白色礫・ 砂含む 敷石抜取痕埋±2層 10YR5/4 にぶい黄褐色 砂質 シル ト 28号溝 埋 土 上 層 註 記

埋 ±1層 10YR2/3 黒 褐 色 シル ト 小 礫・ 腐 礫 含 む 埋 ±2層 10YR4/4 褐 色 シル ト イヽ礫 含 む

埋 ±3層 10YR5/6 黄 褐 色 粘 土 質 ンル ト 小 礫・ 腐 礫 含 む

‑60.601n

0     1m

16 

南 区

Ia期

検 出遺欄3) Fig。16 Features of phase l a at NW15(3)

7号建物跡

    

柱5

m

41‑42

B.ib期

基本的な土地不U用は、

 Ia期

を踏襲す る。西部 の池 は、やや南西 にずれる。池の東岸 には石 浜 を築 き、井戸 を配置する。中央部では、

 Ia期

に存在 した西側の池の一部 を埋 め立て、南北 に長い礎石立ちの建物が造 られ る。 この建物の南側 は塀 によって区画 されている。塀跡の南側 では、東西方向の石列遺構が検出されているのみで、 この部分の利用状況 はよく判 らない。東 部 と中央部の間には引続 き段差が存在 してお り、 この段差 に沿った形で塀が存在 していた と考 えられ る。東部 には

Ia期

と同様、ほぼ同 じ位置で南北 に長い建物が存在 している。

なお、南区中央部 の南東隅で南北方向の平行する小溝が

4条

検 出された

(1〜 4号

小濤)。 こ れ らの小溝 は調査時の所見か ら本期 に含めたが、位置的にも、方向の点で もⅡ

b期

の畝状遺構 の一部 と理解 したほうが よい と考 えられる。

4号

建物跡】(図11・ 18、 図版 8)

南区中央部 と北区の南端で、礎石 を据 えた痕跡が

8箇

所検出された。いずれ も3層を掘 り込 んでお り、直径

1.2m程

度の掘 り方の内部 には根固め石が残 されていた。並びか ら、梁間

2間

以 上、桁行5間以上 の南北棟であった と推定 され る。建物の方向は、N‑24°

Wで

ある。本建 物 は、桁間約273cm、 梁間約200cmで あ り、梁行 と桁行で柱間を変 えている。北側 は、

4号

池の 位置か らみて、柱1と柱4を結ぶ柱筋が本建物 の北辺 と考 えられる。 また、

5号

池の位置か ら みて、柱 3と 柱7を結ぶ柱筋 に建物 の西辺が くる可能性が高い。

5号

建物跡】(図 15)

南区東部で検出された掘立柱建物跡である。21号溝、22号溝 と切 り合 っているが、新 旧関係 は捉 えられていない。柱穴 は、径0.6〜

0,8m程

度の不整円形である。本建物 を覆 っている

3a

層の上面 は畑 として利用 されてお り、畑の耕作が深 く及んだ結果、多 くの柱穴が失われて しま っている。本建物 は、

 Ia期

6号

建物の位置 をほぼ踏襲 してお り、桁行

9間

以上、梁間2間 以上の南北棟であった と考 えられ る。柱間は、約200cm、 方向は、N‑25° 一

Wで

ある。

16号柱列】(図18)

南区の中央部南端 にあ り、米軍 の共同清 によ り大 きく破壊 されている。東西方向の礎石柱列 で、

4間

分が残 されていた。礎石 には人頭大の河原石が選ばれ、径

0.5m程

度 の不整 円形の掘 り 方の中に据 えている。柱間は、約94cmと狭 い。方向はN‑25° 一

Wで

ある。本柱列 は柱間が狭

く、礎石 も小 さい ことか ら、建物 とい うよ りは塀のような施設であった可能性が高い。

17号柱列】(図17、 図版 8)

南区中央部の南東隅で検出された。南北方向の布掘のなかに柱穴が

6基

並ぶ。南 は調査区南 壁 にかかってお り、北 は米軍 の共同溝で破壊 されているため、両端 とも確認できていない。溝 は上幅約0.5m、 底幅約0.4m、 深 さ約

1.Omで

あ り、埋上の最下層 を埋 め戻 した後、柱 を据 えて

いる。方向は、N‑25° 一

Wで

ある。中央部 と東部の境 にある段差 に沿 って造 られてお り、区 画のための塀状 の施設 と考 えられ る。

21号溝跡】(図17)

南区東部で検 出された、N‑25° 一

W方

向の素掘 りの溝である。

5号

建物跡 と切 り合 ってい るが、新旧関係 は捉 えられていない。溝 は、上幅約0.7m、 底幅約

0.3mを

測 る。

本溝 を切 っているピッ ト354の埋土か らは、環状石製品 (図

107‑S3)、

寛永通費 (図

104‑

30)、 雁首 (図

105‑73)が

出土 している。

22号清跡】(図17、 図版 8)

南区東部で検 出された、21号濤 に平行す る東西溝である。

5号

建物跡 と切 り合 っているが、

新旧関係 は捉 えられていない。東側 には一部、溝 の側面 に沿 って石組が残 ってお り、本来、石 組溝であった可能性がある。西側では、

 Ia期

の20号溝が埋 まりきらず に窪み として残 ってお

り、本清 は、その窪みにつなが る。清 は、上幅約0,7m、 底幅約

0.3mを

測 る。

5号

池】(図18、 図版 8)

南区中央部 において、

4号

建物跡の南西で検 出された精円状の窪地である。西側 は高圧管の 埋設な どで破壊 されている。窪地 は、長軸1.7m、 端軸1.2m、 深 さ50帥以上 を測 る。底面 には 人頭大以下の石が敷かれ、石の隙間には

3a‑1層

起源の上が入 る。

6号

池】(図18・ 19、 図版 9)

南区の南西部 の広 い範囲に及ぶ。池 は、所々 に深い部分 を造 り、その間を水路状の溝でつな ぐ形態 をとる。池の南東部 には半島状 に張 り出 した岸 を有 し、 この部分 を中心に大量の石が敷 かれている。半島部分 には

2号

井戸が設 けられている。

池の底面か ら内外面 に朱で鳥文 を描 いた黒地漆碗(図

102‑68)が

、埋土か らは火打金(図106

‑89)が

、それぞれ出土 している。

2号

井戸】(図19、 図版 9)

南区南西部の

6号

池 に面す る岸 に位置 している。井戸の周辺 には石が敷かれている。井戸 は 径約

1.3mで

、深 さは

2.2mを

超す。調査時には、井戸の底面 を確認で きていない。

【1号石列遺構】(図19)

南区中央部の南端 に近い地点 に位置す る。北側 を破壊 されてお り、南北 に幅0.5m、 東西 に長 さ約

4.5mに

わたって、溝状 の掘 り方の中に人頭大の河原石 を

3段

積んでい る。

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醤 ま

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と う 庁 メ よ 佑

0,80m

60.20rn

Pit367埋土土層註記

埋± 10YR3/3 暗褐色 シル ト 砂・ 小礫・ 炭化物含む Pit366埋土土層註記

埋± 10YR3/3 暗褐色 ンル ト 粗砂・ 小礫・炭化物含 む

 Pit364 FBを0,70m 二

‑60.50m

P■364埋土土層註記

埋± 10YR3/4 暗褐色 シル ト 砂・ 小岩片・炭化物含む Pit363

岳υ

Fる

080m

   ‑60.60m

P■363埋上土層Il記

埋± 10YR3/4 暗褐色 シル ト 小岩片・ 炭化物含む

5号建物跡

 

1

乳  Pそ

0.30m

    ‑ 60.10rn

5号建 物 跡 柱1埋上 土 層註 記

埋± 75Y3/2 オ リーブ黒色 粘上質 シル ト 礫・ 炭化物含む

里 ̲.E純

:那

5号建物跡柱3埋土土層註記

埋± 25Y3/1 黒褐色 ンル ト質粘土 小礫・ 炭化物合む

5号建物跡

 

4B

ドキュメント内 東北大学埋蔵文化財調査年報6 (ページ 51-55)

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