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分析素材選定の基準を持つ

第4章 課題遂行過程における管理プロセス(1)

4.2. 管理プロセスの分析

4.2.3. 分析素材を選定する

4.2.3.4. 分析素材選定の基準を持つ

調査対象者は分析素材を探し出し、それが課題の素材、トピックとして適切であるかを 検討する段階において、いくつかの選定の基準を持つようになる。次に、これらの選定基 準が形成されていくプロセスを分析する。

(a)講義の中心概念を課題に取り入れる

前述のように、調査対象者

I

は、文章課題を遂行する上で最初にしなければならないこ とは、教員の「傾向を知る」ことであるとし、講義を何度か聞けば、教員の傾向がわかる だろうと述べている。また、傾向を知るための調整として教員Aの論文を読むという調整 を計画し、実行している(4.2.1、データ 4-12)。「傾向を知る」ということは、すなわち、

講義の中心概念、つまり、教員がこの講義を通して受講生に伝えたいことや研究アプロー チを知るということである。そして、このことは、教員が受講生に課題をどのように遂行 してもらいたいと望んでいるのか、つまり、課題要求と関連している。

文章課題に取り組む過程で、調査対象者Iと同様の志向、つまり、「講義の中心概念を 文章課題に取り入れる」という志向が多くの調査対象に認められた。調査対象者A、B、

H、Jは、教員Aが講義で教えたものを文章課題に取り入れる必要があると考えている。

次のインタビューでの対話は、調査対象者に、教員Aはどのようなレポートを高く評価す ると思うかと質問したときの回答である。この質問に対する回答で最も多かったのは、講 義で教員Aが教えたものを課題に取り入れる、反映させるというものであった。

次のデータ 4-32、4-33、4-34 では、調査対象者B、H、Jが、「中心概念A」、「自然な コミュニケーション」、「学生がその文型を使えるようになるための教育」、「中心概念B」

といった、彼らが講義の中心概念と考えることを挙げ、それらを文章課題に取り入れるこ とが重要だと述べている。

データ 4-32:調査対象者Bへの第4回インタビューより

569 R: うーん。…そうすると、やっぱり先 生が言 っている【中 心 概 念A】とか自 然なコミュニケーショ ンに合わせたテーマを選んで、書かなきゃいけないというのが、

570 B: うん、それがいちばん大事 でしょう。先 生が何を言いたいかということを、先生の言っている ことを聞かないで自分で何か別のことを書いているようなことになってしまう。

571 R: ああ。

572 B: 先生に、言っていることをわかりました、ここの部分は先 生の言っている通りですねっていう ふうに…先生はそれを期待していると思います。

データ 4-33:調査対象者Hへの第2回インタビューより

439 H: うーん、実は本 当 に先 生 が教 えたものを理 解 して、レポートに反 映 させる。それだけでいいと 思う。

440 R: じゃあ先生が教えたものって、どういうものでしょうね。

441 H: 言いたかったこと…自然な会話。

442 R: 自然な会話。

443 H: それと、会 話練 習の【中心 概念A】と、いちばん根 本 的なのは学 生がその文型 を使えるように なること。(後略)

データ 4-34:調査対象者Jへの第2回インタビューより

260 J: やっぱり先生が授業をするとき、講義した【中 心概 念A】とか【中 心概 念 B】とか、それをきち んとやって、正確に分析したりして、出したほうが、高く評価されるかなと。

以上のデータからわかるように、Bは科目Aの中心概念を、教材の会話や練習問題の「中 心概念A」と「自然さ」の追求と捉え、教員Aの主張を理解したことを示すことが重要だ と考えている。Hもまた教材の会話練習の「中心概念A」と、会話の「自然さ」を追求す ることによって、学習者がその文型を使えるようになることが、教員Aの伝えたかったこ とであるとし、それを理解したことが示せれば「それだけでいい」と考えていることがわ かる。Jもまた、「中心概念A」と「中心概念B」を用いて分析することが重要だと述べて いる。

また、次のデータ 4-35 で調査対象者Cはいくつかある素材の候補の中から、一つを選 定する際に基準となったことは、自己の考えの裏づけとして参考文献を用いることができ るものであるとし、具体的には教員Aの「中心概念A」に関する論文を引用できる素材を 選んだと報告している。

データ 4-35:調査対象者Cへの第4回インタビューより

98 C: テーマは、最初教科書を読んで、これかこれかこれっていうのはありましたけど、なんか、やっ ぱり文献を使ったほうがいいでしょう。で、先生が書いたものを読んで、そこに、わたしのアイデ ィアと一致するものはあるかどうか、使えることはあるかどうか、参考にできることはあるかどうか 探して、やっぱりわたしのアイディアだけだと、ぜんぜん、…まあ、何か参考文献を使ったほう がいいと思いまして、で、

99 R: なるほど。で、先生の文献を参考にできそうなテーマに絞った?

100 C: そうですね。例えば、先生は【中心概念A】について、授業でも話しましたし、論文もありますか ら、やっぱりこういう【中心概念A】のほうが、わたしには簡単だと思いました(中略)前もって【中 心概念A】について、授業のときとかわかっていたから、そういう論文を探しました。

101 R: 【中心概念A】の観点で、書けるテーマに絞った。

102 C: そうですね。

データ 4-35 で、調査対象者Cが「やっぱり文献を使ったほうがいいでしょう」と述べ ているように、Cは自分の考えを述べるのみでは不充分で自分の考えの裏づけとなるもの として、教員Aの論文を引用できるような素材、トピックを選んだということになる。

以上の分析からわかるように、調査対象者の多くは、講義の中心概念、教員Aの主張を 理解し、文章課題に取り入れることが課題を遂行する上で、また、課題で高い評価を得る 上で必要であると考えていることがわかる。

ここまで見てきた素材選定上の基準に関する調整は「文章課題に担当教員の主張や、講 義の中心概念となっている事項を取り入れなければならない」、あるいは、「反映させなけ ればならない」という基準によるものであった。この基準は素材とトピックの選定に基本 的な基準であるということができるだろう。このような基準以外にも、調査対象者は素材 とトピックを決定する過程において、より具体的な選定基準を持つようになる。これら基 準は講義を受ける過程で、あるいは、課題を遂行する過程で新たに形成されたものである。

これらの基準は、「不適切さが明白なものがいい」、「文法的に分析できるものがいい」、「独 創的なトピックで書けるものがいい」というものであった。また、交換留学生である調査 対象者GとHには、これらの選定基準以外にも「自分の国の日本語教育に役に立つものが いい」という基準を有していたことがわかった。それでは、これらの基準はどのように形 成されていったのであろうか。次に、これらの基準が形成される過程を分析する。

(b)受講生の発表を評価する

教材分析の課題は、教材の不適切な部分を指摘し、分析するものであったが、調査対象 者E、F、H、I、Jは、分析素材を探す過程で、不適切さがはっきりしているものが望 ましいという選定基準を持つに至る。また、調査対象者AとBは、文章課題を遂行した後 で、自分の選んだ素材とトピックを振り返り、自分の選んだ素材は同様の基準に合致して いなかったため不適切であったと述べていることから、彼らにもこのような基準があった

と推測できる。

調査対象者Aは、文章課題を遂行した後で、「テキストを何遍も、何遍も探してみても、

思ったより立派な間違いが出なかったんですね」(第4回インタビューより)と述べ、「立 派な」、つまり、より重大な誤りを探そうとしたが、それができなかったことを否定的に評 価している。結局、Aは誤りを見つけるという素材選定のアプローチを放棄し、自分が疑 問に思っていた文法事項に関するトピックを選択する。調査対象者Bもまた、文章課題を 遂行した後で、自己の文章課題について、「問題が大きくない」と否定的に評価し、次のよ うに述べている。

データ 4-36:調査対象者Bへの第4回インタビューより

552 B: 例えば、いま使われている教科書の中で、ほんとうに目立つような、自然な日本語の中で、

そういう言い方がないような文型の問題を出していたら、先生が喜ぶと思います。

553 R: 先生が喜ぶと思う。

554 B: 実際にある問題…大きな問題。

以上の調査対象者A、Bの「立派な間違い」、「大きな問題」という言葉からは、AとB は、扱う素材は不適切さがはっきりしているものがいいという基準があったと考えること ができる。しかし、AもBも教材の不適切な箇所を見つけることができなかったという結 果に終り、否定的に評価している。

調査対象者E、F、H、J、Iも、同様の基準を持つに至ったが、この基準は、受講生 の発表を見て、教員Aの分析と比較する、受講生の分析を評価するという過程で形成され たと分析することができた。次のデータは、調査対象者Fが受講生の教材分析と教員Aの 分析を比較しているものである。

データ 4-37:調査対象者Fへの第2回インタビューより

258 F: 最初、私が思ったのは、そういう文法的な違いとか、あと会話の不自然さとか、そういう主た るものだと思っているんですけれども、だんだんみんな細かくなりすぎたんじゃないですか。

発表するときに、めちゃめちゃ細かいんですね。最初は先生の持ってきたやつを見たら、そ んなにニュアンス的なものはなかったんですね。会話の文脈のずれだとか、あとは絵のおか しなところとか、そういうところばっかりで、今 はもう、学 生たちの発 表 はすごく細かくて、ニュ アンスだけでやっていて、だから自分の発表だったら、そこまでできないなあって思うんです けど。