第4章 課題遂行過程における管理プロセス(1)
4.1. 科目Aの講義と課題の概要
4.1.2. 講義の内容
科目Aは日本語教育における文型・文法の教育をその主題としているが、教員Aが講義 の目的としたのは、個々の文型・文法事項の知識の教授や、具体的な教授法ではなく、文 型・文法を教授するときに、教員が常に留意しなければならない基本的な考え方である。
全 14 回の講義を貫いて、教員Aが受講生に伝えたかった考え方を、科目Aの「中心概念」
と呼ぶこととする。筆者は、講義の参与観察から、科目Aの中心概念には「中心概念A」
と「中心概念B」の二つがあると判断した。なお、以下のデータ中では、これらの中心概 念を表す用語は、それぞれ【中心概念A】、【中心概念B】と置き換えて、記述する。次に、
前期と後期の講義の内容と流れを、それぞれ示す。
<前期>
前期の第2回講義において、「中心概念A」が詳しく説明された。教員Aは板書を用い、
文型・文法を教育するときに、「誰が」、「誰に向かって」、「何のために」その文型、文法を 用いているのかを考えることが必須であると述べる。そして、配布した教材の練習問題の 会話文について、誰が、誰に向かって、何のために発せられているのかを受講生に考えさ せ、上記のことが不明である、あるいは、その会話をする状況が考えにくいものを「文脈 不備」、「文脈不全」であるとして、問題を提起した。そして、「みなさん、これで【中心概 念A】がわかりましたね」と確認をしている。第3回講義では、教員Aは日本語教材の会 話文を配布し、その会話文の不適切さの原因は、その課の導入文型となっているものを会 話文に無理に組み込もうとしたため、「中心概念A」の観点から検討がされていないことに あるとしている。そして、この概念に関する教員Aの論文を紹介した。
第4回講義では、早退の許可を求める内容のシナリオプレイのビデオ教材を見せ、その スクリプトを配布し、不適切さの検討を行った。具体的には、受講生にこのような状況で どのような会話をするのかを考えさせ、何が不適切であるかを検討した。不適切さの一つ の観点となったのが、談話としての不適切さである。例えば、早退の許可を求めるために 社員が上司に話しかけるという状況で、「失礼します」と言った後に、唐突に用件を話し始 めるのだが、その前に、「今、ちょっとよろしいでしょうか」といった確認がないことや、
用件を言う前の状況説明がない、相手の反応を待たずに、一気に用件を述べるといったこ とが不適切であるとされた。このような不適切さを説明するのに、教員Aは「中心概念B」
という概念を用いた。つまり、このような語学教材の会話は、実際にどのように言うのか、
どのように会話が進んでいくのかといった観点からの検討がなされていないという問題が あるとした。このように、会話文の検討時に「中心概念B」が取り入れられていたが、特 にこの概念が「中心概念A」ほど、強調されることはなかった。
第5回講義では、ある教員が練習のために授業で用いた、練習問題のプリントを配布し た。そして、練習問題中の質問文の不適切さを指摘し、このような不適切な質問は、目的 となっている文型を練習問題に無理に入れ込んだために生じたものだと批判した。そして、
文型を教えるときに、常に「いつこの文型を使うのか」を考える必要があり、それを怠る と不適切な会話文を作ってしまったり、学習者に言わせてしまったりする可能性があると 説いた。この講義も、「中心概念A」の観点の必要性を説くための講義であった。
この後、第6回の講義からは、受講生の教材分析の口頭発表へと活動が変わる。受講生 の分析のコメントや補足をする中で、教員Aによって説明されたものには、待遇表現分析 の枠組みがある。これは、受講生が「誘い」に関する会話について分析を行ったときに説
明された。これは待遇表現について、誰が「行動」するか、「決定権」は誰にあるか、「利 益」は誰にあるかという観点で分析するものである。さらに、待遇への配慮から、表現形 式と実際の意図が異なる「あたかも表現」の概念も紹介された。この他にも、適宜、受講 生の発表内容に応じて、授受表現の考え方や、使役受身、受身、授受表現の比較、教え方 など、教員Aの考え方が紹介された。
<後期>
前期と同様に、後期の中心概念も「中心概念A」であった。第2回講義で、「中心概念 A」の紹介がなされ、「わたしがどのように考えているのかを少しずつ説明していきます」、
「練習問題を考えるときに、いつも考えなければならないことは、【中心概念A】です」と 述べている。また、第3回講義には存在を表す文型について、「中心概念A」の観点から検 討を行った。
後期の講義では、さらに、板書を用いて「働きかける表現」と「語る表現」という概念 の説明を行った。これは、人は何かをして欲しいときにのみに言語活動を行うのではなく、
自己の経験や考えを語るためにも言語活動を行うというものである。これは、「働きかける 表現」に対して、「語る表現」であると説明した。そして、文型を使って無理に会話文を作 るよりも、「語る」ための活動をしたほうが適切な場合があると述べ、受身を例として挙げ た。そして、「~のが好きだ」という文型を用いるのには、どのような文脈が考えられるの かを翌週までに考えてくるという課題が出された。
第4回講義では、第3回講義で出された課題の文型について検討し、「会話の呪い」と いう言葉について説明した。「会話の呪い」というのは、文型や文法を導入したり、練習し たりするときに、常に会話を作ること、会話の練習をさせることにこだわる、日本語教員 の姿勢のことを指している。教員Aは、会話の形式で導入、練習をすることにとらわれず、
会話の形式にするのに無理がある場合は、自己について作文を書く活動を行うことを提案 している。例えば、使役受身を導入した後の練習として、「子供のころ、させられて嫌だっ たこと」について、作文を書くといった活動のことである。
第4回講義では、前期にも用いた、早退の許可を求めるシナリオプレイの会話文の検討 を行い、「中心概念B」の説明を行った。この概念は、前期にも扱われたが、後期の講義で はより強調されて、扱われた。そして、「留守の間のペットの世話を友人に依頼する」とい う会話を、「中心概念B」に留意して作成するという活動が行われた。このような活動は前
期には行われなかった。このことからも、前期では強調されなかった、「中心概念B」が後 期では強調されたことがわかる。このことについて、教員Aは、前期は文法をトピックに レポートを書く受講生が多かったのに対して、後期は談話の流れ、つまり、「中心概念B」
の観点でレポートを書く受講生が多かったと述べ、その原因は、後期の講義において、こ の概念が前期よりも大きく取り扱われたことにあると述べている(データ 4-1、4-2)。な お、以下のデータ中の AS は、科目Aの担当教員である教員Aを指す。
データ 4-1:教員Aへの後期終了後インタビューより
4 AS: (前略)特に、傾向が変わったことはないですね。ちょっとだけ、先学期と今学期の違いは、
先 学 期 はレポートを文 法 で書 く人 が多 かったんですね。で、今 学 期 はレポートをですね、
会 話の構 造 で書 く人が多くて…ちょっと、私が予 想したのと違 う展開になってきちゃったん ですね。あの、会 話の【中 心 概念 B】の話をしましたよね。で、そっちのほうでやる人が多か ったのね。
データ 4-2:教員Aへの後期終了後インタビューより
24 AS: まあ、2 回見てらいして、どう思ったかわからないけど、今回、【中心概念B】のほうに力を入 れた。
25 R: ああ、なるほど、そうですね。
26 AS: うん。少し、多めに話したというか、少し重点を大きめに話しましたので。
教員Aは、後期のレポートの全体的傾向として、前期と比べて、「中心概念B」の観点でレ ポートを書く受講生が多かったと述べている。そして、その原因は、講義で「中心概念B」
について大きく取り扱ったことにあるとしている。データ 4-2 からも、後期の講義では、
「中心概念B」の説明に、より多くの時間が割かれたことがわかる。しかし、これは、教 員Aの意図に反するものであった。教員Aは、「中心概念A」の観点による分析を望んでい た。これはデータ 4-1 の「私が予想したのと違う展開になってきちゃったんですね」とい う発言からわかる。また、第9回講義で受講生が発表を行った後に、「(これまでの発表は)
会話の視点からの議論があったが、できれば、文法寄りの発表をしてもらいたい」(後期第 9回参与観察メモより)とコメントを述べたことからもうかがえる。教員Aのこの発言に ついて、インタビューで質問したところ、次のように確認ができた。
データ 4-3:教員Aへの後期終了後インタビューより