第3章 報道分析における自己修正モデルの事例研究
第3節 危機管理時における報道分析による自己修正モデルの事例研究
本章冒頭でも述べたが、自己修正がその行動の結果、世論を良い方向に導くものとして どの程度の有効性を持つのか、本節では事例による危機発生時の報道分析をとおして自己 修正の変容を観察し、パブリックとの関連性をみていく。民主主義社会のなかで健全なマ スメディアが繁栄し、健全なパブリックが育つ。ここでいうパブリックは健全なパブリッ クが前提となる。
1 マスメディアにおけるニュース報道の考察
私たちは、自らが直接経験しない世界に関する情報の多くをマスメディアに依存して いる。そして社会に発生する多くの出来事のうち、マスメディアが何を取り上げ何を無視 するかによって、我々の社会に対する認識はある程度まで決定される(竹内, 児島 & 橋 元, 2005)。我々は、新聞、テレビ、ラジオ、出版などのマスメディアが存在しなかったら、
自分の身の回りのごく狭い範囲の出来事しか知ることができず、マスメディアなしには生 活することは困難となるだろう。
また民主主義社会はマスメディアの自由で品位ある活動によって支えられているとい える。マスメディアは真実を報道する自由を持っていなければならない。健全なマスメデ ィアは人間の知る権利を保障し自由で平等・公正な社会を建設・維持する基礎となるから である(藤竹, 2005, pp.10-11)。
藤竹暁(2005)はその編著『日本のマスメディア』の中でマスメディアの定義を以下の ように行なっている。マスメディアは、「新聞、ラジオ、TV、雑誌、書籍、映画、CD、
ビデオ、DVD など最高度の機械技術手段を駆使して、不特定多数の人びとに対して、情 報を大量生産し、大量伝達する機構およびその伝達システムをいう。」(p.13)
近年、ニューメディアの発展によって新しいメディア空間が創出されたり、一つのメ ディア空間に別のメディア空間が組み込まれることによって空間のもつ特性が変化したり するいわわゆる情報環境の変容がみられる(東京大学新聞研究所, 1990, pp.61-67)。これ
までの活字技術や無線技術を基本にした新聞、雑誌、ラジオ、テレビなどに加えて、通信 とコンピュータの融合によるニューメディアの登場はこれら空間特性を変化させる。たと えば、インターネットや多チャンネル CATV・衛星放送の登場は家庭の生活形態や情報行 動にも影響を与える。
マスメディアの中でオーディエンスとの信頼関係が強いメディアは新聞とテレビとい える。稲葉ら(編)(1995)の『新聞学‐第3版』によると、NHKが1985年と1990年に 全国16歳以上の男女を対象に行なった『日本人とテレビ』調査によると85年では、「世 の中の出来事や動きを知る」にはテレビ、一方、「政治や社会の問題を考える」には新聞と 人々の間でメディアの使い分けが行なわれていた。これが 90 年では新聞の位置づけが後 退し、どちらの場合にもテレビが一番役に立つと考える人が多くなってきたと論じている。
同書はまた、日本新聞研究所の調査データを引用し、「新聞とテレビの機能評価比較」で は、「最新の出来事を知ることができる」のはテレビが77.4%、新聞が10.0%と新聞が大 きく引き離されているものの、「くわしい内容がわかる」についてはテレビが23.7%であ るのに対し、新聞が59.4%と逆に大きく差をつけているとしている。そして、「世の中の 真相をより深くつきとめることができる」では、新聞が40.5%、テレビが20.1%となって いる(p.14)。
またテレビに代表される映像メディアは「百聞は一見にしかず」というように、写真や 映像は多くを語ることができるが、必ずしも真実を語っているとは限らない。原因の一つ として視聴率を考え、視聴者に心地よく、わかりやすくうけとめてもらうための演出や脚 色を行なう可能性は否定できないからである(猪股, 2006, pp.51-52)。
以上の事柄で本章における報道分析の対象媒体は、テレビではなく新聞がより目的に かなっていると把握した。
1.1 メディア・リテラシーと報道
しかしながら、メディア報道は万能ではない。事実を伝えるにあたって、記者の主観 をまじえずできるだけ客観的に伝えることが客観報道であるが、これに対する様々な批判 があり、問題点が指摘されている。取材する記者の過度な主観の介在や情報源の扱い如何 によっては客観報道から逸脱し偏向した内容になるからである(新聞報道研究会編 1995, pp.184-196)。
水越(2002)によると、メディア・リテラシーとは、「人間がメディアに媒介された情 報を、送り手によって構成されたものとして批判的に受容し、解釈すると同時に、自らの 思想や意見、感じていることなどをメディアによって構成的に表現し、コミュニケーショ ンの回路を生み出していくという、複合的な能力のことである。」(pp.92-93)。
また水越(同)は、メディア・リテラシーには2つの側面があると論じている。1つは、
1980 年代通信の自由化とコンピュータと通信の相互乗り入れによるマルチ・メディア化 の急速な進展で、これまでの新聞やテレビとは異なった機器(PC、携帯電話、デジタルビ
デオなど)を利用者がどのように使いこなすのかといった側面。2 つ目は、構造疲労を起 こした新聞社や放送局が、誤報ややらせ、また人権侵害を引き起こすような事件を次々と 起こしたことによりメディア・リテラシーの覚醒を促した側面で、オウム真理教事件、阪 神・淡路大震災、ペルー日本大使館公邸占拠事件などの報道のあり方は、市民のマスメデ ィアに対する不信感を決定的に募った(pp.94-95)。
1.2 新聞メディアの特性
明治維新とともに始まった日本の新聞は紆余曲折を経て明治末期には「報道新聞」とし ての地位を確立し日本における現代型新聞の骨格が固まった(天野,村上編, 1996, pp.1-2)。
日本新聞協会研究所(編)(1995)で発行されている『いま新聞を考える』ではマスメディ アを通して伝えられるニュース報道は、その内容や報道の態様により4つに分類されてい る。
第一はストレート・ニュースあるいはスポット・ニュースと呼ばれるもので、手法は 記者の主観をまじえない客観報道。政治、経済、社会そして国際といった多様な分野で 日々起きつつある事象を伝え、個人的な意見・主張をできるだけ排除している。5W1Hを 基本にして事実をありのままに伝えることが重要視されている。
第二は、一般に調査報道と呼ばれるもので、第一の部類が、発生する事象を追いかけ る「事象先行型」の受身の取材であるのに対して、取材者個々人の問題意識に基づいた視 点で隠れた事実を掘り起こして報道する、より能動的な取材によるものであり、取材対象 決定における問題意識や切り口など記者個人の主観に左右される部分が大きい。したがっ て記者の姿勢が公正、誠実であることが報道に信頼性を与える条件とされる。
第三は、キャンペーン報道と呼ばれるカテゴリーで、暴力追放や公害防止などの読者 に広く受け入れられる目標を掲げその目標に沿う報道を意図的に続ける手法で、記者個人 の意思より新聞社としての意思が加わるとしている。
第四は、論評や解説を中心とする報道である。新聞には社説があり、ストレート・ニ ュースに連動した解説や論評も不可欠となる。TV、ラジオ速報のリアルタイム性が顕著 になるにつれて、いま起きつつある事象の背景や意味するところをじっくり解説、論評す る機能。
しかしながら、情報ソースから得られた情報がどのくらい客観性を持って正確に報道 されているかについては、人間が携わるニュース報道ゆえに個人の主観をまったく排除す ることはできない。報道にいたる全てのプロセスで記者や編集者の価値判断や感情が関わ ってくるからである。重要なことは、報道する際に記者はそうした作業のありようを踏ま えたうえで可能な限り公正で公平な報道を心がけなければならないということである
(p.193)。
本章における報道分析はこれら 4 つのカテゴリーの中で、主として第一のストレー ト・ニュースを基本とした客観報道、加えて調査報道、キャンペーン報道、論評、解説報
道が重なり合ったものとなっている。
日本のメディア環境における大きな特色は、記者クラブ制度を持っていることである。
天野、村上(編)(1996)によるとかつて共同通信社の編集局長だった原寿雄は、日本のジ ャーナリズムの現状を、「発表ジャーナリズム」という言葉で表したが(pp.7-8)、日本 のニュース・メディアは全国に設置されている記者クラブ発の情報に多くを依存している といえる。近年はオンライン・メディアの登場で報道環境は変化しつつあるが、危機管理 時の組織体からの提供情報は、記者クラブを経由してそれぞれのメディアを通じて発信さ れる。その結果、新聞紙面が他紙と同じような内容となる傾向が強まる。
2 報道分析の妥当性
個人は社会の現象をメディアを通して把握している。ほとんどの人が小泉元首相やブ ッシュ大統領に直接会っていないが、この2人の姿形はもとより、その考え方や行動様式 も一般的によく知られている。これは、日常接するメディア報道の影響を受けていること にほかならない。このことは、メディアの報道内容を分析・評価すれば、報道内容が読 者・視聴者にどのような影響を与えているかを知ることができることを意味する(井之上, 2006, p.215)。報道分析を通して自己修正行為を把握することにおいて、見逃がすことので きないものは、先に挙げた日本の記者クラブ制度である。企業(特に大企業や上場企業)
が不祥事を起こした際は、企業側から提供される情報はその属する業界の所轄官庁や業界 団体に所在する記者クラブなどへ配信され、これら記者クラブの担当記者から第一報が発 信される場合が多い。流される情報は前項で述べた、ストレート・ニュースで客観報道で ある。本章の報道分析は多くの場合、この客観報道がベースとなる。
本報道分析には新聞メディアである日刊紙を選んだ。その理由は、前述の全国110を 超える記者クラブの中でも中央官庁に所在するメディアは、全国紙を持つ大手新聞社、通 信社、東京にキー局をもつテレビ局などに加え、最近では一部の外国メディアや通信社の 加入に限られており(井之上, 2006, pp.34-35)、記者クラブに所属していないオンライン・
メディアなどニューメディア系の媒体は企業から提供される第一次情報へのアクセスが困 難だからである。
したがって本報道分析は、記者クラブに加入している全国配布の日刊紙を調査分析の 対象とした。
こうした理由から本章における調査分析対象として日本を代表する経済紙である内外 の経済情報や企業情報、株式情報が最も充実している日本経済新聞を選択した。日本経済 新聞は「1876年に創刊し、一貫して『中正公平』な言論報道に徹し、クオリティーの高い 情報を発信。国際社会の発展に貢献する『経済を中心とするリーディング・メディア』を 目指し、社会や読者からの信頼に応える。日経の読者は、様々な方面の人脈を生かし、情 報の受信、処理、発信の能力に優れた『ネットワーク人間』で、企業の役員・管理職の割 合が高い。現在は国内25ヵ所、海外8ヵ所で同時印刷。東京、ニューヨーク、ロンドンの