• 検索結果がありません。

研究課題1では,受精時のCa2+振動に対するCa2+流入速度の影響について定 量的な評価を行った.Ca2+振動発生時に,[Ca2+]oを上げてCa2+流入を加速する とCa2+振動の頻度が増加し,逆に[Ca2+]oを下げてCa2+流入を減速すると頻度が 減少した(図2.1).[Ca2+]o変更前後でのパラメータ比を算出し(図2.2),それ を指標に Ca2+振動の Ca2+流入依存性を定量的に解析したところ,頻度は Ca2+

流入速度に対して完全に直線的に依存するのに対し.振幅は Ca2+流入速度には 依存しないことがわかった(図2.3).この結果から,細胞内に流入したCa2+は 直接的に [Ca2+]cytの上昇に寄与するのではなく,Ca2+遊離後に枯渇した細胞内 Ca2+ストアを再充填するために充てられることが示唆された.すなわち,細胞 内ストアにCa2+が再充填される速度はCa2+流入速度に依存するために,ストア 内のCa2+濃度が次のCa2+遊離に必要なレベルまで回復するのに要する時間(=

一過性[Ca2+]cyt上昇の反復間隔)が変化するものと解釈できる.

哺乳類受精卵のCa2+振動のCa2+流入に対する依存性についてはすでに報告さ れている.しかし,1992年のKlineらの報告では,[Ca2+]oを減少させるのみの 実験であり,[Ca2+]oを増加させCa2+流入速度を速める実験をしておらず,また Ca2+振動の頻度に対しても定性的な評価しかしていない(Kline & Kline, 1992). 1983年のIgusaらの報告では,ハムスター受精卵でのCa2+振動について,[Ca2+]o

を増やす・減らすの両方の条件での測定し,Ca2+振動の頻度のCa2+流入に対す る依存性について,定量的に解析している(Igusa & Miyazaki, 1983).しかし 測っているのは膜電位の過分極応答であり,[Ca2+]cytの変化を測っていないため,

Ca2+振動の振幅に対する影響については評価できていない.今回の実験では,

Ca2+振動の頻度と振幅の両者について,Ca2+流入速度を加速・減速した場合の 変化を定量的に解析した.上述の結果は,受精時のCa2+振動におけるCa2+流入 の役割を明らかにするための以後の実験に対する基礎データとして位置づけら れる.

研究課題 2 では,Mn2+消光法を用いてマウス卵受精時の Ca2+振動中の Ca2+

流入活性化の程度およびその時間的変化を解析した.Mn2+投与後のfura-2の消 光速度を未受精卵と受精卵とで比較したところ,受精卵では平均して約2倍で あった(図3.3).数多くの測定例を対象に,個々の卵でのMn2+消光速度を直前 の[Ca2+]cyt上昇から Mn2+投与までの時間に対してプロットしたところ,消光速 度は[Ca2+]cytから投与までの時間が短いほど速く,長くなるほど遅くなる傾向が あることが明らかになった(図 3.4).定量的な解析により,[Ca2+]cyt直後に約 3倍に増加し,おおよそ10分の時定数で元のレベルまで減少していく,という Ca2+流入速度の時間的変化が示された.すなわちこれは,Ca2+遊離と同期して Ca2+流入速度も振動していることを示している.

これまでにも,Mn2+消光法を用いてマウス卵受精時にCa2+流入速度が増加し ていることを示した報告はあった(McGuinness et al., 1996).しかしCa2+振 動中の Ca2+流入速度の時間的変化については明らかではなかった.本研究によ り,Ca2+流入速度も Ca2+振動の個々の[Ca2+]cyt上昇と同期して振動しているこ とが初めて明らかになった.これはマウス受精卵では Ca2+遊離によって活性化 されるイオンチャネル(CRAC)を介した Ca2+流入経路が機能していることを 示唆しており,以後マウス受精卵での Ca2+流入の活性化機構の探究を進める上

での基礎となる知見を提供するものである.

研究課題3では,蛍光タンパク質を利用したCa2+蛍光プローブの一つである

cameleon D1ERを用いることにより,マウス受精卵での細胞内ストア内のCa2+

濃度([Ca2+]ER)の変化を初めて明らかにした.さらにストアへの Ca2+の再充 填速度とCa2+流入速度との関係を明らかにした.

D1ERをマウス卵細胞に発現させると, D1ERは小胞体の特徴とよく似た細 胞内分布を示した(図4.2).受精卵でのD1ERの蛍光シグナルは,一過性[Ca2+]cyt

に伴って citrine 由来の蛍光強度と CFP 由来の蛍光強度が互いに反対向きに変

化したことから,[Ca2+]ERの変化をD1ERのFRET効率の変化として検出でき ていると判断した.[Ca2+]ERは一過性 [Ca2+]cyt上昇時のCa2+遊離に伴って急激 に低下し,その後次の[Ca2+]cyt上昇が発生するまで平均約7分の時定数で上昇す ることが明らかになった(図4.3).また,Ca2+遊離は [Ca2+]ERがある閾値に達 っしたところで起こること,その閾値レベルは Ca2+振動開始後から徐々に低下 するが,その後ほぼ一定となることが分かった(図4.3).さらに,[Ca2+]ER変化 と [Ca2+]oとの関係を解析したところ,Ca2+遊離後の小胞体への Ca2+再充填の 速度はCa2+流入速度に直線的に依存することが示された(図4.4, 4.5).

D1ER を使った測定により,マウス卵受精時の Ca2+振動の際の[Ca2+]ER変化 を初めて明らかにすることができた.これは Ca2+振動のメカニズムを解明する 上で必須の情報を提供するものである.受精卵での[Ca2+]ER変化が測定できたこ とで,Ca2+遊離による減少とその後の再充填のサイクルの時間経過を明らかに することができた.また,Ca2+遊離が生じ得る[Ca2+]ERにはある閾値があること,

その閾値が Ca2+振動開始直後から次第にあるレベルまで低下することなども明 らかになった(図 6.1).この閾値の低下は,時間経過が受精後の IP3濃度の上 昇のそれに類似しており,おそらくIP3R/Ca2+チャネルのIP3濃度依存的な開口 確率の上昇を反映しているものと解釈される.

さらに,小胞体のCa2+再充填過程のCa2+流入に対する依存性を実測によって 示すことができたことで,研究課題1で提唱した仮説,すなわち細胞外からの Ca2+流入は細胞内 Ca2+ストアの再充填速度を規定することによって Ca2+振動 の頻度を規定するという解釈を,実験的に立証することができたといえる.

研究課題4では,受精時のCa2+振動の維持に関わるCa2+流入経路として,ス トア作動性Ca2+流入(SOCE)の機能的関与について検証した.SOC阻害剤で あるSKF-96365や2-APBを受精によるCa2+振動中に細胞外に投与したところ,

Ca2+振動に対する抑制効果は見られなかった(図 5.4).また,Gd3+と La3+は,

1 mMではCa2+振動の頻度の減少が見られたものの(図5.3),十分 SOCを阻 害するとされている100 Mでは抑制効果は見られなかった(図5.5).これら の結果により,受精時の Ca2+振動を維持する Ca2+流入経路としては,SOC は 有意に寄与していないものと示唆された.

さらに,小胞体内Ca2+濃度センサーであるSTIM1と,STIM1のターゲット でありSOCの構成タンパク質であるOrai1の機能的関与を検証するため.内在

性のSTIM1/Orai1の相互作用を阻害するタンパク質フラグメント(STIM1-CT ,

Orai1-NT)を過剰発現させる実験を行ったが,いずれも受精時のCa2+振動の頻

度と振幅には影響を与えなかった(図5.6).またMn2+投与後のfura-2の消光

図6.1 Ca2+遊離・Ca2+流入・Ca2+再充填の相互関係 Ca2+遊離・Ca2+流入・Ca2+再充填の相互関係を表したモデル.

① 急峻な[Ca2+]cyt上昇によるCa2+遊離

② Ca2+流入の活性化とCa2+ストア(小胞体)の再充填

③ Ca2+ストアの回復とCa2+流入の減少

速度についても,未受精卵・受精卵両方において影響はなかった(図 5.7).一 方で,内在性 Orai1 を直接活性化すると考えられる STIM1 由来のペプチド

(STIM1-CCb9)を過剰発現させると,受精時のCa2+振動の頻度が顕著に増加 した(図 5.6).また,Mn2+消光法による測定では,消光速度は未受精卵で 2.5 倍程度,受精卵で 1.5 倍程度に亢進していた(図 5.7).以上の結果から,マウ

ス卵でもSTIM1によって活性化されるOrai1を介したSOCEの経路は存在し

ていること,しかし STIM1/Orai1 を介したSOCE は受精時には活性されてい ない,もしくは活性化されているとしてもわずかであり,Ca2+振動の維持には 寄与しないということが示唆された.なお,STIM1-CCb9によるCa2+振動の頻 度の増加は,Orai1 を介した Ca2+流入の活性化の効果として予想される程度よ りはるかに大きい.発現させたSTIM1-CCb9,つまりは内在するSTIM1にも,

従来から知られているOraiの活性化という機能以外にも,Ca2+動態に影響を及 ぼす新たな働きがあることが示唆された.

これまでにタプシガルギンを使った実験からマウス卵でのSOCEの存在が示 されていたが(Kline & Kline, 1992),今回のSOCE阻害剤の実験からは,受 精時には少なくともCa2+振動の維持に有意に寄与するほどにはSOCEは活性化 していないことが示唆された.また,STIM1とOrai1の発現も確認されたこと から(Gómez-Fernández et al., 2009)STIM/Oraiを介したSOCEの活性化経 路が示唆されていたが,STIM1とOrai1のドメインペプチドを阻害剤・活性化 剤として用いた実験から,マウス卵でもSTIM1によって Orai1を介したCa2+

流入が活性化され得るが,受精時の Ca2+振動では機能していないことが示され た.マウス受精時に Ca2+遊離と同期して活性化される Ca2+流入の経路として,

今後はSTIM/Orai を介したSOCE とは異なるCa2+流入経路について検証して いく必要があると考えられる.

本研究は,哺乳類受精卵に見られる Ca2+振動の発生メカニズムの解明を目指 した研究の一環として,受精時のCa2+振動維持に関与するCa2+流入経路の実体 およびその制御機構を探究することを目的として行った.結果として,マウス 卵でのCa2+振動を維持するCa2+流入経路は完全には解明できなかったが,Ca2+

遊離,Ca2+流入およびCa2+取り込みの3つのプロセスが,緊密な相互依存関係 にあることが明らかになったことは,受精卵における Ca2+振動の発生・維持の メカニズムの解明に対する1つの重要な貢献といえる.さらに,Ca2+振動を示 す他の様々な体細胞系での細胞応答に関する研究に対しても,有用な情報を提 供するものと考えられる.

謝辞

本研究を遂行するにあたり,研究方法の初歩から,研究の内容,論文の執筆 に至るまで丁寧にご指導頂きました白川英樹准教授に深く御礼を申し上げます.

また,木所佑介氏,菊池貴志氏には有益な議論だけではなく,実験のサポー トをしていただき深く心から感謝申し上げます.

最後に,様々な場面で貴重な助言や励ましを下さった皆様に厚くお礼申し上 げます.

関連したドキュメント