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その後にEFGの段階をおくことによって、変容の前段階や、Dの後のより深い思想 形成や現実への発展的段階が詳細に考察できたように思われる。

ドキュメント内 中江藤樹における「自己実現過程」の研究 (ページ 126-131)

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A、 その後にEFGの段階をおくことによって、変容の前段階や、Dの後のより深い思想 形成や現実への発展的段階が詳細に考察できたように思われる。

 劇的と思われるBCD段階で共通していることは、儒書との砕たく同時的出会いが重要な 転機になっていたことである。形は偶然であっても、求めていたものに出会うことは、偶 然以上の運命的必然性が感じられるのである。そのことは、出会いがある度に書かれてい

る『年譜』の言葉が何よりそのことを語っている。

 すなわち、

    31歳のとき、五経を熟読するに触発感得あり     32歳のとき、郷党の篇に至って大に感得触発あり     33歳のとき、孝経を読で愈味深長なることを覚ふ     33歳のとき、性理会通を読み、発明に感じて

      王龍渓語録を得たり。その触発することの多きこ悦ぶ。

    37歳のとき、陽明全書を求め得たり。これを読で、甚だ触発印証す       ること多きことを悦ぶ       (下線筆者)

      重語剰語を読み、喜んで寝ず

などとあり、触発・感得・発明・印証等の言葉が特徴的に出ている。

 古川によれば、 「触発」とは、学習による内発的感動・感奮であり、 「印証」とは、日 常の社会生活の中での体験を通して感憤(奮)興起することによって得られる「心々融会 の妙」を得ることである。藤樹は、単に訓詰を学ぶのでなく、聖賢の心がわが心となり、

わが言行が聖賢時中の言行となるように学習することが「正真の学問」としている、とす

る。(52)

 つまり、藤樹の内部において「正真の学問」に向けての模索の過程で、問題意識ないし は疑問として響催した状態が、様々な儒書との効果的な出会いによって、まさに目から鱗

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が落ちるたとえのように解放され、覚醒されたのだという意味で畔啄同時的出会い」な のであり、それに伴う喜悦なのである。小出(元躰辮絵会長)は、藤樹先生は、「止むに止ま れぬ喜び」を「悦」と表現し、下熱は、「止むに止まれぬ歓喜」を「悦」と表現された、

としている。(53)尋常のうれしさではないことは、アルキメデスが、浮力の原理を発見 したとき、「わかったぞ!」と叫びながら裸のまま風呂屋を飛び出していったエピソード を彷彿とさせる。マスローによれば、超越的人間の特徴は、「真・善・美」に強く動機づ けられている。藤樹は、その真理追求の努力をなし、ついに求めていたものに出会い、「

止むに止まれぬ歓喜」というまさに天にも昇る至高経験をしたのである。しかも、その経 験が一度に留まらず数度にわたる儒学書との出会いの度毎に継続的になされたということ が大きな特徴になっていると考えられる。したがって単に藤樹の「自己実現」ということ よりも「自己実現過程」により大きな意義なり魅力を感じる所以である。

 ところで、大久保は、生活史における転機研究として、次のようなことをあげている。

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個人はいかなるできごとを転機として認識するか。

転機は、なぜ、どのように生じるか。

転機をめぐってどのような他者が登場し、いかなる役割を演じるか。

人生上の諸時期と転機とはどのように対応するか。

社会の転換期と人生の転機とはどのように同調するか。

 大久保は、転機において重要な役割を演じる他者として、先行世代や友人等の人間・本・

芸術作品・感動的な風景・歴史的事件・大きな個人的事件・身体上の異変等をあげている。

藤樹の場合、本人自身の認識としての確証はなく、年譜の記事に頼るしかないが、転機に おける他者の影響からすれば、儒教に関する書物であったことはまちがいないことであろ

う。特に幼少のときを除いて師につくことはなく、ほとんど独学に近かった。

 大久保は、個人の生活史を検討する中で、転機のメニズムとして「外心型」 「内発型」

「制度型」の3つをあげる。(55)「外発達」は、外部からの衝撃による生活構造の剥奪→

アノミー状態→レディネス状態→新しい生活構造の構築という過程をたどる。「内発型」

は、構造的ストレスの増大(レディネス状態)→契機→既存の生活構造からの脱出=新し い生活構造の構築、ということになる。「制度型」は、例えば「卒業」という制度的な出

来事によって既存の生活構造が終焉したりする。

 藤樹の場合についていえば、外部ではなく、藤樹自身が抱いた朱子学に対する疑問とい う、精神生活上の構造的矛盾が内在し、「経書」との出会いを契機に新しい価値観での精 神生活にはいっていったという意味では「内発型」だといえる。

 また、大久保は、内発型の転機における偶然性という興味深い問題について論じている。

(56)大久保は、出会いは偶然であるにせよ、その人物の転機にはそれなりの伏線があり、

ある意味では起こるべくして起こったともいえる、というのである。レディネス状態とい うのは、新しい生活構造へく移行の契機を求めて意識が外部に広く開かれている状態であ るけれども、たまたま入ってきた刺激に対して無差別に反応するという受動的な状態では ない。そこらはたとえ無意識的なものであれ、主体的な選択が働いているのである、とい う。藤樹の場合、全く大久保の言う通りであることは、すでに述べた。ただ、地理的に京 都に近く、論語の講釈が聞けたり、最:新の儒書が手にはつりやすかったことは、幸運であっ

たと思われる。

 さらに大久保は、年齢および時代との関連を調べている。(57)現代人では、10代後 半と20代に転機をもっとも経験しやすく、敗戦後の世相が時代に関連している。藤樹の 転機については、10代での志学に始まっているが、大きな転機となったのは、30代で の儒書との出会いであろう。時代的には、徳川幕藩体制の中、封建社会秩序が進行中であっ たが、林羅山に対する鋭い攻撃にも拘らず幕府からの圧力はまだ見られず、藤樹にとって は因習を打破して新しいものを創造できる余地があったというべきである。もっとも、藤 樹の死後陽明学派に対する弾圧は、弟子の熊沢遊山に向けられた。

 生育史的には、普通「脱藩」が大きな転機とされているが、本節では、思想に限定して いるので「脱藩」問題は排除して考察した。

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5 自己実現の特質から

 はじめに、筆者が想定した「自己実現」の特質である「上昇性」 「過程性」 「超越性」

からみて、藤樹の思想形成過程はどのように整理されるでろうか。

 第1の「上昇性」について。この上昇への傾向こそは、まさに自己実現概念において特 に強調されているところである。対象に対する積極的な追究意欲、努力目標の設定など、

本来人闇にはこのような上昇志向が内在している。藤樹は、早や11歳のとき、『大学』

を読んで「聖人になるの志」をたてた。これには、祖父による指導など、環境的影響も大 きいが、本人の生来の生真面目な性格が以後の大成を可能にした。

 第2の「過程性」について。単に上昇志向をもつだけでは、自己実現は達成されない。

夢や志をもつ。しかし、挫折や葛藤が起きる。それに対して果敢に挑戦をし、克服してい く。このようなたくましい生きる力が自己実現を可能にする。本章では文字通り、「自己 実現の過程」に着目し、自己実現のプロセスを追ってきた。しかし、本来、プロセスは思 想面に限られず、その他の問題とも無関係ではない。生活全般にわたってのたくましく生 きる力がなければ、自己実現は達成されない。藤樹にはそのたくましさがあった。藤樹は、

聖人性から検討したように、学者といっても象牙の塔に籠るタイプではなく、人倫日用の 工夫として村人とも積極的に接触し、読書のための読書や座禅に頼るだけの修養を強く退 け、体験:を重視したのである。

 第3の超越性はどうだろうか。すでに第1章第2節において、3次元分析での結果を4

点あげている。第1は、世俗的なものからの超越であり、第2は、学問的派閥からの超越 であり、第3は、晩年の三教一体の境地であり、第4には、「天」との合一への志向がみ られたということであった。上田は、「上昇への傾向、高所に対する人間の憧れは東洋思 想における『天』の概念とも無縁ではない。キリスト教の昇天思想も天なる神のみもとへ 帰る信者を表し、ドーム型の建築も天国への憧れである。人間は必然的に天を憧れ、帰依 しようと努めるのだ」(58)と述べている。とくに藤樹の場合、「孝」の概念にみられたよ うに宗教的なとらえ方で、朱子学から離脱し、天と自己との関係を主軸にした畏天命と尊 徳性の思想展開である。自分の身体は父母の遺体であって自分の所有物ではない。父母は またその祖先の遺体であり、これを湖れば「天」に達する。だから藤樹は天と自己との関

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