第4章 恵まれた世代の不安感一一「若者」の名義で弁護する
第3節 「若者」という立場で自分のために弁護する
ますます開放的で自由な経済社会で成長してきた若者の文化、特に「80后」世代のライ フスタイル、意識、道徳基準、審美観、趣味、価値観、ファションなどは前世代とははっ きりと区別される。彼らは結果よりも過程を重視する。人を評価する時、伝統的な道徳基 準ではなく、市場基準を使う。周りの物事に対して、国内の基準だけではなく、国と接す るような視線で見ている。抽象的な政治基準で人と物事を判断する前世代と比べ、現在の 若者は具体的な利益基準で半11断する。それゆえ、一方的に古い判断基準を使って、現在の 若者を評価することは避けるべきことである。
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改革開放時代の出生世代の価値観や考え方もかなり変わってきた。この変化は現在の中 国の経済発展水準や改革開放後の社会発展に相応しいとも言える。若者たちの成長過程に おいて生じてきた問題だけを取り上げて、若者全体について、その発展にみる合理性と進 歩を疑うことはできないだろう。
インターネッートで何気なくニュースをみれば、「今の若者」についての報道や言説を多く 目にする。今の若者世代は、特別な理由もないのに、仕事を続けない、すぐやめる。能力 は低下しており、これからの我が国を任せるのには不安がある。最低の道徳や尊敬の常識 すらなく、自分勝手に振り舞う。政治意識ない、個人主義、利己主義、信仰がない。吟の 若者は行動する前に、頭を使っているかどうか」という言説まで見かけた。そして、多く の学者、専門家と呼ばれる人たちばかりではなく、前世代の人々でさえ、「今の若者もうダ メだ」、「もし、今の若者たちを私たちの時代に置き換えれば、OOO」などと、いろいろ 議論している。
r80后」に属する私から見ると、いろいろな疑問を感じる。こういう批判的な評価は、
その大半が前世代からみたものである。成長した時代や経験が違うことから、「80后」に ついて、前世代の人々がどのくらい理解しているのか疑問を感じる。
それゆえに、論文の最後で、自分の立場から、「若者」の立場から、こうした批判的な評 価を見直すというか、自分たちの行動を弁護することが必要だと思う。具体的なこと、よ
く批判されることを中心に、自分たちの言語や行動について説明しておきたい。
(1) 「80后」の就職と職業観一一実態と世間の評価のあいだのギャップ
最近、人民日報・華南新聞(11月8日)に掲載された調査報告によると、近年職場に入っ てきた80年代出生の若者たちは、他の世代と比べて「最も責任感の薄い世代」と評判にな っているという。彼らの一番の特徴は、困った時「転職」をするか、消極的な態度を取る かなどであって、決して積極的ではないという評判である。
このような」つの世代に対する調査と評価は、近年、流行している。私自身、このよう な調査結果を信じるか信じないかについては、簡単には言えない。この調査結果は調査デ ータを分析して析出された解釈だということだろうか。しかし、一方で信憲性が感じられ ないのは、自分や自分の周りの同じ世代の人たちは決してそうではないので、なぜこのよ うに言われるのだろうかと思うからだ。すなわち、実感からかなりかけ離れた解釈が、調 査結果からなされていると思う。
また、調査方法についても疑問を感じる。人民日報の調査を例にすると、回収されたア ンケート3000票のうち、1000票だけが「80后」であるにもかかわらず、この1000票のア ンケートから中国2億の「80后」は「責任のない世代」と言っているのである。これでは、
統計が有意な形で結論づけられているとはとても言えない。
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私白身はまだ職場に入ったことがないので、私たちは絶対にそうではないと言い切れな いが、新聞や雑誌などで報道された「80后」の成功者たちも存在することにも目を向ける べきである。また、自分の周りや同世代の友人たちは、本土で就職しており、彼らは仕事 に対して熱情をもっており前向きで一歩一歩まじめに取り組んでいる。「すぐに転職する」、
そういった現象は「80后」だけに限ったことなのだろうか。みんな困難に直面した際には、
同じように考えるのではないか。社会環境の面からそのように規定されている面もあるの で、現在日にする現象を単に一つの世代の人に押し付けて責めることはできないだろう。
実際、頻繁な転職は、確かに「80后」を「職業道徳がない」と簡単に結びつけることを 助長する。しかし、「転職」の理由を聞いてみると、「転職は、職業を尊敬する表現である」
と「80后」たちは考えている。
一生懸命仕事をして、残業して、会社を愛することは、職業を尊敬することである。20 世紀80年代出生の人は、仕事のために徹夜もよくしており、同時に頻繁に転職する。この ような行動は、彼らにとって、r自己価値の実現」過程なのである。
「転職は自分の見聞を広める、そして、自分に相応しい職業を見つける。もしも、好き な仕事ができたなら、だれが転職するだろうか?」、「転職したいのは、現在の会社で、昇 進の余地もないから。時間を無駄にしないように、次は将来性のある仕事を探す」。「80后」
にとって、職業を尊敬するとは、「職業の技能を尊敬すること」であり、前世代の「会社を 家とする」観念とは違っている。「80后」は、国家利益、集団利益よりも、自己価値の実 現を期待している。
近年、就職情勢は明るくないことについて、専門家たちは就職難問題の表面的な理由は
「拡招」(各大学、学生を拡張すること)で、その根底にある理由は大学生自身の就職観の 問題だという二「確かに、大学生、特に農村から全国統」試験を受けて都市部の大学に入っ た人のなかで、農村に戻る人は少ない。ところが農村は、最も人材を必要とする場所であ る。こういう点からみると、現在の若者の就職観念にも問題があると言えるのではないか」
と言っていた。
私は、そのような発言は間違っていると思う。「80后」はとりあえずさておき、70年代 後期の大学卒業者から90年代後期の大学生にかけて、「下からチャンスを探す」という観 念に変わってきた。当然、その中には現実に向きあっていない子もいるが、ほとんどの人 たちはこの観念一の影響を受けている。「エリート」から「普通の労働者」への社会的役割の 転化は20世紀末から既に始まった。今の「80后」はこうした現実に更に厳しく直面して いる世代なのである。
専門家と呼ばれる人たちは、なぜ大学生は暇も人材が必要な所」へ行かないかを分析 しない。そして、一方的に今の若者を責めることに終始している。こういう「最も人材が 必要な所」にこそ、大学生の就職にとって、地域の経済状況や仕事の環境面など、特に人 材養成の面で相応しくないものが多いのである。例えば、人員任用制度である。大学生は
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都市で就職するのは難しいが、自分が努力することで必ず自分の席を得ることが出来る。
しかし、本当に「人材が必要な所」へ行ったならば、自分は将来苦しい立場に置かれる可 能性が大きい。将来のリスクを避けて、自分の将来に大きな賭けをしない。これが理性的 な選択ではなくて何だというのだろうか。
以前、テレビで見たある画面をまだ覚えている。農村のある政府役人は「大学生がどの くらい来ようと関係ない、何人でも私たちは歓迎します」と言った。この話を聞くと、何 だか今の景気はいいんだなあと思う。問題は、その地域が、大学生にどのような職業を提 供できるかということである。その人員任用制度は人材発展の可能性があるのか、大きな 疑問を感じる。現在の就職情勢をすべて「80后」たち自身の問題に還元して見ることにも 問題があると思う。今の就職情勢のなかで肝要なことは「社会問題」として正視して、「構 造的な問題」として調整することである。そうではないと、一途に吟の若者はダメだ」
と信じ込んでしまうので、問題の解決は更に困難になる。
私が大学を卒業したのは2006年で、その時期は、大学生就職問題は人々の高い注目を集 めていた。その時のデータによると、2006年に上海の大学や短大を卒業した人たちの中で、
中小企業の底辺で就業しているひとは約3万人に達する。それは全卒業生の24%を占めて