第3章 報道分析における自己修正モデルの事例研究
第7節 仮説の検証
本論では、第1章からこれまで自己修正モデルが如何なるのもであるかその理論的整理 を行い、本章での事例データ分析により、自己修正モデルの理論と事例に基づく検証を行 ってきた。また、今まで既に明らかになったように、設定された仮説、「自己修正モデルに は倫理観、対称性双方向性コミュニケーション、自己修正の3つの要素で構成され、これ ら3つの要素が統合されることで自己修正が機能する」の中で示される「3つの要素と統 合性」についての関係性がみられた。本節では、理論ベースで提案した筆者のモデルが実 証ベースでどのように位置づけられているのかを以下で明らかにする。
本章第6節でも明らかにしたように、事例検証には8つの事例を取り上げた。それらは、
①薬害エイズ事件(1996年3月〜97年2月)、②百貨店の商法違反事件(1996年6月〜同 年8月)、③食品会社の牛肉偽装事件(2002年1月〜同年4月)、④大型トラックタイヤ脱 落事故(2004年3月〜05年11月)、⑤電力会社の原発事故(2004年8月〜06年1月)⑥ アスベスト事件(2005年6月〜06年11月)、⑦家電メーカー製の温風機事故(2005年11 月〜06年1月)、⑧介護派遣会社の虚偽申請事件(2007年6月〜同年9月)である。この うちBtoB、B to C各4社である。
本事例検証は、設定された仮説である、自己修正モデルに必要な、「倫理観」、「対称性 双方向性コミュニケーション」、「自己修正」の3つの要素とこれらの「統合性」について 検証した。一つの事例の中でも、自己修正行為は目まぐるしく行われる。ここでは、これ ら3つの要素が際立って機能したケースと機能しなかったケースをそれぞれ代表的に2例 取り上げて考察する。そうすることによってその有効性が理解できるからである(データ は巻末添付資料1.1-1.8)。
まず最初に、自己修正モデルの3つの要素のベースとなる「倫理観」が事例の中でどの ように有効に機能していたか考察を加える。自己修正マップには倫理の尺度としてのX軸 がもうけられているが、本論第2章第3節の自己修正プロットの概要で記しているように、
X軸は倫理観ベースの修正行為で、取り組み姿勢の度合いを示したものである。8 事例は 前述したように、いずれも企業不祥事が原因でメディアに報道されている。したがって 8 事例のうち⑥アスベスト事件を除く7事例は、外部からのインパクトによって自己修正行 為が始まっていた。つまりX軸は受動的範囲(マイナス)からはじまっていたということ である。それらは通常X[-2]あるいはX[-1]に位置される(但し、これまで示したように、5 段階評価の中心点の位置によっては X、Y ともに[0]が受動的範囲に入ることもある)。こ こで、顕著に倫理観にかかわる個所を事例から引き出し検証していきたい。
倫理観の際立った欠落によって起こされた事件として、③食品会社の牛肉偽装事件があ る。日本経済新聞(以下社名を省く)2002年1月23日朝刊は、X社の牛肉偽装を報じ、
同社社長が全面的に事実関係を認めた記者会見を行ったことを報道、X軸を含めた自己修
正位置(S-CP:Self-Correction Position)は<受動・表層>エリア(X[-1]:Y[-1])からスタ ートしている。狂牛病(BSE)問題で、国の救済制度を悪用した倫理観のかけらも見る ことができない詐欺事件である。当然X軸はマイナスからスタートしているが、同社はそ の後も、1月27日の紙面にもあるように偽装工作の仕組みが報じられ、農水省の指導によ り牛肉・牛肉加工品230品目の製造・販売中止を決めたことが発表される(X[-1]:Y[0])。
その後、「偽装牛肉1.4トン水増し、センター長倉庫会社に虚偽の証明書を依頼」(02年1/28 朝刊・X[-1]:Y[-1])、「強制捜査へ、本社でも国産牛に偽装、XA 社長ら 8 役員退任」(02 年 1/30 朝刊・X[-1]:Y[-1])といった倫理観が欠落したネガティブな報道が続く中で、会 社ぐるみの疑いも濃厚になり、以降一度もプラス方向に向かうことなくそのまま会社解散 に追い込まれた。倫理観が全く機能しなかったケースといえる。本章第6節2.3.1でも記し たように、他の7事例のX軸の中心点平均が2.6を示す中で、本事例のX軸中心点は8事 例の中で最低数値(1.8)を示している。
倫理観欠落のもう一つのケースとして①薬害エイズ事件が挙げられる。この事例は、東 京と大阪の地裁で争われているHIV訴訟について原告・弁護団が、被告企業に対し「恒久 対策に関する統一要求書」を渡したという記事(1996年3/1朝刊)から始まる。その後、
12ヵ月間にわたり和解案受入れ、52億円の赤字で初の無配、特別損失の計上、L社長の辞 任、A 社への強制調査、A 社歴代3社長の逮捕、AB新社長の就任などのトピックスが相 次ぐ。そして翌年2月、B製薬により救済合併されることになりこの薬害エイズ事件は一 応の収束を見ることになる。
この事例において、倫理観ベースの取り組み姿勢の度合いを示す X 軸の一次直線は緩 やかな下降線(角度:−0.00758)を描いている。これは、企業不祥事史上例の無い現職を 含む歴代3社長の事情聴取・逮捕・起訴といったネガティブな事象が大きな要因となった。
薬害エイズ事件は、70年代後半から80年代にかけて日本で非加熱血液製剤を投与された 患者がHIV感染し、500名を超える死者を出した事件である。この背景には、加熱製剤の 承認後に血液製剤メーカーが一斉に非加熱製剤の販売中止や自主回収を行ったにもかかわ らず、最大手のA社は、企業利益を優先させ販売を続けるという倫理観の欠如する行為が あった。こうした過去のつけが回り、歴代社長の逮捕に繋がったことになる。この事例に おいて、歴代3社長の事情聴取・逮捕・起訴という事象が無かったと仮定すれば、X軸の 一次直線は下降線をたどることなく上昇傾向を示したはずである。
前述したことだが、パブリック・リレーションズにおける倫理観の萌芽は、20 世紀の 初頭に活躍した「PRの父」と呼ばれる米国の実務家I. Leeの活動に見て取れる。彼は、「行 動規範宣言(Declaration of Principles)」をメディアに配布し、倫理観の伴う活動を明文化し た。Lee は、パブリックを無視した利益至上主義の企業経営が一般的であった時代にあっ て、パブリックの知らされる権利を主張した(2章1節2参照)。Leeが活躍していた時代 から1世紀を経た今日においても、③食品会社の牛肉偽装事件や①薬害エイズ事件を見る 限り、「パブリックの知らされる権利」は確立していないようだ。
一方、倫理観が有効に働いたケースの代表的な事例は②百貨店の商法違反事件のケース である。事件発覚5日後の6月15日には商法違反事件で逮捕された元取締役総務部長が「会 社のため現金渡した」(6/15 夕刊)などと逮捕容疑を全面的に認める供述をおこない、X 軸はマイナスに大きく振れ、プロットによる自己修正位置は、本事例の前半(96年6月-7 月初旬)において最も悪い状態に急落した(X[-2]:Y[-2])。続く7 月1日(朝刊)は、「現 役役員を逮捕、商法違反容疑で経営中枢をさらに追及」(X[-1]:Y[-1])、「商法違反事件で 元専務が総会対策費承認の容疑を認めた」(X[-2]:Y[-2])など、刑事事件にかかわる最悪 な報道が続く。これまでの行為がいかに倫理性に欠けていたかが容易に観察できるが、後 半(96年7月中旬-8月)に入って「管理組織の改革検討、専門チーム発足へ」(96年7/10 朝刊・X[0]:Y[0])や7月27日の「業務刷新委設置へ」(X[+1]:Y[0])での社内の意思決 定機関の問題点の明確化や社内規則の見直しを行なうなど能動的態度がみられる。8月27 日の朝刊紙面「商法違反事件の反省、組織見直しなど検討」(X[+1]:Y[+1])では、株主総 会のあり方や総務部や財務部を見直すなど、抜本的な改革が決められ、信頼回復を目指す 内部からの能動的な修正行為が見られ、一連の報道に組織内に倫理観が戻ってきたことが 窺える。つまり、倫理観が欠落すると企業は問題を起こし、倫理観が戻ってくると企業は 安全な方向へ志向する。
もう一つのケースとして⑥アスベスト事件にみられる倫理観の高さである。この事件は、
2005年6月29日、アスベスト(石綿)の製造メーカーの1社であるJ社が、アスベスト が原因で工場従業員や外部業者など計79人が、胸膜や腹膜に起きるがん(中皮腫)などで 1978年度以降死亡していることを明らかにしたことに始まる(05年6/30朝刊・X[0]:Y[0])。
これらは作業中の吸引が原因とみられた。J 社は、一般住民 3 人に見舞金を支払うことを 公表。この見舞金(一人当たり 200 万円)について、石綿製品を製造していた社会的責任を 明確にするため、救済措置を自主的に決めた。発病についての因果関係や法的責任の有無 が確認されていないこの段階で、企業サイドの判断で見舞金の支給や、亡くなった患者へ の弔慰金支出の内規を決定したり、石綿疾病患者治療の基金設立などの対策も検討された。
7月29日、厚生労働省は「周辺住民らの被害把握を急ぐ」狙いで、アスベストによる労災 認定事業所を公表。名指しされた企業が戸惑いを見せる中でJ社は事実関係の把握作業に 既に着手。遺族に弔慰金や見舞金の支払いを決めたり、その後も「地域住民に対して従業 員並みの補償の発表(12/26 朝刊・X[0]:Y[0])や、2006 年に入っても、周辺住民に対し て社員を上回る最高4,600万円保証枠の提示や救済金支払いなどを決定(06年1/19朝刊・
X[0]:Y[+1])している。当事例において5段階評価の中心点はX軸が2.9となっているの
でX[0]は能動的となる。同社の繰り返し行なわれる修正行為から企業倫理意識の高さを感
じ取ることができる。J. Grunigは、倫理観を伴い社会的責任にも積極的に取り組む対称性 の双方向性コミュニケーションのモデルが、パブリックからの信頼を得ることにより、結 果的に組織運営のうえて高い効率性が発揮されるモデルであると位置づけており(2 章 1
節3参照)、この事例における自己修正は、こうした望ましいモデルとの重なりを見せてい る。
次に、自己修正モデルを構成する2つ目の要素である「対称性双方向性コミュニケーシ ョン」について検証する。
一般的に対称性双方向性コミュニケーションを新聞報道で観察するのは難しい。理由は 当事者でないとどのようなコミュニケーションがとられていたのか分かりづらいからであ る。しかし、第2章でも論じられたように、Grunigらは、非対称性の双方向性コミュニケ ーションのモデルは、倫理が欠如した、社会的責任を考慮しない、組織体の運営には非効 率なモデルであると断じている(J. Grunig, L. Grunig & Dozier, 1992, p.40)。またJ. Grunig は、良心や善意をベースにした対称性の対話(コミュニケーション)が倫理的なパブリッ ク・リレーションズの活動を可能にすると論じている(J. Grunig & L. Grunig, 1996, p.45)。
つまり、倫理観の存在しているところでは対称性双方向性コミュニケーションが成立する ことを明らかにしている。対称性双方向性コミュニケーションは相手も変化し、こちらも 変化することを意味する。
ここでは 8 事例の中で対称性コミュニケーシヨンの欠落によって起こされた事件とし て、⑦家電メーカー製の温風機事故を挙げることができる。これは「R社が買い取り、緊 急対策200億円」(05年12/7朝刊・X[-1]:Y[0])の記事見出しにあるように、事故後の対 応には積極性を感じさせるものがあるも、同日(12/7)の夕刊は、温風機に外気を送り込 むホースの交換作業マニュアルの不備をついた「R社温風機マニュアル、ねじ締め付け軽 くて十分」(X[-1]:Y[0])について報道している。そして翌日の紙面では「対応後手に R 社苦悩、顧客名簿処分も裏目、販売はPL法以前」(05年12/8朝刊・X[-1]:Y[+1])と報じ られる中で、これまで小出しにしてきた対策が招いた悪循環と論評される結果となった。
「社説:R社の事故を他山の石に」(05年12/13朝刊)ではいくつか注目すべき記述がある。
ひとつは、「現場の認識が管理層、さらには経営層に伝わらなかった。組織内の意思疎通の 悪さが被害を広げる大きな要因となった」(X[0]:Y[0])と論評され、巨大企業にありがち な組織の硬直化による双方向性コミュニケーションの欠如が観察できる。
もう一つのケースの⑧介護派遣会社の虚偽申請事件では、「昨年末から不正が発覚して も8日まで公の場での説明がなかった」(07年6/9朝刊)、また株主総会において「『HA氏 には反省の色が見えない』とする株主も多く、詳細な説明を求める質問が続出(中略)一 部の株主の間ではしらけたムードも漂った」(9/29 朝刊)と論評されるなど、ステーク・
ホルダーに対する双方向性コミュニケーションの欠如が随所に見られた。この株主総会の 模様を伝えた報道がこの事例の最後の記事(X[0]:Y[-1])となり、世論の位置する方向で ある<能動・本質>エリアに向かうことなく幕引きとなった。
一方、対称性双方向性コミュニケーションが有効に働いたケースの代表的な事例には⑥
「アスベスト事件」がある。始めは(05年 6 月-11 月)の、「石綿原因?で 79 人死亡、J 社発表――社員ら中皮腫などで」(05年6/30朝刊・(X[0]:Y[0]))にみるJ社が自ら発表