第 2 章 日本語の主題卓越型構造の転移に関する先行研究
2.2 日本語の主題卓越型構造
2.2.5 二重主語文について
先述したとおり、日本語は属性叙述文を基盤とした主題卓越型言語である。日本語の主題 卓越性を示す現象として、主題 X が文頭に現れることと主語が必須ではないことに加え、
Schachter & Rutherford(1979)は、二重主語文が認められていることを挙げている。また、小 口(2016)によると、二重主語文およびそれに類似した構文は、中国語など他の主題卓越型 言語にも存在する。
二重主語文とは、「XはYがZ」という構造を持つ日本語文であり、「総主構文」と呼ばれ ることもある。ここまで扱ってきたとおり、「Xは」の部分が主題を表示している部分である。
「YがZ」の部分が述部、すなわち、解説の部分にあたり、述部の中にも主述関係があること
がこの構文において特筆すべき点である。その述部に対する主体の部分を総主語という。例 えば、下記の(35)や(36)に関しては、「象」と「辛いもの」が総主語であり、主題を表示 している部分であり、「鼻が長い」と「韓国が美味しい」が述部・解説の部分である。
(35) 象は鼻が長い。
4 ただし、(34)のような隣接関係を表す際、状況によっては、コピュラを用いることができる場 合がある。久野(1978:92)は「例えば、ハンバーガー店で、まとめて買ってきた色々な種類のハ ンバーガーを皆で分けるとき、“I am a cheese hamburger.”などという表現がたまに聞かれることが ある。」と指摘している。また、Fauconnier(1985)は、be動詞に構造する名詞が「発話者が注文 したもの」である場合は、“I am a cheese hamburger.”などという表現が容認されるとしている。た だし、この場合、注文時に“I am a cheese hamburger.”というような文は不適切であるとされている。
(36) 辛いものは韓国が美味しい。
菊池(1995)や野田(1996)などは、「XはYがZ」という構造の文にはいくつかのタイプ があると指摘しており、今田(1965)や尾上・木村・西村(1998)などが類型化を提案してい る。本論文では、英語教育の観点から論じるため、学習者がこれらの構文を英語で表現する ことを想定し、益岡・田窪(1992)や野田(1994)を参考にして、上記の(35)と(36)につ いて紹介する。
まず、(35)のような文は、Xが連体修飾語としてYやZを修飾する「[名詞]の」の「[名 詞]」になっているパターンである。三上(1960)は、以下の(37)のように、文頭の「Xの」
の「の」が「は」に交替する主題化の操作がなされていると指摘している。
(37) 象の鼻が長い。
⇒象は鼻が長い。
野田(1994)によると、この操作を応用すると、下記の(38)も(39)の操作によって導か れる。(38)は、「カキ料理の本場だ」という述語名詞の連体修飾語である「カキ料理」が主題 化した文であり、「カキ料理」を主題として表すために、「カキ料理」のコピーを文頭に表し、
「は」を後続させる。そして、後ろの「カキ料理」が代用化されて、削除される。
(38) カキ料理は広島が本場だ。(野田1994:35)
(39) 広島がカキ料理の本場だ。
⇒カキ料理は[広島がカキ料理の本場だ]。
⇒カキ料理は[広島が本場だ]。(野田1994:35)
また、柳瀬(2013:65)は、(35)と類似している(40)を英語で表現する際、以下の(41)
と(42)が示すような操作を提案している。
(40) うさぎは耳が長い。
(41) うさぎは耳が長い。
⇒うさぎの耳が長い。
⇒Rabbits’ ears are long.(柳瀬2013:65)
(42) うさぎは耳が長い。
⇒うさぎは長い耳を持っている。
⇒Rabbits have long ears.(柳瀬2013:65)
次に、(36)のような文は、Xが連体修飾語や形容詞にあたるYに修飾された被修飾名詞句 であるパターンである。野田(1994)は、以下の(43)のように、「韓国の」の被修飾語であ る「辛いもの」が主題化されることによって、そのコピーが文頭に現れ、提題助詞の「は」が 後続する。そして、後ろの「辛いもの」が代用化されて、削除される。
(43) 韓国の 辛いものが 美味しい。
⇒辛いものは 韓国の辛いものが 美味しい。
⇒辛いものは 韓国が 美味しい。
なお、(36)を英語で表現する場合、(43)の逆の操作を行うことにより、(44a)や(44b)
の英文が産出される。また、筆者がネイティブ・スピーカーに確認したところ、「韓国」を場 所の情報と考える場合、下記の(45)のような操作を行うこともできる。
(44) a.Korean spicy food is delicious.
b.Spicy food in Korea is delicious.
(45) 辛いものは韓国が美味しい。
⇒辛いものは韓国で美味しい。
⇒Spicy food is delicious in Korea.
他の例では、下記の(46)も(47)と同じような操作が行われている。ここでは、「辞書」
を主題化するために、「辞書」のコピーが文頭に現れ、提題助詞の「は」が後続する。そして、
「新しい辞書」の「辞書」が名詞の代用形「の」になる。
(46) 辞書は新しいのがいい。(野田1994:36)
(47) 辞書は 新しいのが いい。
⇒辞書は 新しい辞書が いい。
⇒新しい辞書がいい。
⇒New dictionaries are good.
本節では、学習者の心的負担を考慮し、構文の種類数ができるだけ少ない野田(1994)の 分類を中心に見てきたが、尾上・木村・西村(1998)は、X・Y・Zの間の関係に着目した分 類が可能であると主張しており、YがXの一部であるか、また、XとZの間に主述関係があ るかによって、表 15 のような A~Dの分類を試みている。例えば、A・Bのタイプでは、X とZが主述関係にあると考えられている。また、Bのタイプの文よりもAのタイプの文の方 がよりXとZの主述関係が明確であるとされている。一方で、C・Dのタイプでは、XとZ に主述関係がないと考えられている。また、XとYにおける全体・一部の関係が強いのがB・
Cのタイプの文であるのに対し、A・Dのタイプの文ではXとYの関係が弱い。5
表15 尾上・木村・西村(1998)に基づく二重主語文の分類
「X はY がZ」構文 X-Zが主述関係にある YがXの一部であるか
A) この壺は色が青い。
日本は国土が狭い。 ○ △
B) この子は目がかわいい。
この家は壁がきたない。 △ ○
C) 象は鼻が長い。
相撲は立ち合いが面白い。 × ○
D) 魚はさんまがうまい。
辞書は新しいのが良い。 × △
ここまで、日本語の主題とは何か、そして、日本語の主題卓越性を帯びている日本語文が どのように表されるのかについて論じてきた。次は、主語とはどのようなものかをまとめ、
英語の主語を習得する際に、この主題卓越型構造の日本語がどのように形で学習を困難にす るのかについて論じる。