第三章 mei(每),QP から構成される α-GIC
3.9. 先行研究
3.9.1. 英語の研究
みんな yiqi 持ち上げるAsp 一 Cl ピアノ みんな一緒に一台のピアノを持ち上げた。
mei(每)と似ているものとしては、吕叔湘 (2002)で「普称」「各称」と呼ばれる「叠用单位
词(重複して用いられる量詞)」が挙げられる15。
(138) a. 人人 都 抬 起 了 一 架 钢琴。
人々 Dou 持ち上げるAsp 一 Cl ピアノ
人々は、それぞれ一台のピアノを持ち上げた。
b. *人人 一起 抬 起 了 一 架 钢琴。
人々 Yiqi 持ち上げるAsp 一 Cl ピアノ
しかし、Barwise & Cooper (1981)は、全称量化の「∀」と存在量化の「∃」という記号だけ では、量化表現構文の意味をすべて表示しきれないので(たとえば、more than half, most など17)、「determiner」と「set expression」という概念を用意して、「quantifier」というも のを再解釈した。
(140) Quantifier
Determiner Set expression [Barwise and Cooper (1981): p.162]
これにより、英語のeveryの意味を(141)のように説明している。
(141) ||Every|| is the function which assigns to each A⊆ E the family ||Every|| (A) = {X⊆
E | A ⊆ X }. [Barwise and Cooper (1981): p.169, S(5.b)]
(142) [[[Every]Det [woman]N ]NP [sneeze]VP]S [Barwise and Cooper (1981): p.173, (16')]
しかし、そもそも記号だけでも、難解な上、「determiner」、「set expression」などの概念 についての説明がほとんど皆無に等しいため、everyの持つ意味が十分に表されているとは 言えない。
3.9.1.2. Lakoff (1970a)
Lakoff (1970a)は、(143), (144)のような例にはそれぞれ二通りの解釈がありうるのに対し
て、(145), (146)の例には一通りの解釈しかないことに注目した。Lakoff (1970a)では、(143a),
(144a)のような解釈は「group reading」、(143b), (144b)のような解釈は「quantifier reading」
と呼ばれている18。
(143) That archaeologist discovered nine tablets. [Lakoff (1970a): p.160, (1)]
a. あの考古学者は、9枚の板の束を一度に発見した。
b. あの考古学者は、9枚の板をばらばらに発見した。
17 Barwise and Cooper (1981, p.161)は、高階集合論理 (high-order set-theoretic definition)と呼んでい る。
18 「group reading」は、本論文の「集団解釈」、「quantifier reading」は、「分配解釈」とほぼ同 じ趣旨だと考えられる。
(144) All the boys carried the couch upstairs. [Lakoff (1970a): p.160, (2)]
a. すべての男の子たちは、一緒に長いすを上階へ運んだ。
b. すべての男の子たちは、それぞれ長いすを上階へ運んだ。
一方、(143)と(144)と違って、fewやeveryが現れる(145)と(146)では、「quantifier reading」
しかとれない。
(145) That archaeologist discovered few tablets. [Lakoff (1970a): p.160, (4)]
あの考古学者は、少数の板をばらばらに発見した。
(146) Every boy carried the couch upstairs. [Lakoff (1970a): p.160, (3)]
男の子たちは、それぞれ長いすを上階へ運んだ。
Lakoff (1970a)では、「group reading」はともかくとして、「quantifier reading」がとれた場 合、fewやeveryなどのQuantifierにQuantifier Lowering(もしくはQuantifier Raising)とい うルールが適用されると、表層構造において、最も左に生起するQuantifierは、LFにおい ても、より高い位置に生起するはずだと述べられている。ところが、なぜ多義的な(143),
(144)と違って、(145)と(146)が一義的になるのか、しかも、分配解釈しか取れないのか、と
いう点については述べられていない。
3.9.1.3. Roberts (1990)
Roberts (1990)は、(147)と(148)が「distributive reading」しかとれないことに注目した。こ れは、「distributivity」を作る「quantificational force」要素のeachが生起しているためだと されている。
(147) Each man lifted a piano. [Roberts (1990): p.77, (3)]
どの男の人も、それぞれ一台のピアノを持ち上げた。
(148) Bill, Pete, Hank, and Dan each lifted a piano. [Roberts (1990): p.77, (4)]
Bill, Pete, Hank, と Danは、それぞれ一台のピアノを持ち上げた。
一方、eachが生起していない(149)と(150)は、「distributive reading」と「group reading」
の両方ができて、多義的である。
(149) Four men lifted a piano. [Roberts (1990): p.77, (1)]
a. 四人の男が一緒に一台のピアノを持ち上げた。
b. 四人の男がそれぞれ一台のピアノを持ち上げた。
(150) Bill, Pete, Hank, and Dan lifted a piano. [Roberts (1990): p.77, (2)]
a. Bill, Pete, Hank, と Danが一緒に一台のピアノを持ち上げた。
b. Bill, Pete, Hank と Danがそれぞれ一台のピアノを持ち上げた。
Roberts (1990)は、Link (1987)のD-operatorという概念を用いて、(151)のような式で分配読
みを表す述部の意味を解釈している。
(151) DVP: = λx∀y [atomic-i-part-of (y, x) → VP (y)] [Roberts (1990): p157, (83)]
そして、もし述部にD-operatorが現れたら、(152b)のようなimplicitな場合でも、(152c)の
ようなexplicitな場合でも、分配読みが生じる。つまり、(152d)のような解釈が含意されて
いる。一方、D-operatorがなければ、(152a)のような集合読みがとれるようになるが、(152d) のような解釈が含まれていない。
(152) a. Bill, Pete, Hank, and Dan lifted a piano. cf.(150a) b. Bill, Pete, Hank, and Dan D[lifted a piano]. cf.(150b) c. Bill, Pete, Hank, and Dan each lifted a piano. =(148)
d. Pete lifted a piano. [Roberts (1990): p.158, (94)]
しかし、このような記号の羅列だけで、果たして文の意味が十分表されているのか、疑問 を禁じえない。