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へ曖および他勧ら曖を通して意味礪
学問に対する強い追究的態度。内的生活の重 求B教育実践の構え。
与していること。一同舳な白絹
(64)
4 筆者のとらえた藤樹の精神的健康性の特徴
筆者は、藤樹の精神の健康性を1、確かなアイデンティティ(立志)と 2、深い共感 性(心友への励まし)の2点にとらえた。
(1)立志
まれにみる独創的な学問としての藤樹学に終姶一貫していたものは、まさに聖人たらん とする「志」であった。彼は、立志の重大性を門人に書簡を送って説いている。藤樹は、
「志立ちて、学半ばす」という王陽明の言葉を繰り返し引用しているのである。
もともと8才で田舎の卑俗な風習に染まることなく落ち着いていたし、9才で積極的に 文字を習得、10才にして祖父は彼の優秀さを人に会う度に自慢したのであるが、彼自身 は、「吾コレノミニ止ルベカラズ」と自重し、上昇性の萌芽がみられるのである。12才 では、食事の際、父母の恩、祖父の恩、主君の愚に思いを寄せ、14か日、藩の重臣達の つまらぬ話を隠れ聞いて落胆するほどの強い道徳的感受性を示し、15才では、自らの過 失を1ヵ月以上忘れないほど生真面目さを表していた。
17才になり、京都から「論語」を講じにきた禅師のただ一人の聴講者となり、禅師が 途中で京都に帰ってしまうとr四書大全』を買い求め、人目を揮りながら夜遅くまで読み ふけったという。r大学』を始あ『論語』r孟子』にみな通じたという。しかし、『大学』
については、すでに10・11才のときに触れているとの説もあり、その際藤樹は、「天 子から庶民に至るまでみな身を修めることを本としている。これに従う自分はなんと幸せ 者か」と涙を流したという。まさに藤樹の全生涯を貫く聖人志向の感激的な体験がすでに
10代にあったということは驚くほかない。
20才では、年譜に「聖学ヲ以テ己が任トス」とあるように生涯の使命を自覚確認し、
その志を確立したのである。33才の時著したr翁問答』では、「志の立てようと、学問 のしようにて、千万里の誤りとなる」(56)と立志の重大性を説いている。
(2)心友への励まし
この励ましは、一貫して立志の重要性について説くものであった。
38才 岡村梅忠宛 「この道の志だに真実に厚く候わば、取入疑あるまじく候」(57)
中西常慶宛 「右の3章は、学者志を立つる所以の蕎票(めじるし)なり。吾人よろし く熟読体認して、篤くその志を立つべし。王子G醐)曰く、志立ちて、学半ばす」
39才中村重節宛 「工夫よく積りぬれば、必ず開悟の時節これあるものに候。先ず志」
をかたく立て定め、効を急がざるを工夫の第一義とす」(59)
晦養転貸 「かつ学道の憤非もでき候て、世聞にたぐい稀なる境界にまがりなり 候、志は大いに進み申し候。……」(60)
40才、岡村伯忠宛 「心術如何。定めて年とともに新たにござあるべきと察し存じ候。
いよいよおはげみ御尤にござ候」(61)
吉田新兵衛宛 「……御座だに切に候わば、時節もこれあるべきか。聖人は金石 のうちさえ往来さわりなきとなん。いわんや人間世をや」(62)
国領太郎右衛門宛 「進退起伏定まりなきこと、初学の通病にてござ候まま、さ のみ堕落をおとがめなく、志のすたり申さざるように。志だにすたり申さず候え ば、いっとなく進み申すものにて候」(63)
国領定郷宛 「道を求むるは、洛陽へ上るにたとえ申し候。洛陽へ上る志をかた く立て定むれば、その道中種々の難にあい候といえども、ひたすらに上る道に解 怠なく、ころべば、起きて行き、ころべば、起きて行き、退屈なく候えば、終に 洛陽に至るものに候。そのごとく、聖人に至らんとの志をかたく立て、堕落して は、七並し、過てば、改め、落命に退屈なく候えば、聖地に至るとなん、とかく 過をとがめず、志をとがめ、幾度も提衡御尤もに候」(64)
森村伯仁宛 「……ただひたすらに志をおはげみなさるべく候。対算見解等、底 に徹せざる故、堕落がちになり行き候」(65)
41才 森村伯仁宛 「御受用底、間断がちにござ候、初学の通病にて候。聖人にいたら ざる前は、荘子といえども、時として違わざることあたわずとなん。必ず御退屈 なさるまじく候。ただ勇猛に志をおはげみなさるべく候」(66)
岡村伯腰強 「けだし初学の士、良知を安心立命の地と定め、厳密に志を立て、
勇猛に己に克ち去りて、一毫も銀難苦労を揮らず。己に克つにあたりては、その 身命をも顧漏すべからず。……」(67)
以上のことから、アイデンティティの確立した不当不屈の立志と同時に、それは孤独の 行者としてではなく、絶えず同志や愛弟子を暖かく励ます深い共感性のあるパースナリテ
イの持ち主としての藤樹の精神的健康性を実証することができる。
(66)
第5節 中江藤樹と「自己実現」
前節では、藤樹が自己実現人間としての条件である精神の健康性について検討した。
ところで、人格の自己実現に関する研究は、人間性心理学の大きなテーマであり、もし、
藤樹が「自己実現しつつある人間」とするならば、現在人間性心理学がもつ人間研究の視 点との間に一致をみるはずである。
そこで、本節では、上田の論考に従い、その視点と藤樹の「人と思想」との比較を行う ことにしたい。上田は、まず人問性心理学を人間存在の特質として、人間尊重と自己実現 への基礎を構築しようと試みる学問であるとし、次の3点の特徴をもつ(68)とする。
(1)人間を行動水準ではなく、人格水準において、そのすべての特性を包括的に監察理解 しょうとする立場(全体論的立場)
(2>人聞を対人関係においても、人格内の領域においても。2次元的対立と調整の図式で とらえるのではなく、超越と発展という成長、自己実現の観点に立って、立体的にとら える立場(価値的立場)
(3)人間を病理的立場から見るのではなく、本来価値の内在する存在としてとらえ、自己 実現が価値実現を意味するものと解する立場(価値的立場)
上田は、このような人間性の視点は、学習、認知、情緒、動機、人間関係の各側面につ いて、それぞれユニークな課題を提起するものであるとして、これを次のように表示して いる。ただし従来の心理学の部分と上田の説明からの一部を筆者がつけ加えた。
全体論的 立体的 価値的
学 習
洞察、覚醒、意i鍍革従来の心理学