第4章 考察
第1節 生徒の障害理解
使用する点字や白杖について、また障害者自身についての事を知 りたいと自然な形で思うことに繋がっている。そのことから学校 に障害のある教員が存在することは、児童生徒にとって自然な形 で障害について興味が湧き、それが障害の理解や障害者理解に繋 がる第一歩だと考える。
ノーマライゼーション理念は社会に浸透しつつあるとはいう ものの、まだまだ障害のある教員が普通にいる状況ではないこと が現実であり、さらなる理念の実現のためにも学校において障害 のある教員がいる状況を増やしていく努力が必要であろう。
2.自然な対応
次に示した教員B・C・D・Eに共通したカテゴリーから、障害の ある教員との自然な対応という下位項目にまとめられた。
・障害を意識せずに自然な流れで話す(B)
・授業で毎日会う生徒は理解が早い(B)
・障害のある教員と自然に触れ合い手引きの出来る環境(C)
・生徒は障害のある教員を短期間で受け止める(D)
・生徒は教員に違和感なく接する(E)
生徒は健常の教師の中に障害の教師がいて大丈夫なのか授業が 出来るのかと不安に思うかもしれない【A02】が、B・D・Eが語っ
たように、戸惑いはあるが短期間で受けとめ違和感なく接する
【B05】【D02】【E02】。児童生徒は障害のある教員と共に日々の学 校生活を過ごしていく申でお互いの距離が縮まり、自然な対応を することができるようになっていく。
またBは、自分自身障害を意識せずに自然な流れで生徒たちと 話し、障害があることを忘れさせると言う【B02】【B03】【B04】。C は子どもが自然に手引きを申し出ることや、他の児童が手引きを するのを見て自分もしてみようと思うだろうと言う【C03】。Cの 存在によって手引きをすることが、自然な形で多くの児童に広が 63
るきっかけとなっている。
このように児童生徒は障害のある教員が学校にいることで、日 頃の触れ合いを通して徐々に親しみが湧き、お互いに障害を意識
しない自然な会話ができ、教員に必要な手助けに気づく機会とな る。今後、このような経験をした児童生徒が社会人となった時、
子ども達に対する障害理解の教育や、社会の人への障害理解の啓 発のために大変意味のある環境であるのではないかと考える。こ のような環境はまさに社会が理想とするノーマライゼーション社 会ではないだろうか。
3.障害のある教員の意義
次に示した教員A・C・D・Eに共通したカテゴリーから、障害の ある教員の意義という下位項目にまとめられた。
・学校にいること自体に意義がある(A)
・障害のある教員が学校にいる事の意義(C)
・授業自体が他の教員からは学べない貴重な時間(D)
・人間を理解する上で慣れるという感覚が大事(D)
・学校にいて関わることが大切(D)
・障害のある教員だからこそできる事(D)
・普通に仕事をする姿が自然な形で生徒に伝わる(E)
Aは学校にいること自体が実践と言う【A19】。Cは障害のある教 員が学校にいることの意義として、子どもと継続的な線になって 接していける、その繋がりのすばらしさ【C04】や「百聞は一見に しかず」で障害のある教員の姿を目にして1人でも歩ける事を知 ると語っている【C05】。Eは自分自身障害者という思いはなく過 ごし【E05】、障害を意識せず普通に仕事をする姿が自然な形で生 徒に伝わっていると述べている【E07】。障害のある教員がいるこ
とで、直接見たり聞いたりできるという事が利点として挙げられ るだろう。そしてある程度長い期間を共に過ごすことでお互いの
事を分かり合い、その中で障害についても実際に学ぶことのでき る機会になっていると言えよう。
また児童が障害者はテレビの中の話ではないこと知る【C06】と いう経験は、小学生にとって障害者が現実に存在するということ を初めて認識し、障害者を身近な人として理解する心を育んでい くためには非常に貴重な経験となると思われる。徳田(2005)の 示す「障害理解の発達段階」の第1段階である「障害のある人が
この世に存在していることを気づく」気づきの段階であり、その 配慮と障害や障害児者に対するファミリアリティ(親しみ)向上
を学ぶことができる機会となっている。
Dも障害のある教員との授業は、生徒にとって他の教員からは 学べない貴重な経験となると語る【D03】。授業で生徒はDが他の 教員と変わらずに毎日普通に授業をする姿を目にする。このよう な日々の営みの中で、生徒たちはDの様子に慣れていく。人間を 理解する上で慣れるという感覚が大事だとDは言う【D04】。慣れ ていく中で、障害があっても出来ることをその姿から学ぶことが でき、その経験は生徒にとって、自然な形で障害者の可能性に気 づく機会となっている。
Dは教育現場にはいろいろな立場の人がいるべきで、障害のあ る教員だからこそできる事として 生徒に頼むことができる こ とは大きな武器であると言う【D05】【D08】。Eも、生徒は自分が ハンディを背負っていることを理解しているので、健常の教員が 頼むよりも手伝ってくれ、そのことは障害理解に繋がっていると 思うと語る【E06】。またDはありのままの出来ない姿を見せ、助
けてもらったら感謝の気持ちを伝え生徒の存在を認めている
【D1O】【D11】。生徒は障害のある教員に頼まれたことや、手伝い を素直な気持ちで引き受けやってくれている。障害のある教員も
日常的な関わりの中で、障害ゆえに出来ない部分を生徒に手助け してもらい、そのことに感謝し認めてあげることによって、生徒 65
との信頼関係が生まれ、生徒の素直な心を自然に引き出し行動に 移すことができる、という良い状況を生み出すことに繋がってい
ると言えるだろう。
4.障害について気づき理解する
次に示した教員A〜E全てに共通したカテゴリーから、障害に
ついて気づき理解するという下位項目にまとめられた。・障害のある教員と接することで障害について理解する(A)
・障害を意識しない関わりは障害理解に繋がる(B)
・言葉で言うこと以外は他の教員と変わらない理解(B)
・障害理解の最初の段階(C)
・障害のある教員の行う障害についての授業(C)
・生徒は障害について理解する(D)
・自分の障害について語る(E)
障害のある教員の存在で児童生徒は、障害について具体的な事 を知り理解する気持ちを育んでいく。視覚障害については次の通
りである。
①板書は難しく宇が曲がる、チョークを落としたら見つけられ
ない【A05】
②見えないので失敗を多めに見る【A06】
③普通に歩くことや授業が出来る【A07】【A09】
④コミュニケーションをとる時は音声を使う【B07】
等である。肢体不自由では、
①毎日使用している電動車いすを見慣れる【D12】
②歩く姿が人と違うが気にせずに受けとめる【D13】
③言語障害があっても慣れると聞き取れる【D14】
④麻痺がある手で黒板に書いた字も慣れると読める【D15】
等が挙げられる。
学校では、障害のある教員の経験や生活についての話しも企画
され行われている【C08】【E08】。Cは手引きの疑似障害体験にも 協力し、そこで手引きについて具体的な説明を行い、実際に子ど
もに手引きをさせている【C11】。さらにCは交流給食で視覚障害 についての理解を促す話を企画していた【C09】。その後の児童の 反応が全然違っていたと言う。Eも障害の話をした後は、少しず つ距離が縮まり接し易くなる気がすると語っている【E09】。
Cは小学生の障害理解について、まだ最初の段階であり、成長 する中で必要なことが理解できるだろうと説明している【C07】。B は自分自身障害を意識せず自然に話すので、健常者と変わらない という理解に繋がっていると語る【B06】【B08】。
児童生徒は障害のある教員による日々の授業、障害について企 画された話し、疑似障害体験、交流給食や学校生活を通してそれ ぞれの教員の障害特性について理解することが出来る環境にいる ことがわかる。また児童生徒は、教員の障害の特性を知ることで その支援について気づく機会となり、障害のある教員に対してど のように接し、どんなことを手助けすれぱよいのかを知ることに 繋がるものと考えられる。
Cの言うように小学生低学年にとっては、障害者という存在そ のものを理解していない状態である場合があると思われるが、C
との触れ合いの中で自然に馴染んでいく貴重な体験であるだろう。
このように障害のある教員の存在は、障害について日頃の触れ合 いの中で自然な形で知ることができるという大きなメリットがあ
り、その役割は重要であると考える。
5.行動や態度の変容
次に教員A・C・Dに共通したカテゴリーから、障害のある教員 に対する行動や態度の変容という下位項目にまとめられた。
・さまざまな場面で手助けする生徒(A)
・障害のある教員を助けてくれる子ども(C)
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