第2節 人格形成の3次元からの分析
1 本節の課題
前節では、藤樹が「自己実現しつつあった人物」であることを実証するために、生活空 間から見た発達的分析を行ったが、本節では、人格の3次元分析から実証したい。
2 西平の提案
西平は、『生育史心理学序説』の中で、人格形 成の3次元を提唱している。(4)数年間、伝記資 料を渉猟して、人格形成過程の研究をした結果、
人格の3次元を仮定することが有効であると考え るようになったという。それは、日常的な安定や 調和、幸福感といった「健全性」と業績の偉大さ や独自の影響力といった「偉大性」と、家庭的、
日常的な幸福を自ら捨てて顧みず、無欲でいなが ら多くの人々に慕われた良寛に象徴される「超越 性」の3つの軸である。
』 箋、
楽観的に対処できるパーソナリティ)
m定的・受容的な構え(他者に対して寛容さで接する。人
@ 々からも認められ愛され、溶け込む)
健全性が歪められ、異常性格や倒錯現象、自殺願望が問題
ニなる人物
ヒットラー、ヒ
?堰[、ネ郎等
適時刺激(早期に感化教育され、心身が一定の成熟段階に
@ 達したとき与えられる刺激がもっとも効率的な
@ 機能を発揮するという構造一機能の原理が充足
@ される。)
c宴gリアム享受の有無(アイデンティティを親から強制
@ されたり、妥協して早期に決定することを拒否
@ して、本当の自己の才能・適性・目標・使命を
@ 探求する。)
ツ人的アイデンティティ;使命感の形成(自己が一つの目
@ 標のために生きているという自覚)
ツ人と歴史の波長の一致(時代の波に乗るか否か)
ほとんどすべて フ音楽家、ルソ [、ミル、ノー
xル、高村光太 Y、中村吉衛門 X欧外等
倹ァ高校生に見 轤黷髏l物
g田松陰、ガン Wー、坂本龍馬 Jストロ等 泣^ー
偉大性が歪められ、憎悪・怨恨・復讐などの行動の人物 ヒムラー、ヒッ gラー等
無我・清貧・簡素という形での健全性・偉大性の否定(あ ソロー、西行、
超 くまで本来あるがままの自己に帰って生きよう 芭蕉、トルスト
とする自発的なもの) イ等
天真燗直な子供らしさ(社会的拘束や世重体から解放され アインシュタイ 自由闊達さ、天衣無縫なかまえがある種の芸術 ン、良寛、一休 越 的創造や研究上の独創的発明発見につながる) 南方熊楠、岡本
太郎等
宗教的な愛・慈悲・救済の願望(慈悲心に近い愛、側隠の ペス遠声ッチー
心、自他一体の感覚) ナイチンゲール
性 シュバイツァー
マザーテレサ古
西平の長年の伝記研究から従来の健全性、偉大性に加え、超越性の志向軸を創案したこ とはまさに西平の卓見というべきである。人物によっては、複数の志向軸を共有するもの もあるが、これによって、藤樹の人格分析の手法がさらに立体的になったといえる。
3 藤樹の人格の3次元分析
西平の手法を藤樹の年譜やそれに基づくエピソードを資料に分析する。
(1)健全性について
基本的信頼感については、藤樹は、9才で生まれ故郷をを離れるまでずっと両親といっ しょであった。特に母親の市は、しっかりもので、家族の世話や田畑の仕事に励み、一生 小川村から離れたことがなく、後に藤樹の脱藩を決意した理由の一つとしてこの母への孝 養があったほどの大きな存在になって顧たことから、十分に基本的信頼感が得られていた と考えられる。さらに、生まれ故郷を離れたとはいえ、その後は、祖父母といっしょであ り、肉親の愛情は十分だったと思われる。
自我の強さについては、11才のときに学に志して以来、朱子学から陽明学、藤樹心学 に至るまでに体験した困難や葛藤と、それを耐え、克服する過程がみられ、藤樹の強い自 我の表れとみることができる。
自我の外界との調和については、何事も楽観的に処理することはなかったが、対人関係
(36)
では、親和的であり、とくに同志を心友と呼び、同志への配慮は肯定的、受容的であった。
村人からも「藤樹先生」、後には「近江聖人」と呼ばれ、敬愛された。
これらのことから、藤樹の人格に、健全性の志向軸を見出すことができる。
(2)偉大性
適時刺激については、祖父の影響が大きく、早期教育の成果があったといえる。この刺 激は、学への志につながり、学問研究と村落教師に生きるアイデンティティの確立に発展
した。この動きは、武士として出仕し、忠節を尽くす家来として生きることよりも、あく までも自己に忠実な生き方を貫くための苦難の選択過程であったと考えられる。そしてつ いに真の自己の主体に生きる道に成功し、伝統的な朱子学の襟縛から解放された新しい学 問の創造と、熊沢蕃山に至る日本陽明学の樹立を見たのであって、この過程に藤樹の偉大 性の中心があるといえる。
(3)超越性
藤樹をして藤樹たらしめている最大の志向軸は、この超越性だと思われる。超越性には 4点考えられる。
第1は、無欲、清貧、簡素の最小限度の素朴な生き方は、無理な禁欲主義でもなく、武 士を捨てた藤樹にはもはや世俗的な野心、所有欲、虚栄心の類いはなく、日常の謙虚な姿 勢で学問追求に執念をもやし続けたこと。特に成人してからの藤樹は、性格的な圭角もと れ、慈悲心に満ちた円満な人格者として門人はもとより、村人からも敬愛されていた。特 に能力の劣った人妻に対してもこれを差別せず、その教育に精魂を傾けた点は、藤樹が希 有の並外れた、すぐれた教育者であったことを示している。
第2は、彼の学問は、当初朱子学から出発して後に陽明学に共鳴したのであるが、和辻 の指摘(5)のように、彼の思想の精髄:は、朱子学とか陽明学とかの別を超越したところに あった。彼は学派の争いを意とせず、いずれからも取るべきところは取り、何学派といっ たレッテルからは超越していたこと。
第3は、第3章で検討するように、思想の形成過程、特に後期において次第に儒教とか 仏教とか道教という枠にしばられることから脱却し、いわゆる三教一体の境地に達してい たとみられること。
第4に、そして最も重要な点では、マスローが指摘している「超越性」との関連である。
マスローは、伝統的な心理学的人間観を超越した、哲学的宗教的人間を単なる健康人とは 区別している。(6)特に「東洋倫理思想での「自己実現」概念では、1天1の思想との合 一の志向があり、(7)藤樹には典型的にその志向がみられること。
4 まとめ
西平の人格の3次元分析により、藤樹の人格を検討した結果、藤樹の人格をより立体的 に浮き彫りにすることができた。健全性があっても、偉大性・超越性のない者、偉大性グ あっても健全性がない者、健全性・偉大性があっても超越性がない者等、伝記中の人物に 限らず、現実の人物にも、西平の志向軸に具体的に該当させてみることは可能である。筆 者が問題としている「自己実現しつつある人間」は、この3つの志向軸をすべて兼ね備え ている人間とみてよいのではないか。その意味では、西平の人格の3次元分析によっても、
藤樹が「自己実現しつつある人間」であったといえる。
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第3節藤樹における聖者性の問題
一P.A.ソローキンによるキリスト教・
カトリック聖者の調査との比較を通して一
1 本節の課題
藤樹は、近江聖人と崇められてきた。『藤樹先生補伝』によれば、「近江聖人の称号の 起源については、すでに門人の闇では内々聖人を以て呼ぶものがあったことは知られてい
るが、文章で現れたのは、室鳩巣の門人の河ロ子深の著『斯文源流』を以て疇矢とし、先 生の没後およそ100年である。門人が『聖人』と発することは、『我が堂の仏尊い』と
いうようなもので、聞いてよくないので、あくまで謙譲の態度を強持していた」(8)とあ る。ここでは、ソローキン(P.A. Sorokin)による「聖者に関する統計的調査」(9)によっ て「聖者性」を客観的に比較することを試みており、その意味で、「聖人」を「聖者」と を同意義に使用することにする。ソローキンは、関連資料をすべて伝記から集め、分析し たが、不幸なことに、聖者の生活史の多くが不明であったし、聖者の伝記の多くは簡単で、
十分な資料とはいえなかったので、情報が欠けていた部分は不明として処理された。そう した限界のある研究であることを念頭におきつつ、以下調査項目に従って、その結果と藤 樹との比較を試みてみたい。
2 調査項目毎の考察
(1)聖者の性別分布俵1)
数字の示すところによれば、聖者中、男性が女性の約5倍であ る。これまでの歴史は、科学と哲学、宗教と芸術、経済と政治の 分野における第一級の指導者は、一貫して、女性より男性に多い ことを示している。しかし、これは、聖者の身分や最も高度な創 造活動の分野では、女性の機会が不平等であったということで、
社会的要因が大きい。女性が真に解放されれぽ、女性の占める割
合も増すものと考えられる。このことは、18・19・20世紀
にはそれ以前の世紀に比べて、女性の聖者が増加しているのであ性別 人数 百分率
男性 2526 81.7
女性 519 16.8
不明 45