第 3 章 生体内肝臓構造模擬モデルによる肝細胞アンモニア代謝機能の変化
3.4 考察
47
3.4.2 せん断応力負荷時におけるアンモニア代謝量の変化
肝細胞のみモデルにせん断応力を負荷するとせん断応力なしに比べ 2 倍のア ンモニア代謝量を示した.このモデルでは肝細胞の上にコラーゲンゲルが存在 するため,せん断応力が直接肝細胞に負荷されてはいない.したがって,この 機能向上は2.4.3で述べたせん断速度による影響だと考えられる.また肝細胞・
星細胞のモデルは肝細胞のみモデルより高いアンモニア代謝量を示したことか ら,せん断応力負荷時においても星細胞による機能向上効果は発揮されている ことが分かった.
一方で,肝細胞・内皮細胞のモデルは肝細胞のみモデルより1.5倍のアンモニ ア代謝量を示した.この結果は静置培養における結果と異なっており(Fig. 3-5), 内皮細胞が肝細胞機能向上に関与したことを示している.これは3.4.1の第2パ ラグラフで立てた仮説の通りであり,せん断応力によって影響を受けた内皮細 胞が肝細胞機能向上を引き起こしたからだと考えられる.内皮細胞がせん断応 力の影響を受けて変化する機能として一酸化窒素(NO)の産生が挙げられる.
生体外で培養した内皮細胞にせん断応力を負荷することで培養液中の NO 濃度 が上昇する[64].本研究における肝細胞・内皮細胞のモデルでは内皮細胞にのみ せん断応力が負荷されているため,内皮細胞が NO を産生したと考えられる.
NOによる肝臓機能への影響は従来研究で報告されており,肝硬変を生じたラッ トに体内 NO 濃度を上昇させる薬剤であるアルギニンを投与すると肝硬変が改 善し[65],生体外で培養した肝細胞にアルギニンを付加すると肝機能が向上した [7].従来研究と本研究結果から,本研究で生体内の肝臓構造を模擬して内皮細 胞にのみ血流を模擬したせん断応力を負荷することで,内皮細胞が NO を産生 し,産生されたNOが肝細胞機能を向上させたと推測される.
肝細胞・星細胞のモデルおよび肝細胞.内皮細胞の培養モデルにおいてアン モニア代謝量が向上したことから,3種細胞を培養した肝臓構造模擬モデルでは 前述の 2 つのモデルより高いアンモニア代謝量が示されると推測していた.し かし,肝臓構造模擬モデルと肝細胞・星細胞のモデルは同じアンモニア代謝量 を示した(Fig. 3-6).肝臓構造模擬モデルにおいてせん断応力を負荷すると,せ ん断応力なしの場合よりアンモニア代謝量が 4 倍高くなった.従来研究におい て,生体内の肝臓から取り出した肝組織に特定のせん断応力(0.05 Pa ~ 2 Pa)を 負荷すると,流れを負荷しない場合よりアルブミン産生量が向上した[59].この 従来研究と本結果から,生体外で肝臓構造模擬モデルを構築してせん断応力を
負荷すると,せん断応力の効果により高いアンモニア代謝量を示したが,その 機能向上度合いは予想より小さいことが明らかになった.したがって,生体外 で肝臓機能を高めることのみを求めるならば,肝臓構造模擬を構築する必要性 はないと考えられる.
Fig. 3-6の結果と内皮細胞における従来研究から,内皮細胞によって産生され
た NO が肝細胞機能向上に関与している可能性が示唆された.また,肝細胞・
星細胞もNO産生することが知られている[66].したがって,全てのモデルにお いて NO 濃度に依存してアンモニア代謝量が増加したと考えられる.そこで各 モデルにおける機能向上と NO の関与を詳細に調べるために,次の実験で各モ デルにおけるNO産生量を測定した.
3.4.3 各モデルにおける一酸化窒素産生量とアンモニア代謝量
の変化
本研究において肝細胞のみモデルにおいてせん断応力負荷により NO 産生量 が増加した.肝細胞にはinduced Nitric Oxide Synthase(iNOS)というNO産生機 構が存在している[67].iNOS を所持する細胞である平滑筋細胞にせん断応力を 負荷すると,iNOS の発現量が増加した[68].これらの従来研究から,肝細胞内 に存在するiNOSの発現量がせん断応力により増加し,NO産生量が増えたと考 えられる.またFig. 3-6において肝細胞のみモデルではせん断応力負荷によりア ンモニア代謝量が向上した.したがって,NO産生量と機能向上との間に関連性 があると考えられる.
肝細胞と内皮細胞のモデルにおいて NO 産生量は肝細胞のみモデルより高い 値を示しており,内皮細胞の産生した NO が肝細胞のみモデルより高いアンモ ニア代謝量を引き起こしたと考えられる.また,肝臓構造模擬モデルでは最も 高い NO 濃度を示し,アンモニア代謝量も最も高い値であった.これらの結果 より,肝細胞のみモデル,肝細胞・内皮細胞のモデル,肝臓構造模擬モデルで は,NO産生量と肝細胞機能向上の間に関連性が見られ,NO濃度に依存して肝 細胞機能が向上することが明らかになった.
一方肝細胞と星細胞のモデルでは,産生された NO だけで機能向上が引き起 こされた訳ではないと思われる.肝細胞・星細胞のモデルにおいて NO 産生量 はコントロールに比べて高かったが,肝細胞・内皮細胞のモデルに比べて NO
49
産生量は半分であった(Fig. 3-7).しかし,肝細胞・星細胞のモデルにおけるア ンモニア代謝量(0.78 mmol/L)は肝細胞・内皮細胞の分解量(0.58 mmol/L)よ り高い値を示した(Fig. 3-6).つまり肝細胞・星細胞のモデルでは,NO濃度が 高くなくてもアンモニア代謝量は向上した.したがって,肝細胞・星細胞のモ デルにおいて肝細胞機能向上とNO濃度に関連性は見られたが,NO以外の要因 が機能向上に大きな影響を与えていると推測される.
NO産生量測定の結果より,NOが肝細胞機能向上に関与していることが推測 され,肝細胞のみモデル,肝細胞と内皮細胞のモデル,肝臓構造模擬モデルの3 種類では NO 濃度に依存して肝細胞機能が向上すること思われた.しかし,肝 細胞・星細胞のモデルでは NO 産生量が肝臓構造模擬モデルより小さい濃度で あったが,肝臓構造模擬モデルと同じアンモニア代謝量であった.この星細胞 を含むモデルの結果から,星細胞による機能向上は NO 以外の要因によって引 き起こされた可能性が考えられる.そこで,NOによる肝細胞機能向上効果を確 かめるために,各モデルにNO産生阻害剤を投与しNOがなくなった場合のアン モニア分解量を調査した.この実験により,星細胞が NO 以外の要因によって 機能向上を引き起こしているかどうかを調査し,NO阻害によって各モデルのア ンモニア分解量がどの程度低下するかを測定した.
3.4.4 一酸化窒素産生阻害によるアンモニア代謝量の変化
NOによる肝細胞機能向上を調べるために,各モデルにNO産生阻害剤である
L-NAME を投与し NO をなくすことで,アンモニア代謝量にどのような変化が
生じるかを調査した.
肝細胞のみモデルにおいて,NO産生阻害によりアンモニア代謝量は減少しな かった.この結果から肝細胞のみモデルでは,産生された NO が低濃度であっ たためNOによって機能向上が起こらなかった.したがってNO以外の別の要因 によって機能向上が引き起こされたと推測される.Torii 氏らの研究において,
せん断応力(30 rpm)を負荷した肝組織はアルブミン産生量が顕著に増加し,せ ん断応力なしと高せん断応力負荷(120 rpm)ではアルブミン産生量が増加しな かった.[59].また,Miyazawa氏らはTorii氏らの研究と同じ装置を用いて肝細
胞に30 rpmの回転型せん断応力(0.5 Pa ~ 3 Pa)を負荷したところ,アルブミン
産生が増加し,さらにこの時肝細胞の細胞壁付近で多くのアクチンフィラメン トが重合しているのが確認された[57].この結果からMiyazawa氏らは,せん断
応力によって肝細胞内でアクチンフィラメントの重合が起き,これによって肝 細胞の凝集が発生し肝細胞機能が向上したと考えた.この様にアクチンフィラ メントと肝細胞機能向上の関連性を示した研究は他にも存在している.McCarty 氏らは独自に開発した極薄コラーゲンゲルで肝細胞を挟み込むと,アルブミン 産生量が増加し細胞同士の接着付近でアクチンフィラメントが再構成されたと 報告している[69].これら従来研究と本研究結果から,せん断応力は肝細胞の形 態変化を引き起こしアクチンフィラメントが細胞壁付近に構築され,これによ り肝細胞機能が向上するのではないかと推測される.
次に肝細胞・内皮細胞のモデルに NO 阻害剤を投与したところ,アンモニア 分解量は 37%減少し,肝細胞のみモデルと同じ値となった.この結果から,内 皮細胞による機能向上効果は NO であると判明した.一方で,肝細胞・星細胞 のモデルにおけるアンモニア代謝量は 17%の減少に止まった.もし,星細胞に よる機能向上要因が全て NO であると仮定した場合,代謝量の減少は 52%とな るはずである.つまり,17%の減少は星細胞が産生するNOが存在しなくなった ことによるものであり,肝細胞のみモデルより 35%高い機能の差分は星細胞に よるNO以外の要因によって引き起されたということが明らかとなった.
最後に,肝臓構造模擬モデルにおいて NO 産生阻害剤を投与したところ,ア ンモニア代謝量は 17%減少し,阻害剤を投与した肝細胞・星細胞のモデルと同 じ代謝量となった.Fig. 3-7のNO産生量の結果では,肝臓構造模擬モデルはNO 濃度に依存してアンモニア代謝量が高くなったと考察したが,NO阻害による機
能低下は 17%であった.また,阻害時には星細胞による NO 以外の機能向上効
果が発揮されていたと考えられる.しかし,星細胞の機能向上効果が発揮され ていた場合,Fig. 3-6において肝臓構造模擬モデルと肝細胞・星細胞のモデルに おけるアンモニア代謝量が同じになったということに疑問が生じる.これらの 結果から肝臓構造模擬モデルでは,内皮細胞によって産生された NO が星細胞 の機能向上効果を抑制していたため,Fig. 3-6での機能向上が予想外に小さかっ たと思われる.さらに,内皮細胞による NO 産生を阻害することで星細胞の機 能向上効果が発揮され,NO産生阻害時は肝細胞と星細胞のモデルと同じアンモ ニア代謝量になったと考えられる.
各モデルにNO産生阻害剤を付加することで,NOによる機能向上効果を確認 することが出来た.しかし,肝細胞機能向上と NO 濃度の関連性は証明できな かった.また,星細胞は NO 以外の要因によって機能向上を引き起こしている ことが明らかとなった.更にこの星細胞による機能向上効果は NO の影響を受