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第 4 章  事例の解釈

第 2 節 事例のまとめ

2.3  組織内部における場の特徴と解釈

 分散的で大きな自律性をもった独法の集合体が、求心力を保ちながら一定の 秩序を維持し存続するためには、「情報合成」による統合の原理が必要であった。

 既に述べたように、マエカワには通常の組織において一般的に観察される「役 割と機能を明確に定義し体系化した上で、その体系にのっとった組織運営を行 う仕組み」はない。そういった制度や明文化されたルールは、二度と同じこと が繰り返されない環境の変化に適応して、適切な意思決定をリアルタイムに行 っていくことを妨げるものであると見なされ、できる限り排除されてきた101。 それに代わるのは、独法内や独法間の関係性の状態を明らかにしながら、新た な関係性を生成し(「場」を表出化し)組織の境界を拡大していくプロセス、す なわち「情報合成」の仕組みである。個々のメンバーは、そのプロセスを何度 も繰り返し経験することによって、その行為を「プロセス知」102として獲得して いく。

 組織内部における場の特徴を知る手がかりとして「企業化計画づくり」と「開 発審議会」の2つを取り上げた。これらは明在化された「情報合成」の仕組み である。

 マエカワにおいて最も基本的な「情報合成」の仕組みは、企業化計画づくり に集約されている。企業化計画づくりは、形式からすると事業計画を作成する ことであるが、その本当の意味は関与者全員で「関係性」の表出化、すなわち

「場」づくりをしていくということに他ならない。開発審議会のような一種の 制度化された「場」においても、問題にされているのは関係性、つまり暗在的 な「場」づくりのプロセスである。そして、その暗在的な「場」を全社に向か って開くのが、明在的な「場」である開発審議会の機能なのである。

 企業化計画づくりや開発審議会の目的は、一人一人のメンバーや個々の独法 が、日常的に体験する顧客とのやりとりや、肌で感じる市場の変化といった断 片的な「意味情報」103を持ち寄って、それらが何を意味するのかを抽出し、全員

101 清水・前川(1998,p14)で、前川は「長い時間をかけてルールをひとつずつなくしていっ たのです。ルールというものはどんなに細かく作っても点と点が規則正しくならんだ線で しかありません。ところが物事はルール通りにおきてはくれません。あらゆるできごとに ベストの対応をするためには、ほとんどの場合が例外処理にならざるをえない。ルールに 盲従するやり方のもっとも重大な危険性は、全体からみてどのような処理をするのが正し いかという判断力を個人からそいでしまうことです。自分で判断できなければ生きている ことにはならないのですが」と述べている。

102「プロセス知」とは、思考や行為のパターン、順序、手続きに関する暗黙知のことであ る。ここでは、明文化はされていないが個別の集団に所属することによって獲得される思 考様式や行動様式などを指す。

103 マエカワでは、情報を、潜在ニーズに対応する「意味情報」と、顕在ニーズに対応する

「データ情報」に区別している。

が感じている世界の全体像を描くことにある。

「企業化計画には『全部』を書くのではなく、『全体』を書きます。感じてい ること、自分が本心からやりたいと思っている熱意がそのまま伝わるように、

自分の独法の集団としての生きようが伝わるように書くのです。読んでくれ る人が他人ごとではなく、自分もおなじ環境に置かれたら同じことをやりた いと感じてくれるようならしめたものです。しかし、これがけっこう難しい。」

(清水・前川,p82〜83)

 たとえどんな些細なことであっても、それが現場の実感を伴っている限り行 動を通してつかんだ情報には意味が存在する。それゆえ、すべての意味情報を 切り捨てることなく計画に反映させる。そのプロセスが「場」づくりなのであ る。

 「企業化のイメージ」では将来なりたいイメージを出す。これは独法のビジ ョンであり意志表明でもある。ここでも環境認識の場合と同様に、メンバー全 員の想いが取捨選択されることなく盛り込まれていることが前提であり、現在 から未来を見るフィードフォーワードの視点が重視される。

 「企業化の方向性」では社内外の関係性を明らかする。自らがどのような関 係を構築していて、どんなところとの関係が欠けていて、どのような関係を新 たに構築していきたいかを誰に対してもわかりやすく表現するのである。つま り、どのような「場」をつくりたいかを明確にすることが「企業化の方向性」

の目的である。

 企業化計画づくりのプロセスでは、決して情報の足し算が行われているだけ ではない。企業化のイメージのような将来のビジョンは、ボトムアップ的な情 報合成だけでは描ききれない。そこにどうしてもマクロな全体情報を入れ込む 必要がある。例えば、トップダウンの情報には、世界の市場がどう動いている のか、市場が求めているものの本質は何かといった大きな潮流も含まれる。ト ップダウンといっても、必ずしもトップマネジメントから発信されるという意 味ではない。トップダウンの情報は、経営者の直観力や集団の環境とのコミュ ニケーション能力に依存する部分が大きいが、より広い観点やより異質な観点 を取り入れて組織全体で「感じている世界」の情報である。トップダウンの情 報が付け加えられることによって、日常的な体験から生まれる情報に新たな意 味が付け加えられ、現場の直観から生まれた仮説が検証されるのである。この ボトムアップの情報とトップダウンの情報が相互に整合的になってはじめて、

企業化計画は生きた計画になると考えられている。

 このトップダウンの情報とボトムアップの情報を「場」の観点から解釈する

と、ボトムアップの情報とは「場」の情報であり、トップダウンの情報とは「場 所」の情報であると考えられる。「場」の情報は、現場から表出化しつつある暗 黙知である。そして「場所」の情報は、個別の集団の存在根拠であるところの 生かされている環境の状態である。清水は、ボトムアップ的というのは、自己 という個の観点から一緒に共創していくことであり、トップダウン的というの は、場所の中で全体の流れを定めながら、その流れの中に個々を位置づけてい くということであると述べている(清水,1998)。両方の働きが整合的になるこ とで全体の秩序が決まるのである。これは、局在的自己(自己中心的自己)と 遍在的自己(場所的自己)の相互誘導合致の働きと一致する。

 情報合成による統合の仕組みにおいて注目されるのは、ブロックの存在であ る。ブロックは独法の集合体であり個別の独法を管理する機能はない。ブロッ クは情報合成を階層化する仕組みである。ブロックが対応している市場は、個 別の独法が対応している市場を単純に合計したものではなく、ブロックの観点 から見た情報レベルの異なる市場である。(図表4-2-2:情報合成と関係性)

 個々の独法とブロックの関係は、情報合成のレベルからいえば、「場」と「場 所」の関係になる。ブロックとグループ全体の関係も「場」と「場所」の関係 になっている。さらに、グループ全体と顧客企業を含めた意味での市場も、「場」

図表 4‑2‑2:情報合成と関係性

縦の関係性

横 の 関 係 性

前 川 製 作 所 グ ル ー プ 全 体

独 法 独 法

ブ ロロ ッッ ク

他 企 業 官 ・学

顧 客

独 法

市 場 市 場

顧 客

企 業 化 計 画 づ くり 開 発 審 議 会

と「場所」の関係になっている。それぞれは、横の関係性と縦の関係性で結ば れている。このような入れ子状の構造は、生命システムにおける形態単位の階 層構造と同じである。生物学の「場」の理論では、「すべてのシステムないし有 機体は単純なものから複雑なものまで階層的に組織化されており、このような システムは様々なレベルにおける形態単位から構成されている。このような階 層構造においては、高レベルの形態単位は、構成要素である部分を調整しなけ ればならない。この調整は高レベルの形態単位の形態形成場が、低レベルの形 態形成場に作用することによって行われると考えられるため、形態単位だけで はなく形態形成場も階層をなして組織化されている」(西口,1997)と考えられて いる。つまり、マエカワの組織における情報的階層構造は、生物システムの形 態形成場の階層構造と同様の特徴を持っていることが指摘できる。