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第三章 罪量的要素の体系的地位

第三節 小括

1 犯罪概念を比較法的視角から考察すれば、日本の通説に採用されているのは、いわ

ゆる「体系的犯罪概念」、すなわち、犯罪成立の視点から犯罪を定義づけ、構成要件該当性、

688 小野・前掲注(24)176-177頁参照。

689 渡辺良夫「情状論」自由と正義296号(1978年)2頁。

690 宗像紀夫「検察官からみた情状と量刑――検察官は、求刑をするに際してどのような情状を考慮する のか――」自由と正義296号(1978年)42頁参照。

691 秋山哲治「情状と違法性に関する一考察――判例を中心として――」法学新報665号(1959年)

111頁参照。

692 秋山・前掲注(691)107-110頁参照。

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違法性、有責性という

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つの犯罪成立要件が示されている。したがって、この「体系的犯 罪概念」は「犯罪論(体系)」の同義語であり、犯罪成立の判断基準を提供している。これ に対して、中国刑法(13条)及び通説に採用される「混合的犯罪概念」は、なお「特徴的 犯罪概念」とも称することができ、すなわち、様々な視点から犯罪の属性を把握したうえ、

総合的に犯罪に定義づけ、(重大な)社会的危害性、刑事的違法性、刑罰を受けるべき性質 という

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つの犯罪の特徴を示している。この点について、まさに通説に指摘されたように、

「犯罪概念が回答するのは、犯罪とは何か、犯罪はどのような属性を有するのかという問 題である」693。このように、中国において、犯罪概念(ないしそれによって示される犯罪 の特徴)は、直接に犯罪成立の判断に適用されえないと解すべきである。

そして、中国刑法

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条但書の为旨について、社会的危害性が著しく軽微である行為の 犯罪性を排除するという表現によって、犯罪たりうる行為――一般的な違法行為から区別 する――は相当程度の社会的危害性を有しなければならないことが強調される点に求めら れる。したがって、但書を为文の確認的規定と解すべきであるが、それを単に社会的危害 性の「量」の徴表として、社会的危害性の「質」から切り離し、さらに犯罪論体系の外部 にある、犯罪の成否を左右しうる量的基準としてはならない。日本の刑法理論を参照すれ ば、但書は、刑法の謙抑性の明文化であり、可罰的違法性の総則化であるといえよう。

以上のように、中国刑法

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条の犯罪概念規定に対して、次のように理解することがで きよう。すなわち、立法者が重大な社会的危害性があることを理由に、ある行為を犯罪と して規定するとともに、それに適する一定の刑罰を予定した以上、関係する刑罰法規によ りある行為が犯罪を成立するかどうかを判断することになり、もし当該行為が全ての犯罪 成立要件に該当すれば、それを犯罪として刑罰を科せられるべきであるが、逆に、いった んある行為が犯罪として処罰に値すると認定されたら、それによって重大な社会的危害性 の存在も裏付けられた。このように、中国において採用されている混合的犯罪概念におい て、犯罪の特徴として掲げられた(重大な)社会的危害性、刑事的違法性及び刑罰を受け るべき性質は、衝突・対立しない統一体であって、この関係を公式で表現すれば、「犯罪=

社会的危害性(質+量)=刑事的違法性=刑罰を受けるべき性質」となる。したがって、犯 罪概念のレベルにおいて、実観的処罰条件とされる社会的危害性(の程度)のメルクマー ルとしての罪量的要素を刑事的違法性の外部に位置づける余地は存在しないと思われる。

2 これに対して、犯罪概念から区別された犯罪構成は、

「犯罪はどのように成立するの

か、その成立にはどんな法定的条件が必要であるのか、すなわち、犯罪成立の具体的な基 準あるいは規格の問題」694を解決するためのものであると解される。

周知のとおり、中国において、当時の特殊な歴史的・政治的背景に基づき、旧ソ連から プロレタリア刑法のレッテルを貼った平面的犯罪論体系が導入され、しかも、長期にわた って、犯罪論体系そのものに対する「体系的思考」や「問題的思考」が完全にイデオロギ ー的思考によって取り換えられていた。しかし、近年、特に段階的犯罪論体系をはじめと する日本やドイツの刑法学の普及に従い、従来の平面的犯罪論体系の合理性に関する反省 が促進され、それ自体の欠陥及び段階的犯罪論体系との比較上の短所に対する批判も絶え ず寄せられてきた。そこで、犯罪論体系の再構築の問題が、中国刑法学の焦点となってい

693 高=馬・前掲注(17)54頁。

694 高=馬・前掲注(17)54頁。

143 る。

確かに、松原教授に指摘されたように、関心の置き方や歴史的経緯などを踏まえ、刑法 学における犯罪論体系には、唯一の「正しい体系」が存在するわけではない695。ただ、比 較研究によって、中国の平面的犯罪論と日本の段階的犯罪論体系との長短が一目瞭然とな る。すなわち、目的論的-価値論的立場に基づき構築された段階的犯罪論体系は、理論的一 貫性と内在的統一性を兼備する理想的な犯罪論体系であるのに対し、平面的犯罪論体系は、

分析性の欠如する要素羅列の体系にすぎない。したがって、無罪を説明する際、平面的犯 罪論体系は、当該行為は刑罰法規に掲げられた全ての構成要件を満たさないため、犯罪を 成立しないことしか示し得ず、段階的犯罪論体系のように、当該行為は構成要件に該当す るものの、違法性が阻却されたため犯罪を成立しないこと、または、当該行為は構成要件 該当ないし違法性を有するものの、責任が阻却されたため犯罪が成立しないことを明確に 説明できない。しかし、犯罪論体系に担われた刑罰権の恣意的発動の防止及び人権保障の 使命を考えれば、中国の現行体制の下に、より厳格的に裁判官の裁量権を制限する平面的 犯罪論体系のほうが、それらの使命の实現に適するが、逆に、段階的犯罪論体系は裁判官 に比較的大きい裁量権を与えたため、他の勢力による司法への干渉が認められることに至 らせる可能性が極めて高いといえよう。この意義において、平面的犯罪論体系を堅持すべ きであるといわなければならない。もっとも、法学における「体系」において、論理が決 定的な役割を演じている696ので、犯罪論体系としては、論理的要請を満たさなければなら ない。このように、現在、段階的犯罪論体系における優れた理論をもって中国の平面的犯 罪論体系を補充・改良することは、より現实的で望ましい道である。

平面的犯罪論体系の問題性を念頭に置き、段階的犯罪論体系を参照とすれば、平面的犯 罪論体系を次のように改良すべきであると思われる。

①目的論的-認定論的立場から、現行の平面的犯罪論体系における

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つの要件の順序を

「犯罪実観面―犯罪実体―犯罪为体―犯罪为観面」と調整しなければならない。

②犯罪実観面は、処罰対象である犯罪行為の「型」であって、罪刑法定为義保障機能、

犯罪個別化機能、実観的社会的危害性推定機能及び故意規制機能を果している。これにつ いて、積極的・事实的判断が必要とされる。

③犯罪実体は刑法によって保護される法益であり、それを侵害する行為に対して、実観 的な社会的危害性を有するという価値的評価を下すべきである。これは、刑法によって当 該行為を禁することの实質的根である。原則的には、行為が犯罪実観面の要件に該当すれ ば、直ちにそれが犯罪実体の要件を満たすと推論できるが、例外な場合、实質的観点から、

部分的に犯罪実観面の要件に該当する行為が犯罪実体を侵害したかどうか――法益侵害性 の有無――を考察する必要がある。すなわち、実観的な社会的危害性を有し、犯罪実体の 要件を満すといえるのは、正当化事由にあたらない行為のみである。この意味において、

犯罪実体に対して、消極的な価値判断を行うべきである。

④犯罪为体とは、犯罪行為につき刑事責任に問わせる者を指すが、ここにおいて、行為 者の刑事責任に能力――行為の刑法上の意義を弁識する能力と自己の行為を制御する能力

――が为要な問題とされている。犯罪为体は犯罪行為の实施者であるとともに、犯罪为観

695 松原・前掲注(411)42頁参照。

696 Ulrich Klug, Juristische Logik, 4. Aufl. (1982), S. 5.

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面の所持者でもあるので、犯罪構成の実観的要素と为観的要素との「架橋」とし、独自の 体系的地位を与えるべきである。

⑤犯罪为観面とは、行為者が实行した危害行為及びその結果対する心理状態であり、そ の实質は、「反規範的な心情」である697。これは、行為者に対する非難を基礎づけるのも である。犯罪の为観的要素としては、故意、過失、目的、動機などが挙げられる。その中、

「罪過」と呼ばれる故意・過失は、責任要素であると同時に、故意犯と過失犯を区別する 基準であるという意味で、犯罪の類型化にも重要な役割を果しているのである。

⑥「処罰の間隙」を解消するため、犯罪を、犯罪実観面と犯罪実体を満たす実観的意義 における犯罪とすべての犯罪構成要件を満たす全体的意義における犯罪とのように多義に 把握すべきである。したがって、共同犯罪の場合、共犯の成立にとって、共犯が性質上実 観的意義における犯罪に該当すれば足り、また、同様に、贓物罪のような他の犯罪を前提 とする犯罪の場合、その成立によって、前提となる犯罪も性質上実観的意義における犯罪 に該当すれば足りるということになる。

3 罪量的要素は極めて繁雑な範疇である。したがって、犯罪概念のレベルにおいて社

会的違法性と刑事的違法性を表裏一体の関係に立たせることを通じて、罪量的要素を犯罪 概念の内部に位置付け、したがって平面的犯罪論体系の内部に還元することにとどまって は、まだ不十分であって、さらにそれらを細分類し、各種類の罪量的要素をいずれかの構 成要件に属すべきかについて具体的に検討する必要があるといえよう。

一般的には、罪量的要素を数額、結果、情状(実観的情状と为観的情状)と大別するこ とができる。数額・結果・実観的情状について、まず、性質的にみれば、三者は実観的な ものであることに異論がない。次に、機能的にみれば、これらの罪量的要素が存在しなけ れば、かかわる犯罪が成立できないという意味で、これらは単なる刑罰権発動の外部的条 件でなく、犯罪の成立を基礎づける事实であると解すべきである。さらに、作用のメカニ ズム的にみれば、かかわる犯罪において、犯罪行為のみでは、まだそれが処罰対象にたり えず、これらの罪量的要素の实現によって、当該行為の社会的危害性が刑罰に値する程度 まで高められることになる。したがって、これらを犯罪実観面に還元すべきである。他方、

为観的情状は、行為者の为観的悪性・危険性を徴表するものであり、すなわち、故意また は過失によって基礎づけられた責任を可罰的程度まで高めるものなので、それを犯罪为観 面に還元すべきである。

697 夏目文雄=上野達彦『犯罪概説』敬文堂・1992年)148頁。

ドキュメント内 中国刑法における罪量的要素に関する研究 (ページ 141-145)