第3章 事例研究:前川製作所
第 5 節 組織間における場の創造(1)−食品加工機械の開発事例−
5.4 第Ⅱ期(1990〜92 年)
休眠状態に入っていたプロジェクトが再び始動するきっかけとなったのは、若 手技術者がつかんだアイデアであった。児玉龍二は機械工学科の出身で、もと もと食品機械の開発がしたくて1984年にマエカワに入社した。特に、入社当初 かかわった自動脱骨機に対する思い入れは強く、もう一度挑戦してみたいと考 えていた。
「一旦中断して、でもああいう機械をやりたいなとは思っていました。ずっ と考えていたわけではないですけれど、またやってみるかっていう話が万本 さんから入ってきた時、やるんだったらぜひ自分にやらせてほしいって言っ たんです。」57
万本にしても、中断したとはいえ顧客のところに行く度に自動脱骨機の開発状 況を聞かれ、何とかしなければという気持ちがあった。児玉は、機械のアフタ ーサービスをしながら実際にラインに入って脱骨作業を体験していった。そう して1年くらい経った頃、万本のところに児玉がきた。
56 前川製作所内部資料「トリダス座談会」より
57 前川製作所内部資料「トリダス座談会」より
「はがせばいいんですよ。今まで考えていたのは「切る」ことだったけど、
力はいるけれど肉をこうやって引っぱればきれいにはがれるんです。」58 彼が得た機械のイメージは「切る」のではなく「はがす」であった。実はこの
「はがす」というコンセプトは、開発がスタートした当初も顧客からよく聞か されていたし、町工場で第 1 号の試作機を作った時にも出されていたものであ った。しかし、開発の初期段階では「はがす」というコンセプトを的確に機械 に置き換えることはできなかった。手さばきを機械に置きかえることにこだわ って、骨から肉を切り取るための方策ばかり考えていたからである。「切る」と いうコンセプトを突き詰めて壁に当たったからこそ、「はがす」というコンセプ トが掘り起こされとも言える。
自動脱骨機の開発をマエカワが本格的に再開したのは 1990 年 3 月である。
「はがす」というコンセプトが明示され、開発の方向性としては引き剥がすた めの装置と仕掛けを考えることになった。工場で機械をつるすために天井から 下がっているクレーンを使って腿肉をひっぱってみたりもした。やってみると 腱の部分以外は、簡単に骨から引き剥がされることがわかった。腱の部分はや はりカッターで切らなければならないが、骨に沿って滑らせるのではなく、腱 に直角にあてればいいから、回転丸刃が一番簡単で効率的である。
その頃(1991 年頃)マエカワには開発審議会が出来ていた。自動脱骨機もこ の開発審議会で検討され、全社的なプロジェクトとして認知されるようになっ た。しかし、開発審議会という全社の場でオーソライズされたといはいえ、プ ロジェクトのために人選が行われたわけではなく、開発の核はあくまでもこれ まで食品加工機械の開発に携わっていた万本や岩崎を中心にした技術者数名で あった。営業のメンバーも遅まきながら一緒に開発しようという気運になって きた。それまでは、わずかに万本がコーディネーターとしてユーザーの意向を 反映させようとしていたものの、独法の営業担当者たちは機械の完成度が上が らないことにいらだって距離を置いていたのである。
「開発する方でいいものを作ってくれたら売ってもいいよというようなスタ ンスだった。マーケットのニーズはあるんだから。」59
58 前川製作所内部資料「トリダス座談会」より
59 前川製作所内部資料「トリダス座談会」より
日本全国にブロイラー工場は全部で約100社あり、そのうち大手が約30社あ る。全体で出荷されるモモ肉は、年間約10億本、300億円の市場である。マエ カワは、ほとんどの大手ブロイラー加工業者を顧客にもち、各地域の独法のメ ンバーが深く入り込んでいた。そのメンバーたちが横断的につながって東北か ら九州まで網羅するネットワーク型のプロジェクトが形成された。技術と営業 の人間が同じ土俵に上がって、開発と現場の情報を絶えず交流させる仕組みが 作られていったのである。新しいプロジェクトの名前は T プロジェクトであっ た。これは社内公募で決まった新しい自動脱骨機のネーミング「トリダス」に 由来する。Tプロジェクトのメンバーは、技術のメンバーだけでなく営業のメン バーたちもラインに入って脱骨作業を体験した。この共通の体験によって一体 感が生まれ、加工された肉の品質を上げるための方策や具体的な機械設計の方 向性を、お互いに確認しながら進めることができるようになったのである。
最終的に、脱骨の工程を 8 つのステーションに分解し、それぞれの工程は、
筋を切る、引きはがすといった単純な加工を行うように機械の仕様が決定した。
8ステーションそれぞれの機能は次の通りである。(図表5-4-1:トリダスの工程
⇒図表集参照)
図表 5‑4‑1:トリダスの工程
(参考資料:前川製作所)
(1) 筋入れした腿肉のセット (2) 足首の筋切り
(3) 下骨の筋切り (4) 膝関節部の測定 (5) 下骨関節の筋切り (6) 上骨関節の筋切り (7) 上骨の筋きり (8) 脱骨
(図表5-4-2:自動脱骨機「トリダス」)
各のステーションをメカトロニクスの生産技術へ置き換えて行っていったの である。動作を細かく分解することで、スピードアップも可能だし精度も上げ られる。骨の太さや長さがばらばらという問題は、途中にワークの大きさを測 定するセンサーを組み込んで関節の位置を計測することで解決した。
最初の「筋入れ」の工程は今回の機械加工の対象からははずされた。顧客の要 望からすれば「筋入れ」を含めた完全自動化が望ましい。しかし、機械で「筋 入れ」すると時間がかかりすぎ、精度も極端に落ちて歩留まりに影響すること がわかったので、筋入れとホールディングは人手に任せることになった。省人 化も重要であるが、厳しい日本の流通規格に耐えうる品質を維持しながら歩留 まりの向上を狙わなければ、決して顧客に導入してもらえないということを営 業のメンバーたちもわかっていたからである。
図表 5‑4‑2:自動脱骨機「トリダス」(参考資料:前川製作所)⇒図表集参照