第 4 章 細胞内 Ca 2+ ストア再充填に対する Ca 2+ 流入の影響
4.4 考察
本研究課題では,タンパク性 Ca2+プローブ D1ER と fura-2 を用いて,マウ ス卵受精時のCa2+振動中の[Ca2+]ERと [Ca2+]cytの変化を同時に測定し,Ca2+流 入速度と小胞体Ca2+ストアへのCa2+の再充填速度との関係を明らかにした.
D1ERを用いることによって,今回初めてマウス卵での[Ca2+]ERの変化を測定 することができた.これまでに,Miyawakiらが開発したyellow cameleon(YC)
3-er やYC 4-er をマウス卵に発現させて[Ca2+]ERの測定を試みたことはあった が,いずれのプローブも発現はするものの,全く小胞体に局在しなかった.本 実験でD1ERが小胞体に局在した理由は不明だが,1つはD1ERにはFRETア クセプターとして YFP の代わりに citrine が使われていることにあるのかも知 れない.また,今回用いた RNA の非翻訳領域(UTR)が原因かも知れない.
YC 3-erやYC 4-erを発現させる時に用いたRNAは5’側UTRを持たなかった のに対し,今回pGLS/(A)21x8を使って合成したRNAは,グロビンの5’-UTR
(-globin leader sequence; GLS)を持つ.一般に5’-UTRの配列はリボソー
ムとの相互作用や翻訳開始の制御に関わっている(Kozak, 1991).GLSの配列 によって,小胞体膜上リボソームによる翻訳およびその後の小胞体内腔へのタ ンパク質のco-translationalな移行が促進された可能性がある.しかし,本実験 で用いたRNAやその発現のための培養条件では, D1ERが小胞体に十分局在 しなかった卵もあり,[Ca2+]ERの測定に用いることができた卵は3割程度であっ た.小胞体への局在の効率をより高めるため,今後培養条件等のさらなる検討 が必要である.
本実験でD1ERの測定に用いた励起波長(450 nm)と蛍光測定波長(C: 480
nm, Y: 535 nm)では,細胞内の酸化型フラビン由来の自家蛍光が混入し得る
(Shirakawa & Miyazaki, 2004).マウス受精卵において,フラビン由来の自 家蛍光が[Ca2+]cyt 依存的に変化することが報告されており(Dumollard et al.,
2004),実際今回の測定系でも,D1ERを発現させなかったコントロールの受精
卵で微弱ではあるが自家蛍光が記録され,Ca2+振動の際にYとCの両方のシグ ナルが変動するケースが観察された.自家蛍光の変化は,始めの[Ca2+]cyt上昇時 に最も顕著で,以後の[Ca2+]cyt上昇では微小であった.図4.3の測定例において,
始めの[Ca2+]cyt上昇の開始時に Y/C 比が一過性に上昇しているのは自家蛍光の 影響によるもの思われるが,以後の変化については,Yと C の強度が反対向き に変化していることからも,ほぼD1ER のシグナル変化を示していると考えら れる.
図 4.3 の測定例からも示唆されるように,一過性[Ca2+]cyt 上昇が生じる [Ca2+]ER閾値レベルは,Ca2+振動開始からしばらくの間低下し,その後ほぼ一定 の値となる.この変化は,受精後に精子の PLCが 30~60 分かけて徐々に卵内
に移行し(Knott et al., 2006),それに伴って卵内のIP3濃度が徐々に上昇する こと(Shirakawa et al., 2006; Matsu-ura et al., 投稿準備中)に対応している と考えられる.第1章でも論じたように, [Ca2+]cytの急峻な上昇相はIP3R/Ca2+
チャネルに対する細胞質 Ca2+のポジティブ・フィードバックによって形成され る.細胞質のIP3濃度が高まるとIP3R/Ca2+チャネルの開口確率が増加するので,
IP3濃度が低い時に比べて Ca2+遊離の駆動力がより小さい時点で同等の Ca2+遊 離速度が得られる.即ち,IP3 濃度が高いと,[Ca2+]ER がより低い時点で Ca2+
によるポジティブ・フィードバックがかかり始める [Ca2+]cytに達し得ることに なる.
Ca2+遊離時に[Ca2+]ERが急激に低下し,その後徐々に回復していく一連の時間 経過は,研究課題2で明らかになった Ca2+流入速度の時間的変化(図 3.4)と よく類似している.このことは,マウス受精卵での Ca2+遊離後に活性化される Ca2+流入チャネル(CRAC)が,[Ca2+]ERの低下によって活性化されるいわゆる ストア作動性チャネル(SOC)であることを示唆しているようにも思われる.
しかし,第3章でも論じたように,例えばIP3やその代謝産物であるIP4の濃度 も,一過性[Ca2+]cyt上昇と同期して一過性に増加する.また任意の Ca2+依存性 機能タンパク質も同様に,[Ca2+]cytの変化とともに活性が変動するはずである.
したがって,[Ca2+]ER変化の時間経過との類似性だけでは,マウス受精卵におけ るCRACの活性化のメカニズムを判別することはできない.本研究の課題4で は,SOCE経路の存在を想定して,その受精時のCa2+振動における機能的関与 を検証する実験を行っている(第5章).
本研究課題では,マウス卵受精時の[Ca2+]ERの変化を実測によって初めて明ら
かにできただけでなく,その Ca2+流入に対する依存性を明示したことにより,
Ca2+流入は細胞内 Ca2+ストアの再充填のための Ca2+を供給することで Ca2+振 動を維持するという仮説に対して,実験的な根拠を与えることができた.