第 4 章 中間的考察 1 :語尾再生と再認の結果の違いに関する理論的考察 60
5.2 実験 4 :ディストラクタのみを用いた再認経験
導性忘却が生じるということを示唆している。したがって,再認経験による検索誘導性忘 却は手がかり過重負荷で説明することは難しいと考えられる。一方で,ターゲットの再認 時の競合とその解消のための抑制によって検索誘導性忘却が生じていると考えるなら説明 することができる。
さらなる分析として,Rptd− 項目とRpt−項目の比較をすることは,再認経験によ る検索誘導性忘却の原因をより正確に解釈するためには重要であると考えられる。も
しRptd−項目の検索誘導性忘却が,抑制と手がかり過重負荷の両方の影響であるなら,
Rptd−項目(M = 59.0%)はRpt−項目(M = 56.9%)よりも再生率が低くなるはず である。しかし,その差は有意でなく,t(92) = 0.44, p = .662,また,数値上ではむし ろRpt−項目の方が低かった。ゆえに,Rptd−項目の検索誘導性忘却は,抑制と手がか り過重負荷の両方による影響というよりも抑制によって引き起こされたと考えられる。実 験3ではターゲットのみの再認を行うカテゴリを設定したが,実験4ではディストラクタ のみの再認を行うカテゴリを設定し,実験3とは異なる方法で手がかり過重負荷の可能性 を検討する。
再認経験時のディストラクタが手がかりの過重負荷の原因になるとすれば,ディストラ クタのみを再認判断するだけでも検索誘導性忘却が生じることが予測される。それに対し て,文脈情報も含んだ活性化と競合の仮定に基づけば,ディストラクタの再認判断では検 索誘導性忘却は小さくなるか消失すると予測される。すなわち,再認判断時にターゲット が呈示される場合,非ターゲットは文脈情報とカテゴリ情報を共有しているため活性化し やすく競合しやすい。それに対して,ディストラクタが呈示される場合,ディストラクタ は学習していないために非ターゲットはカテゴリ情報しか共有していない。そのため,非 ターゲットの活性化量はターゲットが呈示される場合よりもディストラクタが呈示される 場合に低く,競合も小さいと考えられる。したがって,ディストラクタのみを再認判断す るだけでは検索誘導性忘却は生じないだろう。
5.2.1 方法
実験参加者 大学生30名(男性17名,女性13名,平均年齢19.7歳)が実験に参加 した。
実験計画 本実験は1要因実験参加者内計画であった。カテゴリの3分の 2を再認経 験カテゴリとし,各カテゴリの一方の項目は再認経験を受け,もう一方の項目は再認経験 を受けなかった。再認経験カテゴリの半分はターゲットとディストラクタを呈示し(TD カテゴリ),もう半分はディストラクタのみを呈示した(Dカテゴリ)。残りの3分の1の カテゴリは再認経験を受けなかった。再認経験を受けなかったカテゴリの項目はNrp と した。TDカテゴリに関して,再認経験を受けた項目をRptd+,再認経験を受けなかっ
た項目をRptd−とした。Dカテゴリに関して,再認経験を受けたディストラクタ(e.g.,
菓子: クッキー)と意味的に類似した学習項目(e.g., 菓子: ビスケット)をRpd+,再認 経験を受けたディストラクタと意味的に類似していない学習項目(e.g., 菓子: センベイ)
をRpd−とした。テスト段階における項目タイプごとの再生率を算出し,検索誘導性忘 却はRptd−とNrp,Rpd−とNrpの再生率を比較した。
実験材料 記銘材料は実験2,3と同様であった。
実験手続き 実験手続きは次の点を除いて実験2と同様であった。実験4の手続きを
Figure 5.3 に示す。再認経験は6のターゲット対,12のディストラクタ対,12のフィ
ラー対で構成した。ゆえに,再認経験リストは60試行であった。
Figure 5.3 Schematic of the recognition practice paradigm in Experiment 4.
5.2.2 結果と考察
再認経験の成績 再認経験段階において,TDカテゴリのターゲットに対する正再認率 は80.0%(SE = 2.8),ディストラクタに対する虚再認率は18.3%(SE = 2.8)であっ た。Dカテゴリのディストラクタに対する虚再認率は16.4%(SE = 2.2)であった。TD カテゴリとDカテゴリの虚再認率には有意な差はみられなかった,t(29) = 0.55, p = .587。全試行における無反応の割合は0.7%(SE = 0.4)であった。
テストの成績 テスト段階における項目タイプごとの再生率をFigure 5.4に示す。図 の縦軸は再生率(%),横軸は項目タイプを表す。Nrp に比べてRptd+,Rpd+は再生 率が高く,Rptd−,Rpd−は低い。再生率に関して 1要因の分散分析を行ったところ,
要因の効果が有意であった,F (4, 116) = 55.96, MSE = 0.02, p < .001。多重比較の 結果,Rptd+項目の再生率はNrp項目よりも高かった,t(116) = 10.39, p < .001。一 方,Rptd−項目の再生率はNrp 項目よりも低かった,t(116) = 3.16, p < .001。これ は,ターゲットとディストラクタを含んだTDカテゴリにおいて再認経験による検索誘導 性忘却がみられたことを示しており,実験2および実験3の結果が再現されたことを示し
Figure 5.4 Mean percentage of items recalled during the nal test for each item type in Experiment 4. Rptd+ = practiced items from categories that received recognition practice including the target and distractor items. Rptd−= unprac-ticed items from pracunprac-ticed categories including the target and distractor items.
Rpd+= items that were semantically related to the distractor items in the recog-nition practice categories included only the distractor items. Rpd−= items that were semantically unrelated to the distractor items in the recognition practice categories included only the distractor items. Error bars represent standard error.
Both Rpd+and Rpd−items did not receive practice.
ている。
それに対して,Dカテゴリの結果のパターンはTDカテゴリとは異なり,Rpd−項目と Nrp項目の再生率に有意な差はみられなかった,t(116) = 0.96, p = .339。これは,ディ
ストラクタのみを含んだ再認経験カテゴリにおいては検索誘導性忘却がみられなかったこ とを示している。
ターゲットと非ターゲットはカテゴリだけでなく同じ学習エピソード(文脈)も共有し ているため,再認時の非ターゲットの活性化量は,ターゲットが呈示されるときの方が ディストラクタが呈示されるときよりも高いと考えられる。つまり,ターゲットの再認判 断では非ターゲットが競合するが,ディストラクタの再認判断では競合しない。そのた め,ディストラクタの再認判断だけでは検索誘導性忘却が生じなかったと考えられる。
また,Rpd+項目およびRpd−項目はどちらも再認経験を受けないため,違いが生じ ることは予想していなかった。しかし,Rpd+項目(M = 66.7%)はNrp項目(M = 53.3%)よりも再生率が高く,t(116) = 3.46, p < .001,Rpd+項目の再生率はRpd−項 目(M = 49.4%)よりも高かった,t(116) = 4.42, p < .001。つまり,Nrp項目とは違 いがなかったRpd−項目とは対照的に,Rpd+項目はNrp 項目およびRpd−項目より も有意に再生率が向上した。これら3種類の項目はいずれも再認経験を受けなかったにも 関わらず,Rpd+項目だけが促進効果を示したという結果は興味深いといえる。この違 いは,ディストラクタとの類似度の違いが原因であったかもしれない。すなわち,ディス トラクタの再認時に非ターゲットであるRpd+項目およびRpd−項目はいずれも活性化 するが,それぞれの活性化量は呈示されるプローブと記憶痕跡の類似度によって決まるた め,ディストラクタと意味的に類似していたRpd+項目はRpd−項目よりも活性化量が 高い。このようなRpd+痕跡のより大きな活性化によって,後のテスト段階でRpd+痕 跡が活性化しやすくなり,再生率が向上したのではないかと考えられる。また,この考え に基づけば,Rptd+の促進効果にはターゲットとの類似度による活性化とディストラク タとの類似度による活性化の両方の影響が加算されているのではないかと考えられる。
さらに,Rpd+の促進効果は検索誘導性促進(retrieval-induced facilitation)現象の一 種とみなすこともできる。検索誘導性促進とは,ターゲットと非ターゲットの間に強い関 連性や類似性がある場合,あるいはターゲットと非ターゲットを関連づけるような統合処 理がなされている場合に,ターゲットの検索経験が非ターゲットの再生成績を向上させる という現象である(e.g., Chan, 2009; Chan, McDermott, & Roediger, 2006)。本実験で は,Rpd+はディストラクタと意味的に関連しており,Rpd−は意味的に無関連であっ た。それゆえに,ディストラクタの検索経験がRpd+の促進効果を引き起こしたと考え ることができる。