第 4 章 中間的考察 1 :語尾再生と再認の結果の違いに関する理論的考察 60
4.2 抑制に基づいた説明
4.2.2 競合の想定を必要とする抑制説:活性化仮定の再考
再認でも競合が生じているとすれば,先述した競合の仮定に問題があることになる。し かし,ターゲット情報を出力する前に起こる記憶痕跡間のノイジーな状態を競合と呼び,
ノイズの大きさはターゲット痕跡と非ターゲット痕跡の活性化量の差であると定義したこ とに問題があるとは考えにくい。なぜなら,この定義そのものを修正したとしても,競合 が生じていることを説明することは難しいからである。例えば,ターゲット痕跡と非ター ゲット痕跡の活性化量の差ではなく,非ターゲット痕跡自体の活性化量が単純に競合の大 きさを反映しているとするなら,実験1のような非ターゲット痕跡の活性化量を操作して いない語尾再生課題でも競合が生じ,検索誘導性忘却の生起が期待される。言い換えるな ら,語尾再生と通常の語幹再生との大きな違いは,呈示される手がかりの量の違いに基づ くターゲット痕跡の活性化量の大きさであり,非ターゲットの活性化量はほとんど違いな いと考えられるため,語幹手がかり再生による検索経験で検索誘導性忘却が生じる実験参 加者では,語尾再生でも生じるはずである*3 。このように,実験2の結果を説明するため に競合の定義を修正すれば,実験1の結果を説明することができなくなるため,競合の定 義そのものを問題にすることは難しいといえよう。
競合の定義を修正せずに再認における競合を説明するためには,記憶痕跡の活性化の仮 定を再考する必要があると考えられる。本研究では,記憶痕跡の活性化量は呈示される手
*2競合解消という目的を明示していなくとも,理論構成において 抑制 というものを組み込む以上,そこ には何らかの目的があるはずである。寺澤(1997)では非ターゲット痕跡が増えるほど抑制的な影響が大きく なると述べており,非ターゲット痕跡はある種のノイズとみなすことができる。したがって,抑制はそのような ノイズを低減させる役割を持っていることが推測される。 ノイズ は 競合 と言い換えることができ,結局,
抑制には競合解消の役割があるといえる。
*3記憶痕跡の活性化は呈示される手がかりと記憶痕跡間のマッチングによってなされると仮定するEMILE
やMINERVA2のようなグローバルマッチングモデルに基づけば,各記憶痕跡の活性化量は手がかりとの類似
度によって決まるため,手がかりの量が増えることはターゲット痕跡との類似度を高め,非ターゲット痕跡との 類似度を低める。したがって,語幹手がかりよりも語尾欠落手がかりの方が,ターゲット痕跡の活性化量は高く なり,非ターゲット痕跡の活性化量は低くなる。そのため,競合の大きさが非ターゲットの活性化量だけに基づ いたとしても,語幹手がかり再生よりも語尾再生の方が競合は小さい。しかし,ターゲット痕跡と非ターゲット 痕跡の活性化量の差に基づく場合と比べれば,非ターゲットの活性化量だけで比べる場合の方が両課題での競合 の大きさの差は小さくなる。これは,語幹手がかり再生よりも語尾再生による検索誘導性忘却の効果量は幾分小 さくなることを予測するが,語尾再生では検索誘導性忘却が全く生じていないため,いずれにせよ,非ターゲッ トの活性化だけでは説明することが難しいといえる。
がかりと記憶痕跡の類似度によって決まるとみなしている。標準的な検索経験課題である カテゴリ名と語幹手がかり再生(果物-バ_)を例にすると,Rp+であるターゲット痕跡
(バナナ)は手がかりとの類似度が高く,最も活性化する。また,同じカテゴリ(上位概 念)を共有するRp−である非ターゲット痕跡(リンゴ)はカテゴリ名手がかりとの類似 度が高く,ターゲット痕跡ほどではないが活性化量は高い。しかし,カテゴリを共有しな いNrpの記憶痕跡(イシャ)は手がかりとの類似度が低く,活性化量は低い。競合とは,
各記憶痕跡の活性化量の差であり,記憶痕跡間の活性化量の差が小さければ競合してお り,差が大きければ競合していないとみなす*4 。
このような活性化の仮定に基づけば,実験1で用いた語尾再生(果物-バナ_)では,語 幹手がかり再生よりも,ターゲット痕跡の活性化量は大きくなり,非ターゲット痕跡の活 性化量は小さくなる*5 。そのため,非ターゲット痕跡による競合はなく,抑制の影響もな いと考えることができる(実験1)。しかし,この仮定に基づけば,再認(果物-バナナ)は 語尾再生よりも競合が起きてないはずであるが,抑制の影響(検索誘導性忘却)はみられ ている(実験2)。呈示される手がかりとの類似度で記憶痕跡の活性化が決まるとする仮 定では,語尾再生では競合しないが再認では競合することが説明できない。したがって,
再認でも競合していると考えるなら,記憶痕跡の活性化の仮定を再考しなければならない わけである。
この問題を解決する一つの考えは,物理的に呈示される手がかり以外の情報も記憶痕跡 の活性化に貢献していると仮定することである。すなわち,再認判断をするために利用す る手がかりには,物理的に呈示されるカテゴリ名と事例のような情報だけでなく,表面的 にはあらわれない学習エピソードのような文脈情報も含まれていると考える。さらに,再 認判断は呈示される項目情報そのものよりも,その項目の文脈情報に依存していると考え
*4ここでは,あえてターゲット痕跡との差とは言わない。なぜなら,各記憶痕跡は自身がターゲットである か否かが分かっていないはずであり,非ターゲット痕跡間でも競合しているからである。これは抑制の必要性を 考える上では重要な考え方であり,もし出力以前にターゲット痕跡が特定されているとすれば,非ターゲット痕 跡を抑制する必要はなくなる。したがって,本論文におけるターゲット痕跡や非ターゲット痕跡とは,あくまで も研究者側から眺めたときの表現であることに留意すべきである。
*5非ターゲット痕跡の活性化がカテゴリ名手がかり(果物)だけに依存するのであれば,両課題で非ターゲッ ト痕跡の活性化量に違いはないと考えられるが,それでは,なぜターゲット痕跡は事例手がかり(バナ)にも依 存し,非ターゲット痕跡は依存しないのかが分からない。したがって,非ターゲット痕跡の活性化も事例手がか りに依存するため,その手がかり量が多いほど非ターゲット痕跡との類似度は低くなり,非ターゲット痕跡の活 性化量は低くなると考えるのが妥当である。
る。ここで,再認判断が学習文脈情報に依存しているというのは特殊な考えではない。な ぜなら,テスト時に呈示される項目情報だけで正確に再認判断することは難しく,呈示さ れる項目が学習時に見た項目か,それ以前に見た項目かを区別するような文脈情報の検索 によって正確な再認判断が可能になるからである。これは,再認課題では項目情報は完全 であるが文脈情報は不完全であり,不完全な文脈情報を再生することが再認過程であると 言い換えることができる。このように,記憶痕跡の活性化には項目情報だけでなく文脈情 報も貢献するという仮定に基づけば,カテゴリ情報と文脈情報を共有する非ターゲット痕 跡は,文脈情報しか共有しない記憶痕跡(Nrp)よりも活性化が大きくなり,競合すると 考えることができる*6 。
月元・山田(2010)ではEMILEモデルを基に,再認が文脈情報の再生であるかどうか を検討している。EMILEは手がかり再生を用いた検索誘導性忘却をシミュレートするこ とができるが(月元, 2007),再認を用いた検索誘導性忘却もシミュレートできるかどうか は分かっていない*7 。そのため,再認が文脈情報を再生しているかどうかの問題を検討 することは,再認経験による検索誘導性忘却のシミュレーションも兼ねている。
EMILEでは,学習のような経験は項目,カテゴリ,文脈の情報を持つ表象ベクトルと
して個々独立に記憶される(2.3.3参照)。手がかり再生のシミュレーションにおける検索 経験は,現実の実験におけるカテゴリと語幹手がかりに対応させ,項目成分の3分の2を 0値としたものをプローブとし,この成分の補完を再生とみなしている。それに対し,再 認経験は文脈成分の3分の2を0値としたものをプローブとし,この成分の補完を再認と みなした。その結果,実験2でみられたような検索誘導性忘却が認められた。これは,再 認は文脈情報の再生であるという仮説を支持するものである。
EMILEでは文脈情報を記憶痕跡の一部として仮定しているが,このことは検索過程に
おいてカテゴリ競合だけでなく,文脈競合も起こりうることを予測する。Tsukimoto &
Kawaguchi(2006)では,文脈情報が記憶痕跡の活性化に貢献し,文脈競合を引き起こし
ていることを実験的に示している。この実験では,検索経験段階で再生する群と再生しな い群(記憶課題とは無関連な課題を行っていた)があり,Nrp項目の成績を比較すること が目的であった。その結果,Nrp項目の再生率は検索経験段階で再生しない群よりも再生
*6手がかりが不完全であるほど,非ターゲットが活性化しやすくなることは,語幹手がかり再生と語尾再生 の比較からも分かる。
*7これは,EMILEが当初は再認を想定してモデル化していなかったためである。