第 4 章 事例の解釈
第3節 事例のインプリケーション
3.3 組織的知識創造理論における「場」の意味
い。
組織的知識創造理論における「場」の意味には、もう一つ「場」に包含され る述語論理を組み込むという意図があるように思われる。プラトンの場所(コ ーラー)は、ハイデガーにおいては「始原的な存在を性起させる振動するもの」
であったが、西田においては「無の場所」として捉えられた。西田のいう「無 の場所」とは、物理的なレベルでいえば振動の生成し消滅する場であり、存在 論的なレベルでいえば、生と死のせめぎあいのうちに存在がその原初的な姿を あらわす場所である。そして言述のレベルでいえば、主語的同一性の拘束から 解き放たれた述語的世界のことである。(中村,1998)もともと暗黙知は述語的 な知識であるから、「場」の概念の述語論理によって暗黙知をより深く考えるこ とが可能になる108。
「場」という概念は、空間と時間を統合するだけでなく、人間の意味的なつ ながりである関係性さえも包含する。それゆえ、主語的であると同時に述語的 である。「場」によって組織的知識創造運動の特定の機能やメカニズムが主語的 に説明できるわけではない。しかし、量子論において、素粒子が粒子と波動の 存在的二重性を基本的な性質をしていることが発見されたように、生命システ ムとしての個は、主語的論理と述語的論理の二重の論理によって両方から捉え られなければならない。組織的知識創造運動に「場」という概念が取り入れら れた意図もそこにあるのではないかと考えられる。
以上のように、組織的知識創造理論に「場」の概念が導入されたことによる 理論的な広がりは大きいといえる。
第4節 結論
第1章で提示した仮説に対して、事例においては次の点が確認された。
仮説1の「『場』の共創は自律分散的な組織形態によって促進される」に対し ては、自律分散的な組織における統合の原理として「情報合成」の仕組みが存 在すること、また、この統合原理の作用によって、組織間の「場」の共創が促 進されることが確認された。
仮説2の「共創の『場』は、両者の知識創造運動を活性化し新しい成果物を生 成する」に対しては、共創の「場」において両者の知識創造運動が活性化する ことで、イノベーションが促進されたことが確認できた。
108 Schamer(2000)は、西田の場所論における有の場所は形式知、無の場所は身体化された 暗黙知、絶対無の場所には身体化される以前の暗黙知が対応するとして、絶対無の場所に 対応する知識を自己超越知(self‑transcending knowledge)と名づけている。
また、二つの作業仮説の前提である「顧客との『場』の共創を通したイノベー ションは、成熟市場において新たな市場創造を可能にする」という仮説に対し ても、本事例によって妥当性が明らかにされた。
また、新たに次のような点が明確になった。
第一に、自律分散的な組織における統合原理とは、「場所」において拘束条件 としての「場」を生成する構造にある。つまり、分散における統合の原理を考 える上で、「場」だけではなく「場所」の概念の理解が不可欠である。
第二に、組織の間に共創の「場」が生成されるということは、組織的知識創造 運動が連結されるということである。このことによって、共創の「場」から新 しい成果物が生まれるだけでなく、それぞれの組織内部の「場」から新しい成 果物が生まれる。
事例研究を通じて、発見された仮説は以下の通りである。
仮説1:「場」を共創する個は、生命システムとしての個である。したがって、
組織が共創的になるためには、生命システムの原理を組織に組み込む 必要がある。
仮説2:絶対多様性をもつ個(個人や集団)が、「場所」的な非分離になること によって「場」の共創はおこる。
仮説3:共創の「場」の活性化は、第三者との新たな「場」の共創につながる。
つまり、共創の「場」は連鎖する。
仮説 1 において、特に重要なのは、生命システムとしての組織の存在性を捉 える視点である。「場」の共創には、生命システムとしての組織が前提となる。
生命システムの原理を、組織内に具現化する方法は一つではないだろうが、い ずれにしても、自己組織的な構造を構築できるかどうかが鍵になろう。
仮説2では、「場」の共創は、自己中心的な自己の能力に依存しているのでは なく、個が場所中心的な自己を自覚できるかどうかに依存している。つまり、
自己の中の場所中心性に気づくことが、「場」づくりの第一歩である。近代にお いて、自己中心的自己を中心にした議論が展開されてきたことによって、場所 中心的自己は自覚されにくい状況にある。しかし、「場所」は誰もが無意識に存 在している世界でもある。場所的自己は利他的自己である。そのような自己を 認識や善悪の問題ではなく、存在の問題として捉えることが、一般理論として の場所論を研究する目的となる。
仮説3は、現象として観察された顧客企業の行動の変化から抽出したもので ある。「場」の共創を一度でも経験すれば、その原理は暗黙知レベルで理解され、
新たな行動原理として個人や企業に根づく可能性がある。それは、その企業の コミュニケーション能力や哲学的な存在性にかかわる問題である。共創の「場」
が連鎖することによって、自己中心的自己によって設計されたものではない社 会システムが創られる可能性がある。それは場所的な社会システムである。