第3章 事例研究:前川製作所
第 6 節 組織間における場の創造(2)‐パン工場改善プロジェクトの事例
6.5 生産技術のプロ
1994年のプロジェクトの場合も、冷凍生地工場とホールセール工場の機能統 合は部分的に行われていた。しかし、バブル経済下でモノが大量に売れている 時代にあっては、現場の混乱を招くような工場の機能統合という提案は浸透し にくかった。新たな設備投資や技術開発などの必然性も低かった。市場の本当 のニーズが見えなくなっていた時期であった。
「94 年の時も、大体同じようなところまで考えてはいたんです。でも、その ときは徹底できなかった。今回との大きな違いは、マエカワさんの『製販技 一体』の考え方が入ったことです。マエカワさんから、チキンや豚の脱骨機 の話を聞いて、『製販技一体っていうのはこういうことだな』っておぼろげに わかってきました。ただ一緒にいればいいってもんじゃない。それぞれが一 体になって取り組まなければ新しいものは何も生まれない。成功するかどう かはやってみなければわからないけれど、明かにそこに切り口があると思い
79 河野、第3回
ました。」80
しかし、工場の機能を合体することによって効率のよいモノづくりができる という保証はどこにもなかった。卸売業と小売業81の両方の事業をもつタカキで は、これまでそれぞれの事業には別の機能をもつ工場が対応してきた。広島工 場は、ホールセール事業にだけ対応する工場であり、小売業には対応していな い。約60キロ離れたところにある千代田工場は、小売業に対応する冷凍生地専 用の工場82であり、ホールセール事業には対応していない。94 年の新ホールセ ール検討プロジェクトでも両方の工場の機能を合体させ、千代田工場で生産し た冷凍生地を、広島工場に運んで焼成するといった試みがなされたが実験レベ ルで終わっていた。なぜならば、千代田工場から広島工場に運ぶことによる物 流コストの増加や、品質面で日保ちの要求されるホールセール事業で冷凍生地 を使うことの技術的な難しさなど、解決すべき問題がたくさん出てきたからで ある。
今度のプロジェクトではこのような問題を解決するだけでなく、本当に採算 のあう投資であることを証明するために正確なシミュレーションを行うことに なった。マエカワから新たに井田が加わって具体的な試算が始まった。井田は 生産技術のプロである。マエカワに入る前に大手自動車メーカーで、製造工程 の改善改良や工場経営に長年たずさわってきた。自動車工場で培った生産技術 をもとに新たな提案をするために、製造ブロックのメンバーと共に今回のプロ ジェクトに加わることになったのである。井田の生産技術の観点からすると、
パン工場も自動車工場との類似点が多いことがわかった。
「パンメーカーでも、多品種少量のパンをどう安く作るかが課題で、なかな かうまい案がないと伺い、近年の自動車も事情は同じでしたから、自動車工 場ではこんな考え方で進めていますとお話したのです。」83
自動車工場は一見すると同じ車を大量生産しているように見えるが、同じラ インに違う車種を流すことが一般的に行われている。同じ車種であっても微妙 に仕様が異なる。このような意味で、自動車工場では多品種少量生産をもっと も効率良く進めるための生産技術が求められてきた。自動車とパンでは作って
80 吉村氏へのインタビュー
81 タカキの小売部門は、直営店とフランチャイズ形式の小売店への生地提供という2種類 がある。
82 千代田工場にはごく一部の商品に対応する焼成工程しかない。
83 井田氏へのインタビュー
いるモノ自体は全く違うが、作り方のコンセプトは応用できる。井田の確信は そこにあった。
パンづくりの工程で、仕込みから焼成までを一貫して行うことを「直接製法」、 生地にした段階で凍結するのを「冷凍製法」とすると、この2つにはそれぞれ の特徴がある。広島工場で行っている直接製法は、大量のパンを一度に作ると きは非常に効率がいい。しかし、焼成まで行うので作り置きすることはできな い。一方、冷凍製法は冷凍するためのエネルギーコストはかかるが作り置きし ておける。いろいろな種類の生地を大量に生産して凍結したのち、必要な時に 必要な量に応じて解凍して焼成すればいいのである。どちらかの製法が優れて いるというわけではなく、直接製法の方が品質も味もいい生地もあれば、冷凍 に適した生地もある。製法とコストの関係をシミュレーションすることによっ て、二つの製法のベストミックスはどこにあるのかという点を明らかにするこ とになった。その結果、三つのパターンに分けられることがわかった。
まず、一回の生産量が 100 個以下といった非常に少量のアイテムは、従来通 りのスクラッチで対応するのがよい。ある程度の生産量がないと、冷凍生地ラ インの生産能力が大きいので、短時間で生産が終了してしまい効率が悪いから である。一方、数千単位のアイテムは、物流コストを考慮しても冷凍製法の方 が効率がよいことがわかった。しかし、一日1万個以上の生産量があるものは、
冷凍というエネルギーコストをかけなくてすむ分、かえって直接製法の方が安
くなる。(図表3-6-2:直接製法と冷凍製法の比較)
冷 凍 製 法 の 生 産 効 率 改 善 効 果
0.00 0.10 0.20 0.30 0.40 0.50 0.60 0.70 0.80 0.90 1.00
50 71 100 141 200 283 400 566 800 1,131 1,600 2,263 3,200 4,525 6,400 9,051 12,800 18,102
品 種 ご と の1日 当 り 生 産 量 生
産 効 率
0.0000 0.0200 0.0400 0.0600 0.0800 0.1000 0.1200 0.1400 0.1600 0.1800 0.2000 0.2200 0.2400 0.2600 0.2800 0.3000 0.3200 0.3400 0.3600 0.3800 0.4000
一 個 当 り 製 造 費 用︵
指 数︶
直 接 製 法 効 率 冷 凍 製 法 効 率
直 接 製 法 製 造 費 用 冷 凍 製 法 製 造 費 用
参考資料:㈱前川製作所
図表 3‑6‑2:直接製法と冷凍製法の比較
つまり、生産量によって 100 個以下のアイテム、数千単位のアイテム、1 万 個以上のアイテム、という三つのパターンがあることがシミュレーションでは っきりしたのである。冷凍生地をホールセール事業に使うことによる日保ちや 味の問題も、新しい技術の開発してなんとかクリアできる目処もたった。計画 実行の要である千代田工場の工場長もこの複合化工場構想に共感し、全面的に 協力することを約束した。
「タカキ全体がよくなるために千代田と広島を結合することになったんだか ら、成功させるためにどうするかを考えるしかないと腹をくくりました。」84 タカキの将来を展望する構想とプロジェクトの熱意が、創業当初から冷凍生 地の技術を育ててきた職人工場長を動かした。また、広島工場にはプロジェク トの中心メンバーである岡田が工場長として着任することになった。計画の核 心である工場の機能結合に欠かせない両工場の協力体制が整ったのである。両 工場の機能を合体させることによって、単なる工場の老朽化対策にとどまらな い投資回収可能な生産システムの素案が出来あがった。