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第 2 章 検索誘導性忘却の理論的説明に関わる問題点の検討 20

2.7 記憶における抑制機能の一般性の問題

ここまでは,検索過程において抑制がいかに作用しているのかを明らかにするために検 討すべき問題について述べてきた。それらの問題とは異なるが,抑制は検索誘導性忘却以 外の現象にも適用可能であるのかどうかを検討することも重要である。もし抑制が検索誘 導性忘却に特有の処理であるなら,人間の認知過程の理解という観点からは,検索誘導性 忘却の抑制メカニズムを詳細に検討する意義はほとんどないだろう。しかし,次の理由か ら,検索誘導性忘却に特有の処理過程であると考える必要はないと思われる。

検索誘導性忘却は,学習,検索経験,テストという実験パラダイムで見出される現象で

あり,抑制は検索経験段階で作用していると想定されている。検索経験段階はこのパラダ イムにおいて1回目の検索機会という位置づけであるため,特殊な事態とみなすこともで きるが,現実の検索機会は常に連続しており,ある検索機会が1回目であるかどうかはほ とんど意味をなさない*10 。したがって,検索経験パラダイムにおける検索経験段階だけ でしか抑制が作用しないと考える理由はない。つまり,記憶を検索する過程がある限り抑 制が作用する可能性はあり,それが,その後の検索に影響している可能性は十分に考えら れる。これは,これまでに報告されてきた記憶現象を再検討すれば,抑制に基づいて説明 することができる可能性があるということを意味している。記憶検索における抑制の一般 性に関する問題は,No-Thinkの抑制効果やリスト内手がかり効果(part-list cuing)な どの現象で検討されている。

2.7.1 No-Thinkの抑制効果

No-Thinkの抑制効果とは,Think/No-Thinkパラダイムで見出される忘却現象である

(e.g., Anderson & Green, 2001)。このパラダイムは,学習,Think/No-Think,テスト の三つの段階で構成され,検索経験パラダイムと似ている。異なる点は,検索経験段階で は学習項目を思いだそうとしなければならないのに対し,No-Think段階では学習項目を 忘れようとしなければならないことである。Think/No-Think パラダイムを用いた実験 の結果は,忘れようとしなかった項目(ベースライン)に比べて忘れようとした項目がよ り思い出せなくなる。M. C. Anderson2005)によると,忘れようとする意図が抑制を 作用させ,そのために思い出しにくくなると説明される。また,M. C. Andersonは実行 コントロール(executive control)と呼ばれる反応を制御する機能の一つとして抑制をみ なしており,検索誘導性忘却で作用している抑制も同様の働きであると考えている。

しかし,このような検索誘導性忘却とNo-Thinkの抑制効果における抑制の同一視は簡 単に受け入れることはできない。なぜなら,検索経験パラダイムではターゲットを思い 出そうとすることで競合する非ターゲットが抑制されるわけであるが,Think/No-Think パラダイムでは非ターゲットそのものを抑制しようとするという点で明らかに異なって

*10これは,1回目(初めて)の検索が2回目と違いがないということを述べているのではない。ある検索機 会が他の検索機会の前に行われているかどうかは,ほぼ無限に連続する検索機会の中から二つの検索機会に注目 した上で,それらの関係性によって決まるわけであり,ある検索機会がある関係性のときは1回目になり,他の 関係性のときは2回目にもなる。そのため,一つの検索機会を取り上げて,それが1回目かそうでないかを議 論してもほとんど意味がないということである。

いるからである。前者は抑制しようとしていないのに抑制が働くことから自動的な抑制

(automatic inhibition)であり,後者は抑制しようとして抑制が働くことから制御的な抑

制(controlled inhibition)であると考えることもでき,抑制の働き方が異なっている可能 性がある(Conway & Fthenaki, 2003; Román, Soriano, Gómez-Ariza, & Bajo, 2009 また,検索誘導性忘却は記憶を思い出そうとする過程における抑制であるが,No-Think の抑制効果は思い出そうとしない過程における抑制であり,思い出そうとする検索過程に おける抑制の働きを解明しようとする本研究とは焦点が少しずれている。それゆえに,本

研究ではNo-Thinkの抑制効果を抑制の一般性を検討する対象とはしない。

2.7.2 リスト内手がかり効果

リスト内手がかり効果とは,テスト前に学習項目の一部を手がかりとして与えられる と,与えられないときよりも,残りの学習項目が思い出せなくなる現象である(Slamecka, 1968)。このパラダイムも,学習,手がかり呈示,テストというように構成され*11

Think/No-Thinkパラダイム同様,検索経験パラダイムと非常に似ている。異なる点は,

検索経験段階ではいくつかの学習項目を思いだそうとしなければならないのに対し,手が かり呈示段階ではいくつかの学習項目を残りの項目を思い出すための手がかりとして利用 しなければならないことである。学習項目の一部を手がかりとして処理することで残りの 項目を忘却させるという点では,No-Thinkの抑制効果よりも検索誘導性忘却に近いとい える。つまり,実験パラダイムが形式的に類似しているだけでなく,重要な段階(検索経 験と手がかり呈示)の処理過程が類似しているという点で,抑制の一般性を検討する対象 としては妥当であると考えられる。

すでに,Bäumlら(Bäuml & Aslan, 2004; Bäuml & Kuhbandner, 2003)はリスト内 手がかり効果が抑制に基づいて説明できるかどうかを検討している。彼らは,手がかりと して処理しようとすることはそれを検索しようとしていることと同じであり,その検索過 程で抑制が作用していると考えている。しかし,先述の競合の議論に基づけば,手がかり の呈示段階では項目情報を全て呈示しているため,表面的には再呈示と違いがなく,競合 は小さいと考えられる。したがって,抑制は作用しないと考えられるが,実際には抑制効 果が生じるわけであり,この結果は競合と抑制の関係を理解する上で非常に興味深い。そ

*11手がかりはテストの時あるいは直前に与えられ,一般にはテストの中に手がかりの呈示が含まれていると みなされるが,検索経験パラダイムとの対比のために分かれた段階として示す。

こで,本研究では抑制がリスト内手がかり効果にも一般化できるかどうかを検討する。