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時間の感覚を失ってしまった。道筋はもはや道路と呼べるものではなくなり、牛車では そこを通れない。単なる狭い小道でしかなく、我々は一列縦隊で進んだ。上り坂となり、

サルウィン川の支流である川が眼下で騒々しく岩の上を流れている。道は丘陵地を上がっ たり下がったり、我々の横切ろうとする山道の中を通り抜け、川と同じ高さかと思えば、

次はそのはるか上を通る。空は青だが、イタリアのまばゆく挑発的な青ではなく東洋の青 で、それは乳っぽく薄くてけだるい。ジャングルは今や、空想の処女林の雰囲気をすべて 備えるようになっていた。高い樹木がまっすぐに、枝もなく八十フィートから百フィート も延び、太陽のんかでその力を壮大にひけらかしている。そこに巨大な葉をつけたつる草 が巻き付いて、小さい木は花嫁がヴェールで覆われるように寄生植物に覆われていた。竹 は高さ六十フィート。野生オオバコがそこらじゅうに生えていた。まるで有能な庭師がそ こに植えたかのようで、というのもそれらは意図的に装飾を完成すべくそこにあるような 雰囲気だったからだ。それは実に壮大だった。低い葉は破けて黄色でみすぼらしい。それ は若さの美を妬みと悪意をもって見つめる、邪悪な老女のようだ。だが上部の葉は、しな やかで緑で、その見事さを誇らしげにさしのべている。若々しい美の傲慢さと冷淡な無関 心を備えている。そのたっぷりした表面は太陽を水のように吸収した。

ある日、近道を探して私はジャングルにまっすぐ入る道を進んでみた。主街道にとど まっていたときに見たよりずっと生命に満ちていた。ジャングルホロホロ鳥が通りすがる 木々のてっぺんをかすめ、鳩がまわりじゅうでクークーと鳴き、サイチョウが枝に微動だ にせず停まって観察を許してくれた。自然の居場所が動物園のように思える鳥や獣が自由 に放たれているのを見たときの驚きは、なかなか克服できるものではない。思い出すのは かつて、マレー群島の南東にある離島で、巨大なモモイロインコがこっちをじっと見てい るのを見て、それが逃げたはずのかごを探してしまい、しばらくはここがまさに彼らの 故郷であって、一度も閉じ込められたことなどないということに思い至らなかったこと だった。

ジャングルはあまり密生してはおらず、太陽は木々の間を大胆に縫って、地面を色つき の幻想的なパターンで覆っていた。だがしばらくすると、自分が迷子になったことに思い 当たった。といっても、ジャングルの中で起こりかねないような、深刻で悲劇的な迷子で はなく、ベイズウォーターの広場やテラスでさまようような感じだ。来た道をそのまま戻 りたくはなかったし、小道は日に照らされて魅力的だった。ちょっと先までいってどうな るか見ようと思った。するといきなり、小さな村に出た。家は四、五軒しかなく、それが 竹の防御柵に囲まれている。そんなところに村があるのには驚いた。ジャングルのどまん なかで、主街道から六、七マイル離れているのだから。私と同じくらい住民たちも私を見 て驚いていたことだろうが、向こうもこちらもそれが尋常ではないなどと態度で示すよう

なことはしなかった。乾いたほこりっぽい地面で遊んでいた小さな子供たちは、私が近づ くと散り散りに逃げた(ある場所では、白人を一度も見たことがない少年二人を連れてき てあなたを見せてもいいかと尋ねられ、その二人はその嫌悪を催す光景に恐怖で叫びだし てすぐに連れ去られたのを覚えている)。が、女性はバケツの水を運んだり米をついたり していたが、何事もないかのように仕事を続けた。そして男性たちはベランダにすわり、

どうでもいいというような一瞥をくれただけだった。これらの人々はどうやってここま でたどりついたのか、そして何をしているのだろうと私は不思議に思った。自給自足で、

まったく自分だけの生活を送っており、そして南海の環礁に暮らしているのとお味くらい 外界と切り離されている。この人については、その時も何も知らず、また知りようもな い。私とは別の生物種に属するくらいちがっている。だが私と同じ情熱を持ち、同じ希 望、同じ欲望、同じ悲しみを持っている。たぶん彼らにとっても、愛は雨後の日差しのよ うにやってきて、また彼らにとっても、おそらく飽きがくるのだろう。だが彼らにとって は、代わり映えのしない日々が、長い線を相互に何ら急ぐこともなく愕く事もなく付け加 える。指定された役割にしたがい、前の父親たちが送ったのと同じような暮らしを送る。

パターンはなぞられ、それにしたがうだけでいい。それこそ叡智ではないか、そしてその 一貫性に美があるのではないだろうか?

ポニーをさらに先に進めて、数ヤードほどでまたもやうっそうとしたジャングルに入っ た。上りが続き、小道は小さな激しい小川と交差してまた交差し、それからぐねぐねと下 り、丘のまわりを縫い、危機がそこにあまりに密生していて木々のてっぺんの緑の床のよ うに歩けるのではと思うほどだが、突然完全に空が晴れて平野が見え、今日の目的地だっ た村が見えた。

村の名前はモンピインで、ここでしばらく休もうと決めていた。とても暖かくて、午後 に私はシャツ姿で、バンガローのベランダにすわっていた。近づいてくる白人を見て驚い た。タウンジーを発って以来、白人には一人も出会っていなかったからだ。でもそこで、

道中のどこかでイタリア人神父に会うだろうと出発前に言われたのを思い出した。立ち上 がって迎える。やせた男でイタリア人にしては背が高く、普通の顔立ちと大きくてハンサ ムな目をしている。顔はマラリアで黄ばんでおり、ほとんど目まで豪華な黒髭におおわれ て、 それがアッシリアの王さまくらい大胆にカールしている。そして髪もたっぷりして おり、黒くてカールしている。見たところ、三十五歳から四十歳というところだろう。身 につけた貧相な黒い司祭服はしみがついてすり切れており、それにぼこぼこのカーキ色の ヘルメット、白ズボンに白い靴をはいている。

彼は話かけてきた。「おいでになるときいていたもので。まあ考えて見てもください、

白人には十八ヶ月も会ってないんです」

英語は流暢だった。

私は尋ねた。「何をお飲みになりますか? ウィスキー、ジンとビターズ、紅茶かコー ヒーならお出しできますが」

彼はにっこりした。

「もう二年もコーヒーを飲んでいないんです。切らしてしまい、それなしでも十分やっ ていけるとわかったもので。贅沢品だったし、この伝道のお金は実に少ないんですよ。で も欠乏ではあります」

私はグルカ人のボーイにコーヒーを一杯淹れるようにつげ、そしてそれを口にした彼は 目をうるませて叫んだ。

「蜜の味だ! 本物の蜜。人はもっといろんなものを控えるべきですな。本当に楽しむ ためにはそれしかない」

「二、三缶置いて行かせてくださいよ」

「よろしいんですか? こちらは庭から少しレタスをおわけします」

「でもこちらにはどのくらいいらっしゃるんですか?」

「一二年です」

彼はしばらく押し黙った。

「兄はミラノで神父をしておりますが、母の死に目に会えるよう、お金を送ろうかとい いました。母は高齢ですし、老い先短いんです。私が母の一番のお気に入りだと言われて いて、確かに子供時代は甘やかされました。もう一度会えればいいなとは思いますが、で も正直申しまして、行くのが怖かった。言ったら、ここで私の人々のところに戻ってくる 勇気がなくなるかもしれないと思ったんです。人間の性とは実に弱いものです、そうは思 いませんか? 自分が信用できぬのです」と彼は微笑しつつ、奇妙に哀れっぽい身ぶりを した。「まあいいか、どうせ天国でまた会えますから」

そして彼は、カメラを持っているか尋ねた。新しい教会の写真をロンバルディアのご婦 人に是非とも送りたいのだという。そのご婦人の敬虔な寄付があればこそ、その教会を建 てることもできたいのだ。そこに連れて行ってもらったが、巨大な木造の納屋で、いかめ しくむきだしだ。祭壇の背後には、チェントンの尼僧の一人が画いた、実に醜悪なイエ ス・キリストの絵が飾ってある。彼はその絵の写真も撮ってくれと懇願した。チェントン について修道院を訪問したら、その尼に作品がどういう具合に見えるかを見せてあげてほ しいというのだ。貧相な会衆のために、小さなベンチが二つあった。彼は誇らしげだっ た。無理もない。この教会、祭壇、ベンチはすべて自分自身と改宗者たちが作ったものな のだから。居住地にも招いてくれて、自分が面倒を見ている子供たちの教室と寝室になっ ている慎ましい建物を見せてくれた。確か、六と三十人いるという話だったと思う。そし て自分自身の小さなバンガローにも招き入れてくれた。居間はそこそこ広く、教会が建つ まではここは礼拝堂としても使っていたのだ。裏には修道院の僧坊ほどしかない小さな寝 室があり、そこには小さな木のベッド、洗面スタンド、本棚しかない。そのとなりには小 さくて、いささか汚く散らかった台所があった。そこには女性が二人いた。

「ごらんなさい、いまやかなりの御大尽ですぞ。コックに台所女中がいるんですから」

と彼。

若い方の女性は兎ツ口で、クスクス笑いつつも苦労してそれを手で隠そうとしていた。

神父が彼女に何か言った。もう一人は地面にしゃがみこんで、臼で何かハーブを潰してい た。彼は優しくその肩を叩いた。

「二人はここにきて一年近くになります。母と娘なんです。女性は可哀想に、手が奇形 で、娘はごらんの通りあのひどい唇です」

女性は夫と、兎つ口娘以外にも子供が二人いた。でもみんな突然、数週間起きに次々に 死んで、村人たちは彼女が悪霊に憑かれていると思ったんで、娘といっしょに文無しで、

まったく馴染みのない世界へと追い出したのだった。そこで彼女は、ジャングルの中の伝 道師がいる村にでかけた。キリスト教徒は悪霊を恐れないと聞いたからだ。伝道師はよろ こんで住まわせてくれた。だがとても貧しくて喰わせることはできなかった。そこで伝道 師は、神父のところへ行けといったのだった。道中は五日かかり、雨期の始まりだった。

彼女と娘はわずかな所有物をかつぎ、背中に担げる小さな荷物にしかならなかったが、そ

ドキュメント内 パーラーの紳士 The Gentleman in the Parlour (ページ 59-67)