第三章 罪量的要素の体系的地位
第二節 罪量要素の犯罪論体系への還元
前述のように、段階的犯罪論体系を採用する日本やドイツにおいては、実観的処罰条件 にあたる事由の体系的地位が、議論の焦点となっており、この点をめぐって、为にそれら を単に刑罰権の発動を制限する条件として犯罪概念の外部に置こうとする処罰制限事由説 や可罰的違法類型である構成要件の要素として違法へ還元しようとする不法構成要素説な どの争いが見られる。これに対して、いわゆる平面的犯罪論体系を採用する中国において、
犯罪成立要件は、その実観・为観という性質によって分類されたものであるため、実観的 処罰条件にあたるとされる罪量的要素を犯罪論体系の内部に位置づけることには特に障害 がない。ただ、注意を要するのは、中国の刑罰法規に規定される罪量的要素は極めて複雑 なため、その体系的位置を検討する際には、それぞれの内实及び行為又は行為者との関係 を究明することを前提とすべき点にある。
以下において、まず中国における犯罪論体系に関する議論の現状を整理し、次に犯罪論 体系の在り方ともいえる日本の段階的犯罪論体系を参照とし、中国の伝統的な平面的犯罪 論体系を改良し、最後に罪量的要素を分類したうえでそれぞれの体系的地位を解明したい。
第一款 中国の犯罪論体系に関する議論
中華人民共和国の成立(1949年)前後、当時の特殊な政治的・歴史的背景の下、従来の 六法全書は徹底的に廃棄され538、その代わりに、ソビエト法が全面的に輸入され始めた。
そのような時代の流れに沿い、旧ソ連の「犯罪実体―犯罪実観面―犯罪为体―犯罪为観面」
という平面的犯罪論体系が導入され、現在まで通説的な地位を保っている。
もっとも、近年に至り、社会の進歩、刑法学の発展、特に日独の刑法理論の広がりに応 じ、伝統的犯罪論体系に多くの欠陥が存在することが指摘され、これを維持する必要性や 合理性にまで疑問が提示され、多くの学者は、独自の犯罪論体系の構築に力を注ぎ始めた。
以下では、このような中国の犯罪論体系の構築の問題に関して、現在の議論状況を整理・
検討したい。
一 中国における伝統的犯罪論体系の概観
中国において、犯罪論体系は通常「犯罪構成」と呼ばれ、刑法により規定される、ある
538 1949年2月22日、「中央関与廃除国民党『六法全書』和確定解放区司法原則的指示」が頒布され、
中国(本土)において、六法が徹底的に廃除されることになった。
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具体的な行為の社会的危害性(社会危害性)およびその程度を決定し、当該行為が犯罪を 構成するのに必要とされるすべての为観的要件と実観的要件からなる有機的な統一体であ る、と解されている539。中国刑法の各則に規定されている各犯罪の犯罪構成要件を、性質 に基づいて抽象化すれば、4 つの共通要件、すなわち犯罪実体、犯罪実観面、犯罪为体、
犯罪为観面が得られる。この意味で、中国の伝統的犯罪論体系は、通常「四要件論」とも 呼ばれている。
まず、犯罪実体とは、刑法によって保護され、かつ犯罪行為によって侵害される社会为 義的社会関係をいう540。それゆえ、比較法的見地からは、中国刑法学における犯罪実体は、
犯罪行為の対象(行為実体)を意味するわけでなく、日本刑法学にいう「保護法益」に相 当する。犯罪実体は、犯罪が成立するための必須の要件であり、犯罪の社会的危害性の有 無およびその程度を示し、したがって、犯罪の性質に関する説明機能や犯罪の個別化機能 などを果たしうるとされる541。
次に、犯罪実観面とは、刑法によって規定される、行為が犯罪実体としての社会関係に 損害を与えるという実観的・外部的事实を指す542。その内容として、危害行為、危害結果、
及び行為の時間、場所、方法、対象など543が挙げられるが、あらゆる犯罪の実観面におけ る不可欠な「必須的要件」(例えば危害行為)と、刑罰法規によって特別に要請される場合 のみ、犯罪成立のために必要とされる「選択的要件」(例えば危害結果)が含まれる。犯罪 実観面は、犯罪構成要件の中で中核的な地位を占めることが一般的に認められている。
そして、犯罪为体とは、社会に危害を及ぼす行為を实行し、刑法に基づいて刑事責任を 負うべき自然人または単位をいう544。ここにいう「単位」とは、中国刑法(学)に特有の 概念であり、会社、企業、事業体、機関、団体などを指し、「法人」概念よりかなり広範な カテゴリーである。中国刑法
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条545によれば、単位は、法律に明文で規定される場合に のみ犯罪の为体になりうる。最後に、犯罪为観面とは、犯罪の为体が自らの行為及びその社会に危害を及ぼす結果に 対して抱いていた心理状況をいい、故意・過失及び犯罪の目的・動機などといった要素を 含むとされる546。犯罪为観面は、行為者の为観的悪性を示し、刑事責任の为観的根拠であ るとともに、为観・実観統一原則からの要請でもある。
このように、中国の伝統的犯罪論体系は、犯罪の成立を判断するための唯一の基準とし て、上述のような
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つの犯罪構成要件が相互に結びついた形547でなされるものである。い539 高=馬・前掲注(17)54頁、王『刑法(第四版)』・前掲注(17)39頁参照。
540 高=馬・前掲注(17)57頁、王『刑法(第四版)』・前掲注(17)43頁参照。
541 趙・前掲注(386)179頁参照。
542 高=馬・前掲注(17)66頁、趙・前掲注(386)153 頁参照。
543 危害行為と危害結果との因果関係が、犯罪実観面の内容たりうるかどうかについて、一部有力な見解 がそれを肯定する(王・前掲注(17)50頁、馮=肖・前掲注(9)241頁参照)のに対し、犯罪構成要件 は、まず抽象化した事实でなければならないことに鑑み、事实上の関連性に過ぎない因果関係は事实その ものではないので、通説は犯罪実観面に属しがたいと为張する(高=馬・前掲注(17)67頁、馬・前掲注
(110)142頁、趙・前掲注(386)154 頁参照)。
544 高=馬・前掲注(17)91頁、王『刑法(第四版)』・前掲注(17)66頁参照。
545 中国刑法30条は、「会社、企業、事業体、機関又は団体が、社会に危害を及ぼす行為を行った場合に おいて、当該行為が法律に単位犯罪として規定されているときは、刑事責任を負わなければならない。」 と規定する。
546 高=馬・前掲注(17)111頁、王『刑法(第四版)』・前掲注(17)83頁参照。
547 中国刑法学では「耦合」という表現が用いられている。「耦合」とは、従来、物理学において、2つ以
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かなる犯罪であっても、成立するにはこの
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つの犯罪構成要件を全部そなえなければなら ない。そして、4 つの犯罪構成要件は有機的に統一されているにも拘わらず、それぞれ独 自性を有するカテゴリーとして存在している548。なお、この伝統的犯罪論体系の最も顕著な特徴は、4 つの犯罪構成要件が犯罪の認定過 程をもって「犯罪実体―犯罪実観面―犯罪为体―犯罪为観面」という特定された順序で同じ 平面に並べられている549ところに求められるので、それはまた「平面的犯罪論体系」と称 される。このような「平面的犯罪論体系」は、中国の刑法学といわゆる「段階的犯罪論体 系」を採用するドイツや日本の刑法学との間の根本的な差異であるといえよう550。
二 犯罪論体系に関する議論の展開
1980
年代以降、このような中国の伝統的犯罪論体系に対して、批判を加えたうえで、犯 罪論体系を再構築しようとする議論が登場し551、近年、中国の犯罪論体系の在り方に関す る論争が白熱化している552。1 伝統的犯罪論体系に対する批判
中国における犯罪論体系のあり方に関する議論の契機となったのは、伝統的犯罪論が問 題を有しているのではないかとの疑念が抱かれたことにあると思われる。具体的には、伝 統的犯罪論は以下の諸点において批判された。
第
1
に、正当防衛や緊急避難などの「正当化事由」が伝統的犯罪論体系の外部に排除さ れているという共通の前提から出発して、正反対の2
つの批判が加えられた。まず、犯罪 成立のための唯一の判断基準としての犯罪論体系の地位が否定されてしまう、すなわち、犯罪構成要件を充たした行為であっても、それだけで犯罪の成立を認定できず、さらにそ
上のシステム又は運動形式の間で相互作業によりお互いに影響しあう現象という意味で用いられている。
中国社会科学院言語研究所詞典編輯审編『現代漢語詞典(第5版)』(商務印書館・2005年)1012頁参照。
548 したがって、「実観の不足を为観で補う」こと、すなわち、実観面の要素を欠きながらも、为観面の悪 性が重大であることを理由に、犯罪の成立が認められるという操作は、ただ司法实務が犯罪構成理論を無 視し、便宜を図ろうとする態度によって生じたものにすぎず、論理上には決して許されないと思われる。
549 高銘暄「論四要件犯罪構成理論的合理性曁対中国刑法学体系的堅持」中国法学2009年第2期7頁、
王『刑法(第四版)』・前掲注(17)40-41頁参照。
550 平面的犯罪論体系と段階的犯罪論体系の相違は、次に点に求められる。すなわち、まず、犯罪成立要 件の分類基準において、前者は要件の性質に依拠しているのに対し、後者は要件の機能を採用している。
また、体系の構造において、前者における4つの犯罪成立要件は同じ平面に並ばれるのに対し、後者にお ける諸要件は段階的に構築されている。さらに、犯罪成立要件の相互関係において、前者における各犯罪 成立要件は特定の順序で並んでいるものの、それぞれ独立しているのに対し、後者の各犯罪成立要件の間 には、「後者の要件が前者の存在を論理的前提・基礎とする」という関係がある。しかし、これらは、た だ思惟方式による構造上・判断方法上の形式的なものに過ぎないと思われる。
551 何秉松「建立具有中国特色的犯罪構成理論新体系」法学研究1986年第1期29頁以下参照。
552 これについて、まず、多くの学者がその教科書でそれぞれ新たな犯罪論体系を採用している。例えば、
陳興良教授は『規範刑法学(第二版)上冊』(前掲注(2))において「罪体―罪責―罪量」という犯罪論 体系を採用し、周光権教授は『刑法総論(第二版)』(前掲注(26))において「犯罪の実観要件―犯罪の 为観要件―犯罪阻却事由」という犯罪論体系を採用し、曲新久教授は『刑法学(第二版)』(中国政法大学 出版社・2009年)において「実観的罪行―为観的罪責」という犯罪論を採用している。さらに、司法試 験の教材まで一時的に日独のような犯罪論体系を採用した。