第 6 章 学習者の文産出を困難にする要因に関する追加調査
6.4 結果
6.4.1 主語・主題・述語の特徴に応じた日本語文に関する結果
表56は、それぞれの問題の正解者数と主語・主題・述語の特徴をまとめたものである。本 論文では、この表を参考にして、正解者数を目的変数とし、主語・主題・述語の特徴を説明変 数とする重回帰分析を行った。また、表57は、和文英訳問題30問において、協力者70名が それぞれどの程度正解したかについての要約統計量をまとめたものであり、図21は、正答数 に対する協力者の数を示したヒストグラムである。また、協力者毎の各問題の正誤データを まとめたものについては、Appendix-8を参照されたい。
次に、各問題における主語・主題・述語の特徴に応じて、平均正解数がどのように変わっ たかを見るため、特徴別の平均正解数と標準偏差を表 58~表 60 のとおりにまとめている。
表57では、主語が空主語である問題・表示されている問題・二重主語文の問題ごとの平均正 解数をまとめており、表59では、主題が主語と一致している8題の平均正解数と一致してい ない 22題の平均正解数をまとめている。表60においても、述語の代用化が生じた文とそう でない文の平均正解数を算出している。また、各問題の正解者数を目的変数とし、主語・主 題・述語の特徴を説明変数とした重回帰分析の結果を表61のとおりに示す。
表56 問題毎の正解者数と主語・主題・述語の特徴 問題 正解者数 主語 主題 述語
1 69 表示 主語 表示
2 26 二重 非主語 表示
3 24 表示 非主語 表示
4 59 表示 非主語 表示
5 67 表示 主語 表示
6 24 表示 非主語 表示
7 37 表示 主語 表示
8 24 表示 非主語 表示
9 24 表示 非主語 表示
10 38 表示 非主語 表示
11 46 表示 非主語 表示
12 46 空主語 非主語 表示
13 20 空主語 主語 代用化
14 62 空主語 主語 表示
15 44 二重 主語 表示
16 22 二重 非主語 表示
17 29 空主語 非主語 表示
18 34 二重 主語 表示
19 15 空主語 非主語 表示
20 1 空主語 非主語 代用化
21 34 空主語 非主語 表示
22 30 空主語 非主語 表示
23 65 空主語 主語 表示
24 62 空主語 非主語 表示
25 26 空主語 非主語 代用化
26 58 空主語 非主語 表示
27 13 表示 非主語 表示
28 50 空主語 主語 表示
29 29 空主語 非主語 表示
30 29 空主語 非主語 表示
表57 問題ごとの要約統計量
平均 36.90
標準偏差 17.92 中央値 32 最大値 69 最小値 1 変動係数 0.49
表58 主語の特徴に応じた平均正解数
問題数 平均 標準偏差
空主語 15 37.07 19.21
表示 11 38.64 19.27
二重 4 31.50 9.71
表59 主題の特徴に応じた平均正解数
問題数 平均 標準偏差
主語 8 51.75 17.32
非主語 22 31.50 15.13
表60 述語の特徴に応じた平均正解数
問題数 平均 標準偏差
表示 27 39.26 16.95
代用化 3 15.67 13.05
図21 正答数に対する頻度(解答者数)のヒストグラム
表61 重回帰分析の結果
係数 標準誤差 t値 p値 R2 (adjusted R2)
(Intercept) 29.46 8.86 3.33 0.00 0.48 (0.40)
主 語
二重 -16.09 8.15 -1.97 0.06
表示 -4.25 5.81 -0.73 0.47
空主語 0 主
題
非主語 -21.15 5.75 -3.68 0.00
主語 0 述
語
表示 28.51 8.98 3.17 0.00
代用化 0
表61より、次の3つのことが示された。1つ目に、主語の特徴に関係している係数はいず れも信頼性が低いため、主語が表示されているかどうかや二重主語文であることが文産出に 影響を及ぼすかについては不明確である。前章の調査結果を踏まえると、二重主語文は、英 語で表現することが難しい構文の一つであると考えられるが、この構文に関する誤りは、発 達上の誤りと関係していたり、文中のX・Y・Zの関係性を学習者が把握できるかによったり するため、さらなる検討が必要になる。また、主語が与えられているかどうかで文産出の難 易度が変化するとは断言できず、主題や述語の特徴に比べると、主語の特徴が学習者の文産 出に与える影響は小さいと考えられる。
2つ目に、第5章の調査からも示されたように、主題が主語と一致しない場合、英語による 文産出が著しく困難になる。1つ目の結果からもわかるように、「が」にマークされた名詞句
である主語が文中に含まれていたとしても、文頭の名詞句を主語と捉えて英語で表現する傾 向が強いことが今回の調査を通して新たに判明した。実際、(115a)では、「主催した」という 動作の主体であるTakahiroが表示されているにもかかわらず、(115b)のように表すことがで きず、(115c)のような非文法的・非機能的な英文を産出する学習者が全体の約6割いた。
(115) a.そのコンサートはTakahiroが主催した。【S_WO対象】
b.Takahiro hosted the concert.
c.*The concert hosted Takahiro.
3つ目に、述語に関しては、表示されている問題については、協力者がある程度正確に英語 で表現できることが表61より示されたが、このことは、述語が代用化されてしまうと、文産 出の難易度が格段に上がることも同時に意味している。例えば、(116a)は(116b)のように 表すべきであるが、全体の約4割の学生がそのように表すことができず、(116c)のような誤 答を解答していた。(117a)に至っては、(117b)のように表すことができた学習者はわずか1 名であり、英語で表すのが非常に困難であり、ほとんどの学習者が(117c)のような英文を書 いている。
(116) a.彼女は旅行代理店です。【S_PR】
b.She works for a travel agency.
c.*She is a travel agency.
(117) a.その授業は毎週火曜日です。【MS_PR1】
b.We have the class every Tuesday.
c.*The class is every Tuesday.
本章の調査では、述語代用が適用されている文を 3 種類扱ったが、前田(2000)が指摘し たように、代用化されている述語が学習者にとって身近かどうかによって英語で表現する難 易度が変化すると考えられ、(117a)と(117b)の場合、「(授業などを)受ける」という述語 はイメージしづらく、また、その述語と対応する動詞として、‘have’を選択するのも難しかっ たと推測できる。
6.4.2 学生は主語をどのように捉えているか
付帯質問では、学習者が主語という概念をどのように認識しているかを回答してもらった。
収集した回答は、主語を「その文で話されている内容」や「文頭に置かれている語句」という 趣旨の回答を「主題」と分類した。また、第 4 章と同様に、主語を意味的に捉えた「動作の 主体」や形態的に捉えた「助詞のマーク」に分類される回答も多く見られた。図22では、「主 題」・「動作の主体」・「助詞のマーク」などの回答の割合について示している。すべての協力 者の回答にタグを付けたものについては、Appendix-9を参照されたい。
主題単独では主語を規定できないことは第2章・第4章でも述べたとおりであるが、図22 が示すとおり、約 4人に1人の初級英語学習者が主語と主題を混同している。一方で、主語 を動作の主体と捉えている学生も多く、第 4 章の動作の主体と答えた教員が多かった結果と 合わせると、主語の定義を動作の主体として教える日本人英語教員が多いことにその一因が あることが導かれた。また、「主語は『が』がマークしている名詞句」というように認識して いる学習者も一定数いた。本章の調査に関しては、提題助詞「は」にマークされた名詞句が 主語であるというような回答をした協力者はわずか3名であり、「助詞のマーク」と回答した 協力者は「~が」の部分が主語であると考えたり、主語とは「誰が」「何が」と捉えたりして いることが判明した。
図22 付帯質問の回答パターンの割合
教員と学生の回答の大きな違いは、「主題」・「動作の主体」・「助詞のマーク」のいずれにも 該当しない答えが多数見られたことである。ここでは、「なくてはならないもの」や「大事な もの」など主語の重要性自体は認識しているものの、きちんと主語を規定できていない曖昧 な回答が目立ち、中には主語の規定とは全く関係のない明らかに誤った回答も散見された。