第2章 パブリック・リレーションズにおける自己修正モデル
第1節 倫理観の考察
パブリック・リレーションズに求められている自己修正は、倫理観に支えられていな ければならない。例えば組織体の場合、法律に抵触しないからといってむやみに市場や社 会環境を混乱させることは、仮にそれによる当面の目的達成が可能であったとしても、企 業の社会的責任1や持続的な繁栄を考えた場合、良い結果をもたらすことにはならない。
組織体として倫理観を持ち、必要なときに自己修正が機能することにより、企業としての レピュテーション(品格)や高いコーポレート(企業)・ブランドの確立が可能となるか らである。
本節では、倫理観の歴史的変遷やパブリック・リレーションズにおける倫理の変遷につ いて示し、最後に現在のパブリック・リレーションズにおける倫理観はどのようなものな
のかを論じる。
1 倫理観の歴史的変遷
倫理観という言葉はよく耳にするが、なんとなく使用されることが多く、明確な意味 を持って使われることのほうが少ない。Oxford English Dictionary によると「Ethics (倫理 観) 」とは道徳上の行動規範を意味し、また広辞苑によると、「道徳」とは、「行為の善 悪を判断する基準として、一般に承認されている規範の総体」と示されている。つまり倫 理観とは善悪の判断を基準とした行動規範としての観念であると把握できる。この倫理の 探究をする学問が「倫理学」であるが、「倫理学」は善・悪の観点から人間の行為を研究 する学問であるといえる。ここで、倫理学の歴史を概観してみる。
岩波書店の『哲学・思想辞典』によると、倫理学は古代ギリシャのSokrates(前470/469
〜前399)にその萌芽がみられ、「…人間はただ生きることではなく、よく生きることだ」
としている。つまり、倫理とは、ただ単に生きているのではなく、人間が「よく」生きる ことを目指すものである。Sokratesの孫弟子Aristotoleも、人間の「よい」生き方を問題に する。そして、人間の善や幸福を探求する哲学に初めて「倫理学」という名を与え、人間 の「見る」「なす」「作る」の三つの働きに対応させて、哲学を「理論学」「実践学」「制作 学」に区分し、倫理学をこの中の「実践学」に属すると分類・規定している。今日の哲学 を「理論哲学」と「実践哲学」に大別し、倫理学が実践哲学に位置づけられているのは、
この分類に由来する。
その後、中世のキリスト教(A. Augustinus、T. Aquinas)を中心とした倫理思想、近代初 頭の倫理思想、近代イギリス倫理思想(T. Hobbes、J. Mill)そして近代フランス(J.
Rousseau)、ドイツ(E. Kant、G. Hegel)の倫理思想へと、歴史とともに変遷していく。な かでもT. Aquinas(1225頃-1274) はギリシャのAristotole哲学を独自に評価・解釈しキリス ト教化した人物である(McInerny,2006, p.8)(St.Aqunas,1994)。Aquinas が倫理学において 貢献した点として2点挙げることができる。ひとつは、倫理の中心としての「徳」を確立 したこと。人間行為の基本原理は目的ゆえに行為するということであり、それゆえ究極目 的を達成してのみ至福に到達できることになるが、現世において神的本質という完全な至 福を獲得することは不可能なのであり、それゆえ至福への道としての徳(人間徳と対神徳)
こそが目的となりうるとし、徳の重要性を理論的に確立した点である(稲垣, 1979, pp.189-191)(新カトリック大辞典-第3巻, 2002, p.1336)。もう1つは、自然法の概念を統 合した点(沢田, 1995, pp.15-22)である。Aquinasにおいて自然法の根本原理は「善は成す べきであり、悪は避くべきである」というものであり、理性に従うすべての行為は常にこ の規範の下にあるとした点である(新村編, 1995, pp.653-654)。
その後、哲学・倫理思想の歴史の中では、そもそも「善」とはなにか、「よい」とはな にかという根本的問題が問われるようになった。例えば、西洋のキリスト教的伝統のうち では、「神が存在しているのなら何故に悪は存在するのか」という問いが、「弁神論」と
いう形で議論されてくる。近世哲学者のG. Leibniz(1646-1716)の弁神論が代表的なもの であるが、もし、神が全知全能で善的存在であるならば、悪など存在しえないではないか、
という問いになんとか答えようとする限りで、善や良さの根拠が神的なものに求められて いることが分かる(Leibniz, 1990)。
一方、R. Descartes(1596-1650)からE. Kant (1724-1804) やG. Hegel(1770-1831)に至 る人間中心主義的な近世哲学においては、善や良さの根拠が、人間の内側に求められるよ うになる。Kantが倫理道徳を扱った『実践理性批判』において最も有名な言葉は、「わが 上なる星輝く空」と「わが内なる道徳律」の二つこそいつも尊敬を伴って私の心を満たす ものである、というものであるが、ここにおいて、倫理の根幹が神から人間の内面へと変 化してきていることが分かる(黒崎, 2000, p.18)
2 パブリック・リレーションズにおける倫理観の変遷
ここまで歴史的な倫理観の変遷を見てきたが、それにしても、私たち人間は本質的に
「かかわる」存在である。ふたたび『哲学・思想辞典』によれば、日本の哲学者、和辻哲 郎は『倫理学』において、倫理学とは、「人の間」としての「人間」の学であると定義し ている。人間らしさとしての人間性は、個人と個人の「間」性にこそ成り立つのである。
パブリック・リレーションズになぜ倫理観が欠かせないかといえば、個人も組織体も、
他者やパブリック(一般社会)との関係を構築するうえで、普遍的な倫理的価値観という ある一定の基準をシェアし実践することが逆に個人や組織体の自由性を増大させる。結果 として一定の自由性を確保しながら最短距離で目標達成を可能にする大きな要素となる。
そして倫理的であることが結局、総合的には、考えられる最善の結果をもたらすことにな るだろう。ここで、パブリック・リレーションズにおける倫理観はどのような変化を遂げ てきたかを概観してみることにする。
パブリック・リレーションズにおける倫理観の萌芽は、20 世紀の初頭に活躍した「PR の父」と呼ばれる米国の実務家I. Lee (1877-1934) 2 の活動に見て取れる。牧師を父に持つ Lee はそれまでの、プレス・エージェントとは異なる立場をとり、正確性、信頼性、顧客 の利益を信条に掲げてパブリシティ業務を行った。1906 年ペンシルバニアで起きた炭坑 ストライキに関わった際の専門家として信頼性を高める職業宣言ともいえる誓約文、「行 動規範宣言(declaration of principles)」をメディアに配布し、倫理観の伴う活動を明文化し た。
Leeは、パブリックを無視した利益至上主義の企業経営が一般的であった時代にあって、
パブリックの知らされる権利を主張した。その点でLeeは、倫理的視点を自らの活動に反 映させた最初の実務家であると共に、パブリック・リレーションズの新たな時代の幕開け を促した立役者であったといえる。
第1次世界大戦後から5年後の1923年、初めてパブリック・リレーションズを理論と して体系化し、その職業範囲を規定したBernaysは、第1章第1節でも紹介したが、初の
パブリック・リレーションズの専門書Crystallizing Public Opinion(Bernays, 1923/1961, p.17) を出版した。Bernaysは同書において、Leeの「パブリックの知る権利」を一歩進めて「パ ブリックは理解されなければならない」とした。Bernays は、パブリック・リレーション ズの持つ奥行きの深さと幅の広さ、そして社会の世論形成に対する強大な影響力を認識し ていた。その上で Bernays は、パブリック・リレーションズの実務家は、組織体とパブリ ックの間に立つメディエータとして、パブリックをよい方向に導くための活動、つまり倫 理観のある行動が不可欠であるとした(pp.56-57)。続いて30年イエール大学教授であった
H.Childs は「パブリック・リレーションズの基礎となる機能は、組織体に対して取り巻く
パブリックとの調整を支援することにある」(Cutlip, Center and Broom, 2006, p.4)として、
相手の利益を考えた活動の重要性を主張した。その10年後の1940年、米国における初め てのパブリック・リレーションズの専任研究者であるR. Harlow(1940)は、自著のPublic
Relations in War and Pearceの中の、聖書の言葉を引用し、「人にしてもらいたいと思うこ
とは何でも、あなたがたも人にしなさい」と、この世を支配する原因と結果の法則は、パ ブリック・リレーションズにも適用されるとして、パブリック・リレーションズが善意に とどまらず、倫理に基づく善行が不可欠であると明記した。また72年に発覚した、ウォー ターゲート事件などに見られる高度経済成長下における企業の過度な利益追求主義がはび こる中、Harlowは76年、それまで明確に提示されなかった「倫理」という言葉をパブリ ック・リレーションズの定義に取り入れ、倫理の必要性を強調した(序章2 節1参照)。パ ブリック・リレーションズの実務家に企業活動の社会的責務への認識を促したものともい える。同じ時期に活躍した「コーポレート・パブリック・リレーションズの父」と呼ばれ る(Griese, 2001, back cover)実務家A. Page(1883-1960)は米国の民主主義は国家運営を 行う上で理想的と考え、民主主義国家における全ての企業体はパブリックからの信頼によ って存続が可能となるとの信念を持ち (Harlow, 1952, p.13) 倫理的な活動を重視した。パ ブリック・リレーションズにおける公益の実現を重んじる (p.13)思想は、彼がフィランソ ロピーの先駆者として40年代から組織体による公益の実現に向けた、今日でいうCSR(企 業の社会的責任)活動に反映されている。
先にも紹介しているが、1952年、20世紀後半に活躍した米国における代表的なパブリ ック・リレーションズの研究者であるCutlipは、米国モトローラ社のパブリック・リレー ションズ担当副社長を務めた経験を持つ実務家である A. Center(1912-2005) との共著、
Effective Public Relationsを出版した。52年の初版では Cannonの生命体に備わる恒常性維 持(ホメオスタシス)の概念をパブリック・リレーションズに適用し「環境の変化に調整・
適応(adjustment and adaptation)できる組織体だけが永続する(Cutlip & Center, 1952, pp18-19)」とする概念を理論の根底にすえ、組織体の永続を可能にするのは組織体とそれ を取り巻くパブリックの双方に利益をもたらす倫理的な活動にあるとした(pp5-6)。94年 に出版された第7版からは「倫理とプロ意識」という章を独立して設け、哲学的な倫理の 成り立ちや倫理が専門職としての土台として機能することを詳細に述べている(Cutlip,