5.1. 本論文のまとめ
現在、近年問題となっている森林性野生動物による農林業被害に対し、ハンターの ボランティアに頼った間引きが行われている。しかしながら、ハンターの高齢化が進 んでおり、これからの10年程度で今までの手段を用いた生息頭数の削減は困難にな ると考えられている。加えて、狩猟圧による群れの散逸による生息域の拡大や、被害 地の移動、出産頭数の増大が確認されている。今後は野生動物の生態に基づいたより 効率的な管理が望まれている。
そのような中、持続性のある野生動物管理の手段の一つとしてGPSテレメトリに よる調査が行われている。これまでに、ニホンザルやニホンジカについて季節移動の 性質や地域差、食料との関係や生殖行動の様子が明らかにされつつある。ただし、現 時点におけるGPSテレメトリは観測データの回収やそれに備えた定期的なモニタリ ングが人的負担となっており、面的な観測が行えていない。
社会性を持つ動物の場合、多数の個体を同時に追跡することで食料供給地の時分割 的なシェアを行うなどより複雑な行動を見せることが明らかにされつつある。ただし、
ニホンザルやニホンジカの様な、里山をホームとする野生動物の調査はこれからであ る。面的な調査によって個体数管理に役立つ情報が得られることは大いに期待できる。
加えて、GPS テレメトリはデバイスの消費電力が大きいために必要な観測数と観 測期間が両立しないという問題がある。また、GPS は測位衛星を用いた測位方法で あるため測距信号の減衰や遮蔽を受けやすい森林環境下では測位成功率がやや低い。
野生動物は安全な通り道として小さな谷形状に抉れた河川を利用することがあるが そのような地点では測位は非常に困難である。従って、GPS テレメトリでは必然的 にその観測データから完全な行動や行動域を推定することはできない。
本研究では、上記した課題を解決することを目的とし、3つのアプローチを取った。
1 つ目は、省力的で低コストなGPS テレメトリシステムを開発することで面的な観 測を容易にすることであり、2章で説明した。2つ目は、GPSの仕様を考慮した測位 スケジュールを提案することで測位回数の増大もしくは観測期間の延長を実現する ことで、これは3章で説明した。最後に3つ目は、気圧高度を用いてGPSの測位を 補間する手法について4章で論じた。
2章において、無線ネットワークを利用したGPS 首輪の開発について説明した。
無線ネットワークを用いた既存の研究では、電子回路の消費電流を削減することが課 題となっていた。本研究ではマイコンの徹底的な省電力化とRTC ICの排除およびト ランジスタとFETを組み合わせた電子スイッチによって、実用的な消費電流を実現 した。加えて、GPS テレメトリの ON-OFF が繰り返される利用環境にふさわしい
131 GPS受信機の有り方を示すことができた。
3章では、GPS受信機の仕様を考慮した GPS受信機の運用方法を2 つ示した。1 つ目は、GPS 受信機の電源を入れるタイミングを調整することによって測位に要す る時間を短縮させ、かつ測位成功率を向上できることを示した。2 つ目は、GPS 受 信機の電源を入れる間隔が消費電流量に及ぼす影響を定量化し、より省電力な測位イ ンターバルを提案した。
4 章では、GPS のカバーできない領域を減らすために、気圧高度を用いた移動経 路推定方法を説明した。実験の結果、GPS よりも水平方向精度が悪いものの、移動 経路を明らかにできるケースは少なくないことを示すことができた。気圧の観測に要 する消費電力はGPS受信機に比べて非常に小さいことから、今後は積極的に利用す べきであると考えている。
この様に、本研究では省力化が可能で省電力なGPS首輪を開発し、省電力な運用 方法と測位の可能性を広げることができた。この結果、農林業被害をもたらす野生動 物の合理的な管理やその他の希少動物の保護に微力ながら貢献できたと考えている。
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5.2. 今後の研究の展開
5.2.1. 気圧高度の測位演算への活用
今後、測位に利用できる衛星が増えたとしても、森林という環境が測位にとって劣 悪なことは変わらない。4章において説明した気圧高度の観測においては、これまで あまり利用されてこなかった気圧高度の後処理に着目し、高精度な高度推定が可能で あることを示すことができた。GPS単独での測位では、森林環境下において常時10 m 以上の高さ方向の誤差を持つから、気圧高度を拘束条件にした上で測位演算をや り直すことで、少ない測位衛星での測位ができると期待される。これにより、野生動 物が利用する谷間などにおける測位が容易となるだろう。
5.2.2. ソフトウェア GPS 受信機の利用
GPS/GNSS を利用した野生動物の保護および管理は今後とも重要になると考えら
れるから、より省電力で高感度なGPSテレメトリデバイスの開発は重要である。
通常のGPS/GNSS受信機は航法を目的に製造されており、GPSテレメトリの用途
は想定されていない。従って GPS テレメトリ専用のアルゴリズムを搭載した GPS 受信機を開発することができれば、より省電力化と高感度化を実現できる可能性は高 い。図5-1へ一般的なGPS受信機の模式図を示す。
図5-1 一般的なGPS受信機の内部構造の模式図
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GPSの民生用信号の仕様は完全に公開されており、衛星の軌道はほぼ予想できる。
従ってGPS受信機を本研究で示した以上に効率的に利用することは十分に期待でき る。
ソフトウェアGPS受信機はRFフロントエンドから出力されるIF信号を記録する GPS受信機である。IF信号は大容量メモリへ保存され、後処理により測位解を得る。
GPSフロントエンドの例を図5-2に示す。
図5-2 GPSフロントエンド SiGe GN3S Sampler 本受信機はGPS L1に対応している。
ソフトウェアGPSを用いることで、GPSの測位に必要なIFデータを取得するこ とができ、またこれを用いればソフトウェアアルゴリズムの違いによる測位性能の違 いを定量的に論じることができる。従って、今後はソフトウェアGPSを用いた研究 を行いたいと考えている。
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5.2.3. 無線器と GPS 受信機の更新
2013年6月現在、2.4 GHz帯の無線モジュールとして、XBee S1よりも実装面積 が小さく、電力が半分で、通信距離がほぼ倍の1 kmに達する通信モジュールが販売 されている。この様な通信モジュールへの換装が可能であれば、GPS のアシスト情 報の送信などに利用できる可能性がある。
ところで、920 MHz帯を利用する250 mW出力の無線機を利用する場合、消費電
流は最大240 mA程度と見込まれる。この様な電流は塩化チオニルリチウム電池では
対応が難しい。ただし、同時に動作電圧は2.4 V程度まで下がる見込みである。従っ て、例えばカメラ用などに使われる2酸化マンガンリチウム電池などの一般的なリチ ウム電池が利用可能である。このバッテリは電圧要求と電流量を許容可能であり、内 自己放電電流も小さい。しかも、開放電圧が3.1 Vを超えることはほぼないから、レ ギュレータICを省略することが可能となる。
ただし、放電時に端子間電圧が2.7 V程度まで低下することを見越した回路設計が 必要である。特に、GPS 受信機は電源電圧の安定と比較的高い電圧を要求するもの が多いため、電源ラインにフェライトビーズの挿入などを検討する必要がある。この
電圧でDC-DCコンバータなしに安全に動作するGPS受信機モジュールには、2013
年6月現在でORG1410,GP2106などが挙げられる。なお、電源電圧とI/Oに気を
払う必要があるが、古野電気のGH-85Fも対応可能である。
5.2.4. 研究資料の公開とフィードバック
関連研究の参考のために、本研究の過程で設計・実装した回路図や回路パターン図 を始め、組み込みプログラムやプログラムのほとんどは著者のホームページにて公開 している33。2013年5月現在で、毎日20件ほどのプログラムがダウンロードされて いる。また、多くはないもののプログラム等に対するフィードバックも頂いている。
今後、研究過程で得られた実験データや観測データを整理する際に作成した大量の スクリプト等も整理した上で公開する予定である。野生動物保護分野を始め、
GPS/GNSS分野に今後も貢献できれば幸いである。
33 http://morimori2008.web.fc2.com/index.html