第4章 考察
第5節 総合考察
1.障害理解の教育と啓発の現状
障害のある教員が授業や学校生活を通して考える児童生徒の障 害理解の教育と、周りの教員に対する障害理解の啓発についての 現状をまとめる。
「生徒の障害理解」では、「初めての出会いと興味」「自然な対 応」「障害のある教員の意義」「障害について気づき理解する」「行 動や態度の変容」「教員への様々な反応」という6つの下位項目が 浮かび上がった。児童生徒にとって、障害のある教員との出会い は初めてであり、それにより未知の世界であった障害者の世界を 知る。彼らは障害のある教員が学校にいることで、日頃の触れ合 いを通して障害についても興味をもつ。その中で徐々に親しみが 湧き、お互いに障害を意識しない自然な会話に繋がっていく。そ
して、授業や学校生活を通して教員の障害特性について理解し、
不自由さに気づきその支援について考える機会となる。どのよう に接し、どんなことを手助けすれぱよいのかを障害のある教員と 接することで、具体的に身につけていく。また、障害があっても
出来ることを日々の学校生活の中で知り、障害者の可能性を理解 することにも繋がっている。それは、水野(2005)が学校におけ る障害理解学習で大事な事として指摘した「障害者の日常生活や 困っている事を知り、児童生徒自身がどのような取り組みができ、
何に配慮し、どのようなことに気をつけたらよいのかについて考 える機会」となっていると言える。
小学生低学年にとって障害者という存在そのものを理解してい ない状態である場合があり、障害のある教員との触れ合いの中で、
自然に馴染んでいく貴重な体験となっていた。また教員の適切な 関わりで児童はよい方向へ成長していく。小学校教員の場合はあ
らゆる場面で自分の障害について具体的な支援の方法を伝えてい 89
た。それは小学生の発達段階においては具体的で丁寧な説明をす る必要があるからであった(徳田,2005)。中学校・高校の教員の 場合は、生徒の発達段階に応じた接し方でそれぞれに相応しい対 応をしていたと言えよう。
障害のある教員は日常的な関わりの中で、障害ゆえに出来ない 部分を児童生徒に手助けしてもらい、そのことに感謝し認めてあ げている。それによって、児童生徒と障害のある教員との信頼関 係が生まれ、自発的な支援に繋がっていた。それは誰かに強制さ れたものではなく、学校生活を共に過ごす中で自然に芽生えた気 持ちである。障害を理解すると言うこと以前に、人として大切な 事を自然な形で学ぶことに繋がっていると考えられる。
障害のある教員と共に過ごした児童生徒が将来社会に出た時、
障害のある人と抵抗無く自然に接する事ができるだろうと考える。
そのことから障害のある教員の存在は、学校における児童生徒の 障害理解の教育に大きく貢献する事の1つであると考えられる。
そして障害や障害者に理解のある社会人を育てるためにも、重要 な役割を担い大変意義があるのではないかと推測される。
「周りの教員の障害理解」では、「障害のある教員への配慮」「気 づきと慣れ」「教員への様々な反応」「周りの教員との協力」とい う4つの下位項目が浮かび上がった。周りの教員が障害のある教 員と共に働くことで、ある程度その障害について知り、配慮や気 づきはあった。しかし今回インタビューした教員のほとんどが、
周りの教員に対してそれ程良い感触を示していなかったと感じら れた。マイノリティである障害のある教員の要望は、なかなか受 け入れてもらえない現状も例えた。また周りの教員が障害のある 教員の特性を知り、理解してくれているかはわからないという声
もあり、周りの教員の障害のある教員に対する理解は、個人差が あり反応は様々であった。周りの教員の障害や障害者に対する障 害理解の啓発については時間をかける必要もあり今後の課題であ
ろう。
「障害理解のための実践」では、「出来る事をする」「障害を意 識せず自然な自分でいる」という2つの下位項目が浮かび上がっ た。さらに「出来る事をする」の下位項目からは「自分の出来る ことに取り組む」「児童生徒のためにやっている事」に分けること ができた。障害のある教員は日頃から自分の障害を意識せずにあ りのままの自分を出し、授業や児童生徒との関わりを通して自分 の出来ることを精一杯やっていこうとする姿勢があった。さらに 自分の出来ることを広げようと努力していた。このような姿から 児童生徒や周りの教員は、障害がある教員の可能性を認め、それ
がひいては障害や障害者理解に繋がるものと考える。
2.今後の課題
今後の教育において障害や障害者理解はどのように進めばよい と思うかという「今後の要望」では、「公的支援・制度の制定が 必要」「教育現場への要望」「人としての理解」「障害のある教員が
日常的にいること」r同じ障害のある教員とのコミュニケーショ ン」という5つの下位項目が浮かび上がった。
「公的支援・制度の制定が必要」から、障害のある教員は十分 な保障のないまま職務に就いているため、周りに気を使い引け目 さえ感じながら日々過ごしている現状が明らかになった。このよ うな状況は障害のある教員にとって大変厳しい状況であり、公的 支援・制度の制定が求められる。具体的には、人的支援である教 員を加配する制度の実現が早急な問題であろう。障害のある教員 の力が十分発揮できるよう制度として成立することが課題である。
また、 「教育現場への要望」として出来る部分を伸ばしていく 体制作りや新しいことに挑戦する管理者の意識の変革、という管 理者や周りの教員に対する考え方の問題が挙がった。障害のある 教員が自分の出来る事を生かしその力を発揮するためには、管理 91
者の理解や周りの教員の協力は欠かせない。良い協力関係を築く ためには、周りの教員の障害のある教員への意識や態度は大事で ある。そのためには、障害のある教員の気持ちをもっと受け入れ る教育現場となることが望まれる。障害のある人を一人の個人と して可能性を認め、受容できる社会こそあるべき社会の姿だと考
える。
今回の対象にした障害のある教員は皆、自分の障害を理解して ほしいということよりも、障害の有無に関係なく人として人を思 いやる心が大切であると語り「人としての理解」を挙げていた。
「障害者理解に必要な考え方」として芝田(2007)も、障害者を 理解する以前にまず人間を理解することが必要であると指摘して いる。本研究からも人としての理解は、日々の関わりの中で育ま れるものであることが実証され、それには障害のある教員の要望 で挙がった「障害のある教員が日常にいること」が重要であると 言えるだろう。
上述した障害のある教員の要望を実現することができれば、障 害のある教員もより良い環境で充実した仕事が出来る事に繋がる だろう。学校がそのような状況になれば、今は少数である障害の ある教員が学校現場に増える事が可能になるだろう。そのような 環境は児童生徒にとっても、周りの教員にとっても障害について
自然に理解することができる環境である。そのような状況になれ ば、それはまさにノーマライゼーション社会が実現した状況であ
り、社会が目指すべき方向に向かっていると言えるのではないだ
ろうか。
障害のある教員の存在の大切さを社会が認識し、その必要性を 感じ、現在学校現場で頑張っている障害のある教員の要望に耳を 傾けることは重要なことである。そして、その要望を受け入れる ことは、今後の児童生徒に対する障害理解の教育と周りの教員に 対する障害理解の啓発を深めることに繋がるものと考える。
引用文献
三宅 勝編(1997)目はみえなくとも教師はできる.全国視覚障
害教師の会.
大沼直樹・吉利宗久共編著(2007)特別支援教育の基礎と動向、
培風館,pp.192−193.
芝田裕一(2007)視覚障害児・者の理解と支援.北大路書房.
芝田裕一(2010)障害理解教育及び社会啓発のための障害に関す る考察.兵庫教育大学研究紀要,37,25−34.
田中宏史・船橋篤彦(2009)身体障害のある人の教員採用におけ る現状と展望.障害者教育・福祉学研究,5,67−75.
徳田克己・水野智美編著(2005)障害理解一心のバリアフリーの 理論と実践一.誠信書房.
山本荘則・池田 聡・永田 忍・金森裕治(2007)障害理解学習 の現状と実践的課題についての基礎的研究.大阪教育大学障害 児研究紀要,30,33−44.
全国視覚障害教師の会(JVT)(2007)教壇に立つ視覚障害者たち.
日本出版制作センター.
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