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第 5 章 細胞内 Ca 2+ 振動における STIM/Orai 系の関与

5.4 考察

あるいはSTIM1-CTを発現させた卵の受精時のCa2+流入の程度を比較したとこ ろ,いずれもコントロール(Venus 発現卵)に対して有意な差は見られなかっ た(図5.8).これらの結果は,マウス卵受精時にはSTIM1/Orai1を介したSOCE はほとんど活性化されず,Ca2+振動の維持には寄与していないことを示唆して いる.

一方,Orai1と相互作用して活性化する作用があるSTIM1-CCb9を発現させ

た卵では,受精時のCa2+振動の頻度が顕著に増加した(図5.6 D,図5.7).ま た,Mn2+投与時の消光速度は,STIM1-CCb9を発現させた卵で未受精時・受精 時ともに有意に増加していた(図 5.8).これらの結果は,マウス卵に存在する Orai1はSTIM1によって活性化され得ること,また活性化されればCa2+振動に 対して有意に寄与するだけの Ca2+流入を担い得ることを示唆していると考えら れる.

図5.7 Orai1-NT, STIM1-CT, STIM1-CCb9のCa2+振動の頻度に対する効果 Ca2+振動開始から2時間で生じた[Ca2+]cytの上昇回数(平均±標準偏差).* は Venus発現卵(コントロール)に対して有意差があることを示す(p< 0.01) .

図5.8 Orai1-NT, STIM1-CT, STIM1-CCb9のMn2+流入速度に対する効果 Venus, Orai1-NT, STIM1-CT, STIM1-CCb9を発現させた卵での0.5 mM Mn2+

投与時のfura-2の消光速度.(灰色:未受精卵,白:受精卵)(平均±標準誤差).

*はVenus発現卵(コントロール), ** は対応する受精卵に対してそれぞれ有意

差があることを示す(p< 0.01) .

を示唆するものであった.

本実験では,SKF-96365, 2-APB, Gd3+, La3+をSOC阻害剤として用いたが,

こ れ ら の 阻 害 効 果 は 必 ず し も SOC に 特 異 的 な も の で は な い . 例 え ば SKF-96365は,電位依存性Ca2+チャネルやTRPチャネルも阻害する(Merritt et al.,1990; Boulay et al., 1997).STIM1によって活性化されるCa2+流入に対

しては20 µMの濃度で顕著な阻害効果を示すことが報告されているが(Liou et

al., 2005),本実験では30 µMでもCa2+振動は阻害されなかった.同様に,Gd3+

や La3+も多くの種類の Ca2+チャネルを広く阻害する.SOCE に対する IC50は それぞれ1 µMと10-100 µMといわれているが,受精時Ca2+振動にはいずれも

100 µMでも阻害効果はなかった.なお,精子を直接マウス卵の細胞質に注入す

ることで誘発したCa2+振動についても,低濃度のGd3+では効果がないことが報 告されている(Miao et al., 2012).

2-APB は約 10 µM 以上の濃度で SOCE を阻害することが報告されている

(Gregory et al., 2001; Kukkonen et al., 2001).受精卵のCa2+振動は10 µM では阻害されず,30 µMではむしろ頻度が上昇した.なお50 µMでは卵が死滅 するため測定できなかった.培養細胞株HEK293においては,2-APBがSOCE に対して二相性の効果を示すことが報告されている(DeHaven et al., 2008). 即ちSTIM1/Orai1経路を介したCa2+流入が,3~10 µM の2-APBで促進され,

逆に30~50 µMでは抑制された.また,SOCを介したイオン電流の測定によっ

ても,10 µMを境とした同様の二相性の効果が示されている(Prakriya & Lewis, 2001).しかし,30 µM 2-APB存在下の受精卵においてMn2+流入速度が増加し ていなかったことは,マウス卵での2-APBの作用はSOCEに対するものではな

いことを意味していると考えられる.

STIM1-CTやOrai1-NTを過剰発現させても,受精卵でのCa2+振動が影響さ れなかったという結果は,SOCEがCa2+振動の維持には関与しないという結論 をさらに支持するものである.STIM1とOrai1タンパク質はともにマウス卵に 発現しており(Gómez-Fernández et al., 2009),また本実験で STIM1-CCb9 によって Ca2+流入が促進されたことは,マウス卵においても STIM1 と Orai1 を介したSOCEが活性化され得ることを意味している.おそらく受精卵での反 復性 Ca2+遊離の際の一過性の[Ca2+]ERの低下は,SOCE を活性化するには足り ない程度なのだと考えられる.Orai1が受精卵でもほぼ活性化されずにいること は,コントロール卵と比較した時の STIM1-CCb9発現卵における Mn2+流入速 度の増加幅が,未受精卵と受精卵とでほぼ同じであったことからも示唆される

(図5.8).なお,STIM1-CCb9発現卵ではCa2+振動の頻度が10倍程度にまで 増加したが(図5.7),これはMn2+流入速度の増加率(約1.5倍,図5.8)に比 べて著しく大きい.従って,STIM1-CCb9による頻度の増加はOrai1を介した Ca2+流入に対する促進効果だけでは説明できない.例えば,Ca2+遊離チャネル や Ca2+取りこみ・排出の能動輸送系などに対して作用したのかも知れない.

D1ER を用いた[Ca2+]ER 変化の測定によって,Ca2+ストアの再充填速度に対す

るSTIM1-CCb9の効果の検証を試みたが,振動頻度が速すぎるため正確な測定

ができなかった.作用機序は不明ではあるが,今回の結果は,Oraiの活性化と は別の,新たなSTIMの機能を示唆しているものと考えられる.

最近,RNA干渉によりSTIM1やOrai1タンパク質の発現を抑制したマウス 卵で受精時の Ca2+振動を測定した実験の結果が報告された(Lee et al., 2012;

Wang et al., 2012).何れの場合も正常卵に比べてCa2+振動の頻度が有意に減少 したことから,著者らはSTIM1/Orai1を介したSOCEがCa2+振動の維持に関 わっていると結論している.しかし,これらの実験系ではSTIM1やOrai1の発 現が卵成熟過程で常に抑制されていることになる.卵成熟は細胞内構造の大規 模な変化を伴う過程であり,小胞体Ca2+ストアの変化も含め,受精時のCa2+反 応に必要な細胞内機構が発達してくる過程でもある(Fujiwara et al., 1993).

従って,STIM1やOrai1の発現抑制の効果は,成熟後の卵での受精時のSOCE

の減少としてだけ現れると単純には解釈できない.実際,彼らが報告している 測定例では,始めの[Ca2+]cyt上昇の大きさが異常に小さい.このことは,STIM1

やOrai1はむしろ卵成熟の間のCa2+遊離機構の発達過程に関与していることを

示唆しているものと考えられる.

本研究課題での実験結果から,マウス受精卵ではSOCEは活性化していない,

あるいは仮に活性化しているとしてもその程度はわずかであり,SOCE 経路を 介したCa2+流入はCa2+振動の維持には寄与していないものと考えられる.研究 課題2で示されたように,Ca2+遊離後には何らかのCa2+流入経路が一過的に活 性化されているはずであるが,その実体としては今後 STIM1/Orai1 を介した SOCE以外の経路を想定して検証していく必要がある.

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