第 7 章 積雪期の急勾配斜⾯で発⽣した地すべりの移動特性
7.3 崩落に⾄るまでの地すべり移動特性
7.3.2 第 2 次クリープ領域における地すべりの移動特性
斜⾯が移動を開始してから崩落へ⾄る過程を評価する⼿法としてクリープ(Creep)の 概念がある。クリープとは⼀定応⼒のもとで物体のひずみ(変形)が時間とともに徐々に 増⼤する現象をいう(地盤⼯学会,2006)。⾃然斜⾯が前兆的な移動を開始し速度を上げ ながら崩落に⾄るまでには地形や地質に関係なく 3 つのクリープ段階を経る。すなわち時 間とともに速度が漸減する第1次クリープ領域(Primary creep stage),等速運動の第2次 クリープ領域(Secondary creep stage),加速度運動の第3次クリープ領域(Tertiary creep
stage)である。第3次クリープ領域がさらに進むと斜⾯は崩落に⾄る(齋藤,1966)。こ
れらは時間軸上において図 7.6 のようなクリープ曲線として描かれる。いちど動き出した 図7.5 移動開始から最終的な崩壊までの地表面移動量(1999年9月1日–2000年3
月31日)
Fig. 7.5 Ground displacement from the initiation of movement to the final slope failure (from September 1, 1999 to March 31, 2000)
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斜⾯が崩落に⾄るのか,あるいは途中で停⽌するのかといった実際の斜⾯移動現象はこの クリープ特性に基づいて表現できることが多いため,これまで移動速度のクリープ特性に 基づく地すべり運動の評価(例えば,丸⼭,1995;村上・⽔⾕,2009)や崩落時刻の予測
⼿法が提案されてきた(例えば,⻫藤,1968;福囿,1985;Hayashi and Yamamori,
1991)。本節では EX-1,EX-2 によって観測された地すべり移動が最終的な斜⾯崩落
SLIDE-1,SLIDE-2に⾄るまでの移動特性について,クリープ特性の点から考察した。
図7.5においてEX-1,EX-2に第1次クリープ領域の減速運動は観測されず,はじめから
第2 次クリープ領域の等速運動が表れた。第1次クリープ領域が観測されなかった原因と して,移動量計のワイヤーの緩みにより,移動初期の微⼩移動を捉えられなかった可能性 が強く疑われる。第2次クリープ領域の継続時間は,EX-2で46⽇間(2000年1⽉4⽇‒
2000年2⽉19⽇),EX-1で93⽇間(1999年11⽉30⽇‒2000年3⽉2⽇)である。定 常速度区間である第 2 次クリープ領域の⽇移動速度は厳密には⼀定でなく,⼩刻みな増減 をともなった。
EX-2は第2次クリープ領域から次第に第3次クリープ領域へ移⾏し誘因とは無関係に加 速的移動を12⽇間継続した(2000年2⽉19⽇‒2000年3⽉2⽇)。第3次クリープ領 域の移動過程の時間スケールを拡⼤した崩落発⽣前 4 ⽇間の時間移動量を図 7.7 に⽰す。
図7.5でEX-2は緩やかな加速を経てSLIDE-2へ⾄ったように⾒えるが,図7.7によれば実
際のSLIDE-2は15分間以内に突発的に発⽣したことが分かる。なおSLIDE-2の発⽣直前ま
図7.6 クリープ曲線
Fig. 7.6 Schematic diagram of the creep curve
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で(12:00)の累積移動量は67.5 mm,移動速度は0.5 mm/hであった。⼀⽅でEX-1では 図7.7に⽰すようにSLIDE-2の崩落を契機に第2次クリープ領域から第3次クリープ領域 へ移⾏した。第3次クリープ領域では⼤きな加速をともなった移動が誘因とは無関係に47 時間継続し,2000年3⽉4⽇ 10:45から11:00 の間に斜⾯崩落へ⾄った。SLIDE-1の 臨界累積移動量は 399.3 mm,同移動速度は 63.7 mm/hであった。これは SLIDE-2と⽐べ て累積移動量で5.9倍⼤きく,崩落直前の移動速度で127倍⼤きかった。
SLIDE-1と SLIDE-2の間で斜⾯崩落に対する臨界移動量,移動速度に約 6‒127 倍の差が
図7.7 崩壊発生前4日間における地表面移動量の経時変化(2000年3月1日‒2000 年3月4日)
Fig. 7.7 Ground displacement and velocity of landslide mass monitored for 4 days before the slope failure (from March 1 to 4, 2000)
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⽣じた要因として 3 点が挙げられる。1 点はクイッククレイ層の包含の有無である。クイ ッククレイはわずか0.3 %の軸ひずみでピーク強度に達し,3 %の軸ひずみで強度がピーク
時の 50 %まで低下するなど,わずかな変形量で構造破壊を呈するぜい弱な構造をもつ
(Karlsrud et al., 1984)。このためクイッククレイ層を含むSLIDE-2の⼟層はクイッククレ イ層を含まない SLIDE-1 に⽐べて,崩落に対する臨界移動量が⼩さかったと考えられる。
もう1点はSLIDE-2の発⽣した斜⾯の地形条件である。SLIDE-2の発⽣した斜⾯は勾配が⼤
きいことから,緩斜⾯の SLIDE-1 に⽐べてより⼤きなせん断応⼒が働いたと考えられる。
さらに最後の 1 点として樹⽊根系の抑⽌⼒が挙げられる。SLIDE-2 が発⽣した斜⾯には植
⽣がほとんど⾒られない⼀⽅で,SLIDE-1 の斜⾯には針葉樹や下層植⽣が繁茂していた。
植⽣の根系が⼟層を緊縛し,斜⾯の安定性をより⾼めた可能性が考えられる。
EX-1ではSLIDE-2による末端部の解放によって斜⾯の応⼒状態が変化したため,第3次
クリープ領域の内部がさらに短期的な第1次から第3次の各クリープ領域(P',S',T')で 再構成された。第1次クリープ領域(P')は2時間,第2次クリープ領域(S')は31時間 継続し,その後短時間の⼤変位(8.0 mm/15min)をトリガーとして第 3 次クリープ領域
(T')へ移⾏した。第3次クリープ領域では加速度的運動が14 時間継続したのち,SLIDE-1 が発⽣し斜⾯は崩落した。このように近傍斜⾯の崩落によって応⼒状態が変化するとク リープ領域は再構成されることが明らかとなった。
7.4 地すべり移動および斜面崩落に寄与する気象・水文要素
7.4.1 斜面崩落と降水の関係
地すべりや斜⾯崩壊の発⽣は降⾬や融雪と関係が深いことが良く知られている(例えば,
Fannin and Jaakkola, 1999;Polemio and Sdao, 1999)。これは,⽔分の地下浸透は間隙⽔圧 の上昇を促しすべり⾯に作⽤する有効応⼒を減少させたり,また⼟壌の飽和によって⼟の せん断強度を低下させたりする(例えば,Fredlund et al., 1978)ためである。Roesgrenda 地すべり試験地の地すべりも当然ながら降⾬,融雪との関係が深いと考えられ,とくに急 勾配斜⾯が崩落する当地すべりでは⻑期的な降⾬よりも短期的な強⾬をトリガーとするこ とが多いと考えられる。ところが観測結果によれば SLIDE-2および SLIDE-1 の崩落に寄与 したと思われる直前3⽇間のMRは,0.9 mm(SLIDE-2)および0.7 mm(SLIDE-1)とわず かであった。また崩落発⽣前10 ⽇間のMRも7.0 mm(SLIDE-2)および7.2
mm(SLIDE-122
1)と少量であり,SLIDE-1,SLIDE-2 に対して降⾬,融雪が強く関与していない可能性が
⽰された。そこでRoesgrenda地すべりで過去に発⽣した崩落をともなう地すべりを対象と して崩落発⽣前3⽇間および10⽇間の降⽔量を求め,崩落との関係を考察した。
崩落をともなった地すべりは,第2章の表2.2のように1995年から2001年までの7年 間に数多く発⽣している。本論ではこのうち1000 m3以上の崩落⼟量をともなった6回の 地すべりを対象とした。地すべりの発⽣時期の内訳は 3⽉に2回,5,7,8,10 ⽉に各1 回である。なお Roesgrenda地すべり地では降⽔量観測が 1997年11 ⽉から開始されたた め,1997年10⽉以前の降⽔量データについては Roesgrenda試験地から北東に8 km離れ
たSkjӕkerfossen気象観測所(標⾼125 m)で観測された降⽔量をもとに1997年10⽉以
前の降⽔量を以下のように推定した。まずRoesgrendaとSkjӕkerfossenにおける約3年間
(1997年11⽉から2000年12⽉まで)の降⽔量の関係(図7.8)をもとに3⽇間降⽔量 単位で決定係数R2 = 0.70,10 ⽇間降⽔量単位でR2 = 0.83の相関が得られた。この関係を
⽤いた7.1式,7.2式によりRoesgrendaにおける1997年10⽉以前の3⽇間および10⽇ 間降⽔量を推定した。
𝑝`a= 0.54 𝑝ea+ 0.4 (7.1)
𝑝`hi= 0.60 𝑝ehi− 0.8 (7.2)
ここで,Pr3:Roesgrendaにおける推定3⽇間降⽔量,Ps3:Skjӕkerfossenにおける3⽇ 間降⽔量,Pr10:Roesgrendaにおける推定10⽇間降⽔量,Ps10:Skjӕkerfossenにおける10
⽇間降⽔量である。なお,1997年11⽉以降はRoesgrendaでの観測値を⽤いた。なお本来 は降⽔量ではなくMRが採⽤されるべきであるが,SkjӕkerfossenにおいてMR(融雪⽔量)
は未観測であるため代替して降⽔量を⽤いた。このため積雪期に相当する 2 つの崩落イベ ント(1995年3⽉,2000年3⽉)は参考値として計算した。
崩落前 3⽇間降⽔量および 10 ⽇間降⽔量を表 7.1 に⽰す。崩落前 3⽇間の総降⽔量は
1.4‒13.5 mmの範囲,平均5.6 mmで1994年から2000年の平均値(6.6 mm)以下である。
崩落10⽇前の総降⽔量も15.2‒35.5 mmの範囲,平均20.1 mmで平均値(22.7 mm)を下 回る。また 2000年8⽉6⽇から9⽇にかけては最⼤⽇⾬量68.5 mm,連続⾬量121.0 mm の観測期間最⼤の降⾬が発⽣しているが,このとき顕著な崩落は発⽣しなかった。以上の 結果は,Roesgrenda地すべり地で発⽣する⼟量1000 m3を越える中規模以上の斜⾯崩落は
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直前の短期的な降⾬のみを直接的なトリガーとして発⽣していないことを⽰している。
表7.1 既往の崩壊発⽣事例に対する発⽣直前の推定降⽔量.積雪期(1995年3⽉6
⽇,2000年3⽉2⽇)の降⽔量はMR(地表⾯到達⽔分供給量)と異なるため参考値.
Table 7.1 Amount of estimated precipitation immediately before occurrence of the past slope failures. Precipitations in the snow-covered periods (March 6, 1995 and March 2, 2000) are references because they are not MR.
図7.8 Skiaekerfossen気象観測所とRoesgrenda地すべりにおける降水量の関係.
(左)3日間降水量,(右)10日間降水量
Fig. 7.8 Correlations of precipitation at Skjaekerfossen and Roesgrenda. The left is precipitation in 3days. The right is precipitation in 10 days.
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7.4.2 第2次クリープ領域の地すべり移動に対する気象・水文要素の影響
7.4.1項において,SLIDE-1,SLIDE-2を含む Roesgrenda 地すべりの過程で⽣じる斜⾯崩
落に対して降⾬や融雪は直接的な影響を及ぼさないことが⽰された。そこで対象を崩落前 の定常移動速度状態である第 2 次クリープ領域に移し,同領域の地すべり移動速度に対す る気象・⽔⽂要素の影響を考察した。
考察はEX-1,EX-2の移動速度と気象要素,⽔⽂要素の相関を調べる形でおこなった。相
関を求めた項⽬は,MR,表⼟層の⼟壌⽔分および圧⼒⽔頭,クイッククレイ層および河川 堆積物層の間隙⽔圧,地温,積雪深の5種類である。対象期間はEX-2の第2次クリープ領 域(45⽇間)とEX-1の第2次クリープ領域(93⽇間)である。斜⾯はこの期間中おおむ ね等速度で移動した。ここで移動速度と気象要素,⽔⽂要素の相関を求める場合,⽇デー タを⽤いると計測誤差によるノイズが過⼤に評価されたり,誘因と移動の作⽤に要するタ イムラグの影響を受けたりして相関評価に問題が⽣じる。⼀⽅10⽇間データを⽤いると,
統計に供される⺟集団が4(EX-2),9(EX-1)で⼩さくなるため⽇データと同様に相関評 価に問題が⽣じる。そこで両者の問題点が最⼩になると判断される 5 ⽇間データを時間単 位として採⽤した。以下に各項⽬の相関関係を述べる。
1)積雪深および間隙⽔圧の影響
Roesgrenda地すべり地には冬期に最⼤約1 mの積雪層が堆積する。第6章で求められた
Roesgrenda地すべり地の時系列推定積雪深(図 6.3参照)と地すべり移動速度との関係を
図7.9 に⽰す。EX-1,EX-2ともに積雪深と地すべり移動速度との相関関係は⼩さく,積雪 深(荷重)は地すべり移動に影響を与えないことが⽰された。次にRoesgrenda地すべり地 の5点の間隙⽔圧と地すべり移動速度との相関関係を図7.10に⽰す。なお横軸には間隙⽔
圧の横軸にはEX-1の移動開始⽇(1999年11⽉30⽇)の間隙⽔圧からの上昇量を取った。
Roesgrenda地すべりでは第6章で結論づけられたように積雪荷重の⾮排⽔載荷による過剰
間隙⽔圧によって冬期に間隙⽔圧が上昇するが,その上昇と移動速度の関係は EX-2,EX-1 ともに乏しく,間隙⽔圧の変動は地すべり移動に影響を与えないことが⽰された。
ここで理論的な観点から積雪荷重および間隙⽔圧の上昇が地すべりの安定に及ぼす影響 を考察する。第 4 章で結論づけられたように,⼀般に積雪荷重はすべり⾯に作⽤する垂直 応⼒およびせん断応⼒の双⽅を増加させて斜⾯の安定性に正負両⾯から影響を与える。