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血縁関係から成り立つ家族法文化

ドキュメント内 제8회 한일학술포럼(선명) 수정0830.hwp (ページ 65-75)

1. 概観

(1) 慣習法上の父系血統家族制の概観

朝鮮時代(1392~1910年)において

家族関係は主に儒教倫理に基づく慣習法によって規律されてい た

この時期にも経済六典(1397年)

経国大典(1471年)

大典続録(1493年)

続大典(1746年)

大 典通編(1786年)

大典会通(1865年)

刑法大全(1905年)といった成文法典があったが

家族関係に ついては一部の規定しか設けられていなかった

それは断片的․制限的なものであって

現行民法典の ような統一的․体系的法典ではなかった

朝鮮時代の家族慣習法は

中国の影響を受けた宗法制(儒教理念に基づいた中国․周代の貴族 社会の血縁集団の組織規定で

王位継承と家父長的社会体制確立を目的とした制度である

韓国に おいては

このような宗法制を根幹にした家族生活が営まれてきた)による家族制度をその根本にしており

その結果

男系血統中心の祭祀本位をその特徴としている

このことは父系血統主義を意味し

韓国固 有の特殊な制度である姓不変原則

異姓養子禁止

夫婦別姓制

同姓同本不婚制といった制度 は(詳細は後述)

このような父系血統主義に由来したものである

しかし

絶対不変制度であると思われてきたこれらの制度も

時代の流れと様々な原因による社会の変 化につれて修正せざるをえない過程を経ながら今日に至っている

(2)

来の日本家族制の概観

日本における旧来の 家族制度 は

家 および 家父長制 の二つの要素が分かち難くむすびついて いる家族秩序であるとされる1)

では

家 とは何か

また家父長とは何なのかといった問題があるが

以 下では

家 の制度について極めて簡単に触れてみたいと思う

1) 川島武宜‧イデオロギーとしての家族制度(岩波書店, 1968年)p.32

第一に

家 について

従来から今日に至るまで

家を普遍的な家族形態の一つとして見るか

ある いは日本の特有な家族制度と見るかといった定義をめぐる多くの議論2)が展開されてきたが

家 という現 象の明確な概念的定着はまだ今日のところきわめて困難な作業であるという

明治民法の起草者は

江 戸時代に事実として存在するところの 家 という現象を明治時代に法律上の操作的概念でとらえ

ついに 戸籍上に一つの家として記載されているかどうかということによって家の現象を法的にとらえようとした3)

すな わち

明治民法起草者の梅謙次郎は

我邦ニ於テハ今尚ホ戸主制ヲ存シ戸主ハ家族ニ対シ一定ノ 権利義務ヲ有シ其間ニ自ラ一ノ団体ヲ成セリ…如何ナル者ガ戸主若クハ家族ナルカ即チ戸主ト家族トヲ 以テ組織セル家ナルモノノ構成ヲ定メ…)

すなわち

家族は単に戸主の親族またはその配偶者で足りる のではなく

必ず戸主の家に在ることを要するものとし

此ニ家ト云フハ有形ノ家屋ヲ謂フニ非ス法律上ノ 家籍ヲ謂ヘルモノニシテ実際ニ於テハ同一戸籍ニ在ル者ハ即チ同一ノ家ニ在ル者ト謂テ可ナリ4) と説か れ

明治民法732条( 戸主ノ親族ニシテ其家ニ在ル者及ヒ其配偶者ハ之ヲ家族トス )を解している

そし て明治民法は

戸主の親族である六親等内の血族

三親等内の姻族(725条)は戸主の家に在ること によってその家族になり

妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル (788条)

また 子ハ父ノ家ニ入ル (733条)と し

家 の構成員を定めている

このような 家 は

以下のような特色があるといわれる5)

① 家 というのは

建物をいうものではなく

また実際に家族的な共同生活をしている人々の集まりをいう ものでもない

それは

藤原家とか徳川家とかいう場合の 家 の字が示すように

先祖から引き続き将来 にわたって一定の血縁者によって維持されてゆく団体である

すなわち

家 は血縁團体であって

構成 員の死亡 出生 婚姻などによる変動はあってもその 同一性 を保持して存続してゆくものだという信念を伴 うところのものである

家への所属は

原則として

父系の血統(男子を通して連続する血縁)によって定 まるが

擬制的血統によっても存在する

例えば

養子制度が認められ

家族構成員の妻が夫の家の 構成員とみなされている6)

特に

血縁団体が一定規模以上の軍事的 農業的経営体をめざす以上

非血縁者をその末端に抱え込まざるをえない(例

郞従や所従 下人)

それは

いかなる時代の集団に とっても蓋然的な現象が現われている

すなわち

超血縁性 を十分備えているとは考えにくいということ だ7)

2) 藤井勝‧「近世農民の家と家父長制」永原慶二外2人編‧家と家父長制(早稲田大学出版部, 2003年)p.51以下 3) 川島武宜‧前掲書p.32以下

4) 梅謙次郎‧民法要義(親族編)<復刻版>(有斐閣, 1985年)p.13以下

5) 以下は, 主に川島武宜/来栖三朗外2人‧家族法相続法講義(日本評論社, 1970年)p.4以下を参照 6) 川島武宜‧前掲イデオロギーとしての家族制度p.33

7) 石井紫郎‧日本人の法生活(東京大学出版会, 2012年)p.79

②家の 同一性 は, 家 の名としての 姓(氏) および祖先祭嗣の同一性によって象徴される

この ような性質をもつ家は

旧武士 地主層においては特に明確である

一般庶民層

特に農民にも程度の 差はあるが

一番はっきり現われるのは

農村において家名(いえな=屋号)と呼ばれるものである

明治 になるまでは一般に農民は姓を使うことが許されなかった(詳細は後述)

それぞれの個人がどの 家 に属 するのかを明らかにするために

家名というものがあった

家名は

新屋(にいや) とか

或はまた鍛冶屋

(かじや)とか油屋(あぶらや)とか

そのほかいろいろなものがあった

明治以後は日本中の人間がすべ て姓を持つことになり

今日では姓のない者はいないが

多くの農村では今でも

戸籍簿に書いてある姓 を使わないで昔ながらの家名を使っているところがあるという

また

家長は代々同じ名を使ったのであっ て

家長が死んだりするとその跡をついだ者が 襲名 をするのが常であった

すなわち

この範囲では

個人の名も実は個人の名ではなく 家の名 であったのである

したがって

姓 は

多くの場合に

決して個人を示すただの符牒(符号)として使われているわけではな く

ある 家 に属する者だという考え方を伴っていたのである8)

すなわち

姓 は家の呼称である

第二に

家 における身分組織(家父長制的)について

家 の中には

厳格な 身分 の定めのあ る家父長制がある

家長が家族構成員に対して支配命令し

家族構成員が家長に服従する関係であ る

戸主がその一番上にあり

次の代の戸主になることを予想される長男がその次に位する

親は子に対 する支配者であり

夫は妻に対する支配者である

女は一般に身分が低い

家の中にあるこのような上 下の 身分

その間にある支配・服従の関係には

貴族・地主・百姓 金持・都市の労動者等のそ れぞれによって種々の違いがあり

旧武士 地主層にあってはその程度が強く

一般庶民層にあっては原 則として弱いといわれる

このように

家 の中の身分組織の原理に従った家族内の 身分 の差別と序 列が

はっきりとあらわれていた

かかる上下の 身分 とそれの基づく支配・服従とは

家 を一つのまと まった共同体として維持するために欠くことのできない共通の要素であった

 

第三に

家 には家のもつ財産がある

家 の財産というものは家長の個人の財産から区別して考え られてきた

家長(戸主)は

家 に属する人々の頭として一番高い地位にあり

彼らを支配しただけで なく

同時に 家 の財産の主体でもあった

しかし

家 の財産は

家長個人の好き勝手で処分し得る ものではなく

家 に付いたものであるから

家長を 家 の財産の管理者と呼ぶほうがふさわしい面もあ る

だから

家督相続(後述)は

家長個人から次の家長個人へ財産がうつることではない

財産の主 体は家長の死亡や隠居(いんきょ)などによって少しも変ることなく存在している 家 であって

家督相続の場 合にはただ 家 の財産の管理者が代わるのだと見ることができる

家督相続では常に長男が一人で相続

8) 川島武宜/来栖三朗外2人‧前掲書p.5

したのは

家 の財産について相続が行われたからなのである

以上のように

家 の財産は 家 のものであって家長の個人財産ではないということは

それが 家 の 人々の生活の最後のよりどころになる

という意味をもっていた

しかし

実際においては

家長が一人で 家の財産を管理したのであるから

家 の他の人々(家族)は家長に泣きつかなければ

家 の財産に 頼ることはができなかった

このようにして家長はしばしば 家 の他の人々の死命を制した

だから

家長 が単独相続によって 家 の財産を一人で占有するということが

家 の他の人々に対する家長の支配権 力(身分組織)の基礎をなしたのである9)

要するに

日本のおける 家族制度 というのは

人が 家 を中心として集団をつくり

その中で支配 服従の 身分組織 に立ちつつ

そこに生活の最後のよりどころをもつこととする制度である

したがって

そこでは個人は身分的にも経済的にも独立の地位をもつことがなく

家 とか戸主とかに支配されつつこれ にたよっているのである

このような関係においては

個人は

家 の伝統と

戸主や親や夫

あるいは 年上の者の意思決定とに従わなければならなかった

しかし

家 が各個人の生活について責任を持っ ていてくれるのであるから

その意味においては

一種の安心感をともなう制度なのであった

その代わり に

そこでは

人が自分の行動や自分の生活について独立に自分の意思で決定することは許されなかっ た

しかも

支配者たる戸主や親自身すら

まったく自由に独立に自分の生活や行動を決定することがで きたわけではない

彼らは

また

より上級の本家や親分などによって支配され

その代わりに

また

そ れらの人々によって保護や保障を得ていたのである10)

 

2. 姓 (氏)について

(1) 韓国における父系の 姓 本 の

承と家族

韓国の伝統的家族は

姓と本が同一の父系血統を中心に成り立っている

姓 とは原則的に父系血 統を表示するものであり

各個人の姓によってその所属している血統を分別することができる

しかし

同 一の血統を有する多くの人が各地に分散した結果

各地域に分散した一派を表示するための標識が必 要となり

そのために生じたものが 本 である

すなわち

各地に分散された所属祖先の発祥地名を意味 するものが本と呼ばれるものである

本は

貫籍

郷貫

籍貫

旅本とも呼ばれるが

通常は 本貫 と 呼ばれている

9) 上掲書p.8 10) 上掲書p.9以下

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