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自己修正モデ ル(SCM)の位置 づけ

ドキュメント内 序章 (ページ 57-62)

第2章  パブリック・リレーションズにおける自己修正モデル

第4節  自己修正モデ ル(SCM)の位置 づけ

左側の受動的(reacvtive)行為は、自己修正を行なう主体(以下、主体という)に、自己 修正を促す外的要因を決定するもので、-2 は最も外からのインパクト(促し)が強い要因、

-1 は一段インパクト(促し)が弱い要因となっている。右側の能動的(proactive)行為は、自 己修正を促す内的要因を決定するもの。能動的/受動的自己修正として表している。

Y軸:行動内容を規定する修正行為。

一番下の表層的(superficial)な自己修正行為は、主体にとって全く重要性のある事象に関 わらない修正行為で、一番上の本質的(substantial)な自己修正行為は主体の根幹に関わる修 正行為である。Y軸での修正の場合、時として外的要因で表層的になったり本質的になっ たりもする。つまり主体が関わる環境によってポジションが左右される。本質的/表層的 自己修正として表している。

 

第4節 自己修正モデ ル(SCM)の位置 づけ   

自己修正モデル(SCM)の中でも中枢となる自己修正を機能させるには、自分の状況は もちろんのこと、相手の状況をよく知っておくことが重要となる。そのために双方向性コ ミュニケーション(対称性を有する、2章2節3参照)を確立し、ターゲットからの反響・反 応をフィードバックし、自己修正の材料にすることが必要となるのである。また、自己修 正は倫理観に支えられていなければならない。組織体が最大多数の最大幸福を求めて事業 活動を行う時、法律に触れないからといって市場や社会環境を混乱に陥れることは、それ による目的達成が可能であったとしても、相互の持続的繁栄を考えた場合よい結果をもた らすとは考えられない。

前にも述べているが、近年日本で続発する不祥事の根源は、倫理観に加え、双方向性を 持ったコミュニケーションと自己修正機能の3つの要素を有するパブリック・リレーショ ンズがうまく働いていないことにあるといえる。またこれまで述べたように、パブリッ ク・リレーションズで世界の最先端を行く米国においても、2001 年のエンロンの倒産や 2002年のワールドコムの倒産で米国第7位、同第5位の巨大企業が、倫理観の欠如により いとも簡単に資本市場から退場を迫られるのである(奥村, 2002, pp.1-3)。そこにはパブリ ック・リレーションズの機能不全が散見される。

健全なパブリックは、民主主義社会の中でのみ存在しうる。前述したが、これまで米 国のパブリック・リレーションズは、組織体が双方向のコミュニケーションを通して、パ ブリックとの差異や、誤りを認識したとき、対象となるパブリックとの間で「調整」や「変 化」、「適応」といった行動により、より良い方向への関係構築を行ってきた。しかしな がら修正行為を行なう場合、どのような機能を用いてどのように行うのかが明確に提示さ れていない。

自己修正は、これまで生物学や経済学、教育学、コンピュータ・サイエンスなど他の

分野で使われてきた用語である(2章3節参照)。序章第1節でも示したが、本論文でいう自 己修正は、修正行為に人間が介在し、倫理観と、双方向性コミュニケーションが伴うこと により初めて機能するパブリック・リレーションズにおける新しい概念で、この概念を取 り入れた新しいパブリック・リレーションズのモデルを筆者は自己修正モデルと名付けて いる。

また本論文の序章に示したがこの自己修正モデルは、パブリック・リレーションズの モデルであると同時に、人間の「行動規範」を示すモデルともいえる。多文化・グローバ ル社会での異なる個人や集団による相互の良好な関係の構築・維持のために必要とされる もので、互いが違いを受け入れ、修正することが極めて重要となるからだ。

 

1 組織体の不祥事に見られる共通の問題点   

前述のように日本の組織体における不祥事はあとを絶たない。不祥事をみると共通の 問題点があることに気がつく。倫理観、双方向性コミュニケーション環境、自己修正機能 の欠如である。ここでいくつかの事例を通して自己修正モデルが問題解決のために如何に 必要とされるか考察してみたい。

① 倫理観の欠如

② 双方向性のコミュニケーションが不在

③ 自己修正の欠如  

1.1 JR西日本鉄道事故の場合   

2005年4月25日朝、兵庫県尼崎市のJR宝塚線(福知山線)で快速電車が脱線した事 故では、107名もの尊い命が奪われた。鉄道事故で100人以上の犠牲者が出たのは1963年 に起きた横須賀線(横浜市)の鶴見事故以来で、戦後6件目。国土交通省航空・鉄道事故 調査委員会の調べによると今回の事故は、カーブ内側にあたる右側の車輪が浮き上がり、

そのまま先頭車両が軌道から逸脱して左側に倒れ込んだ「転覆脱線」だった可能性が高い ことが判明。過去にも国内で転覆脱線は起きているが、今回のように速度超過や急ブレー キが原因とみられる転覆脱線は極めて特異なケースである。

事故の主因は、メカニズムな問題と考えられているが、その経緯をたどってみると、

日本で多発する一連の不祥事の中に浮かび上がる、一つのパターンが見えてくる。そこに 共通しているのは、「倫理観」「双方向性コミュニケーション」そして「自己修正機能」と いったパブリック・リレーションズのベースとなる3つの要素の不在であり、こうした視 点から、JR宝塚線脱線事故を筆者なりに分析する。

 

1.1.1 倫理観の欠如   

新聞報道によると、JR西日本の大阪支社長は、今年度 4月初めに、収益性を最優先に 掲げ、安全輸送を第2の目標に置く文書を全社員に送っていたといわれる。私鉄との激し

い競争の中、収益性を意識するあまり、高速化や超過密ダイヤなど、JR 西日本は、輸送 力の拡大に固執してきた。その結果、安全対策がおろそかになり、このような大惨事を引 き起こしたといえる。脱線電車に乗り合わせた運転士が救済活動せずに現場を立ち去った り、事故発生当日に社員が宴会を開くなど、厳しい見方をすれば、倫理観の片鱗も窺うこ とができない事例である。

 

1.1.2 双方向性コミュニケーションの欠落   

一般的に、顧客からのフィードバックには 2 種類あり、顧客が声を上げて要請してく るものと、サービス提供者側が、顧客の要望を察知し、吸い上げるものとがある。

今回の事故の場合、JR 西日本は財務経営にはしりすぎ、安全第一という、顧客の基本 的で真の要望を認識できなかった甘さが、ずさんな危機管理につながったと考えられる。

新型自動列車停止装置(ATS)の導入や脱線防止ガードの設置に積極的でなかったことか らも、安全管理に対する不備は明らかである。

また、社内のコミュニケーションも双方向とは言いがたい状況である。双方向性コミ ュニケーションが機能不全であっただけではなく、全て一方向のトップダウン形式であっ たことが窺える。トラブルが起きれば、その原因追及よりも個人責任を追及するといった 企業体質が明らかになりつつあるが、そのような環境の中、社員一人ひとりが自己防衛に 走り、利用者の視点を見失ってしまったのではないだろうか。常に過度のプレッシャーが 与えられている状態で、危機発生時の適切な自己判断や自己決定ができるはずがない。ま してや、特に当人と上司の関係におけるフラットな情報流通を可能とする対称性をもった コミュニケーションは期待すべくもない。

 

1.1.3 自己修正機能の欠如   

1991 年 5月に起きた信楽高原鉄道事故や国土交通省からのオーバーランに関する勧告 など、過去に自己修正する機会は何度かあったはずである。しかし、報道内容を見る限り、

JR 西日本は、そのチャンスを見過ごしてきた。これは、明らかに自己修正の欠如といえ る。経営サイドとは別に現場でも車掌と運転士の口あわせで、オーバーランの距離を虚偽 報告するなど、個人責任の追及を逃れるために、ミスやトラブルの隠蔽が日常化していた という報道もある。これでは、事故の予兆を組織全体として正確に把握し修正を試みよう としても、その機能が有効に働かなくなる。

このような大きな事故が発生してしまう背後には、その原因となる企業体質つまり企 業風土が深く関係していることが考えられる。まず、社内ですべてをオープンにして自ら を客観的に見据え、組織の階層(ヒエラルキー)を超えて十分な分析・討議を行い、正面か ら問題に向き合う事が極めて重要といえる。その上で、企業風土を全面的に見直し、オー プンで透明性のある企業文化を育てていくこと。さらに、コンプライアンス(法令順守)

の徹底、安全を最優先事項に据えた運行体制の再構築といった取り組みをベースに、再発

防止策を講じなければならない。

また輸送業界では、乗客を運ぶことは、ある意味で、乗客一人ひとりの命を預かり、

その人生を一時期背負っているともいえる。まして、路線鉄道は、利用者にとってほかの 航空機や車両とは異なり、別の路線を選択する条件はほとんど与えられていない独占公的 機関と見ることができる。このことを十分理解して、経営者をはじめ全ての社員が安全を 最優先する強い意識を持たなければならない。そのためには、最も基本的な「安全第一」

の思想に立ち返り、安全教育の徹底を図ることが急務となる。

今回のケースは、これまで紹介してきた、パブリック・リレーションズを成功に導く要 素が、ことごとく欠落していたために起こってしまった悲劇的事故であったといえる。

パブリック・リレーションズの手法を経営戦略に組み込み対処していれば、今回の事故 を未然に防ぐことが可能だったと考えると、非常に残念なことであった。

 

1.2 BSE 問題の場合   

BSE(牛海綿状脳症)は、1986 年にイギリスで発見された牛の病気である。日本では

2001年9月に千葉県の農場で初の牛海綿状脳症 (BSE:狂牛病) の発生が確認されたことが 発表されたが, 政府の対応はスムーズなものではなく、この問題に対する日本政府の危機 対応の甘さを指摘せざるをえない(井之上, 2002a, pp.342-349)。

この事例においても、「倫理観」「双方向性コミュニケーション」そして「自己修正機 能」といったパブリック・リレーションズのベースとなる3つの要素の欠如が認められる。

 

1.2.1 倫理観の欠如   

BSE 問題における日本の危機意識の欠如と対応力の脆弱性は、英国で世界初の感染牛 が発見された86年に遡って見ることができる。この英国全土をゆるがしたBSEの公式発 表後、日本政府内ではこの問題に真剣に対処することはなかった。農林水産省が初めて調 査チームを英国に派遣したのは、英国で「狂牛病」が前年比で7,228 頭から一挙に14,407 頭に増えた90年6月である。恐らくこの段階でも、まだ日本にとっては対岸の火事としか 考えられていなかったことが窺える。この時日本は、初期における英国政府が「狂牛病」

問題にとった対応が英国民への情報開示や、危険性を認識させる努力の怠りなど、失敗の 連続であったことを反面教師として活かすべきであった。我が国はこの段階で国内に対策 チームを作り、英国での情報収集に止まらず、この事件が日本にどういった問題をもたら すのか、経済的、社会的、法律的な見地で分析し、起こりうるべきことを予見し、必要な シュミレーションを行うべきであった。

また世界中を震撼させた英国でのBSEの人間への感染の可能性が公表された直後の96 年4月上旬、世界保健機関(WHO)による牛への肉骨粉(Bone Meat Beef)などの使用禁 止勧告に対して、農水省では数回の関連委員会を開催するに止まり、その法的規制が講じ られることはなかった。

ドキュメント内 序章 (ページ 57-62)