第4章 文法化の度合いとプロセス
4.1 文法化
4.2.3 まとめ
4.3.2.9 まとめ
以上のテストを用いた分析に基づいて、「してはいけない」形式の語としての一体化のレベ ルを検討した。その結果は以下の表にまとめることができる。
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条件形の複数出現 ○
倒置不可 ×
程度副詞の挿入不可 × 肯定形式の取り替え不可 ○
時制の取り替え不可 ×
丁寧系の取り替え不可 × 連文における省略 ○
表9 「してはいけない」形式の一体化
このように、「してはいけない」形式は、「いけない」という評価から、「してはいけない」
という非許容、禁止への文法化の度合いは初期段階にあり、一語化、文法化の途上にあること がわかった。
4.3.3 「しちゃだめ」形式の文法化の度合い
「だめ」の語源は、囲碁用語で、双方の境にあってどちらの地にも属さないところを意味す る「駄目」である。この場所に石を置いても自分の地とならず無駄な目になることから、ダメ は「やっても甲斐のないこと」、「してはいけないこと」を意味するようになった(『語源由来 辞典』)。
「しちゃだめ」は「してはだめ」の短縮した形である。この「ちゃ」という形式は、Heine &
Narrog(2002)のいう浸食(Erosion)という概念に該当するので、この概念を用いて説明した い。Heine & Narrog(2002)は、浸食を以下のように定義している。
(48) Erosion is linked to high-frequency use, and thus it is a corollary of grammaticalization which implies increase in usage frequency. Therefore, it usually ccurs at a later stage in the
grammaticalization process and is by no means a requirement for grammaticalization to happen.
Heine&Narrog(2002:407)
つまり、浸食は、頻繁に使用される中で起こる現象であり、文法化の進んだ段階で見られる。
Heine & Narrog(2002:407)では浸食には次の二種類があるとされる。
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(49) Erosion can be of two kinds. First, it may involve entire morphological units. […] More commonly, however, change is restricted to phonetic erosion.
Heine & Narrog(2002:408)
浸食には形態の浸食とより一般的な音声的な浸食があるということであるが、「しては」と いう形式が「しちゃ」になったのは、この音声的な浸食であると考えられる。音声的な浸食に は、Heine & Narrog(2002)によって四つの変化に整理されている。その変化を以下の(52)
に示す。
(50) Kinds of phonetic erosion
a. Loss of phonetic segments, including loss of full syllables.
b. Loss of suprasegmental properties, such as stress, tone, or intonation.
c. Loss of phonetic autonomy and adaptation to adjacent phonetic units.
d. Phonetic simplification.
Heine & Narrog(2002:408)
「ては」[tewa] から「ちゃ」[ʨa] への変化には、閉鎖音の硬口蓋化([te]→[ʨ])、分節音 [w]
の削除、音節数の減少が見られ、上記の音声的浸食に該当する。
Heine & Narrog(2002)は、このような音韻的な浸食は、多くの場合、形態的浸食を伴うと
して、ラテン語のcasa「家」が古フランス語のchiese, chese「家」を経て、現代フランス語で
前置詞chez「~の家で」になった例や、英語の前置詞besideが、by the side (of) に相当する成
句に由来することをあげている。「てはだめ」から「ちゃだめ」への変化も、このような形態 的な浸食が伴っている。すなわち、接続助詞「て」+係助詞「は」であったものが、単独の助 詞「ちゃ」になったとみることができる。
なお、以下の例に示すように、「ちゃ」にも「ては」と同じ用法があることから、「て」+「は」
が文法化した「ては」が音声的な浸食によって、「ちゃ」になったと考えられる。(53)は「条 件」の用法、(54)は二つのできごとなどが対になって繰り返されることを表す用法である。
(51) a. 車が{なくては/なくちゃ}運べない。
b. そう{言われては/いわれちゃ}何も言えない。
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(52) a. 食っ{ては/ちゃ}寝、食っ{ては/ちゃ}寝している。
b. 怪談を聞い{ては/ちゃ}怖がっている。
また「してはだめ」「してはいけない」も「しちゃいけない」「しちゃだめ」も、しばしば禁 止として使われる。
(53) a. そしてこの内面の声が快感原則に対立し、「快感だけを追求していてはだめだ」「社
会の道徳を守らなくてはだめだ」と命じるのです。
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『「精神分析入門」を読む』) b. 「目がわるくなっているのに、車にのってはだめですよ。」
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『いのちをうばった神さま』) c. 私の頃になると、先生が非常に厳しくて、手話は一切使ってはだめだと言われま
した。
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『音のない記憶 ろうあの天才写真家井上孝 治の生涯』)
(54) a. 「いいかミチオ、クジラに向かって力いっぱい漕げ。水音をたてちゃだめだ。ク
ジラが気づいちまうからな。静かに力いっぱい漕ぐんだ」
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『星野道夫著作集』) b. 「そんなとこにすわっちゃだめだよ、ワックスをかけてるんだから」
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『きらきらひかる』) c. その時、秋田の言った通り消防団員たちは言った。「皆に迷惑をかけちゃだめだ。
いっしょに行こう」。
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『プロジェクトXリーダーたちの言葉』)
(55) a. いかに小さな国であっても、小さいとあなどってはいけない。
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『中国古典名言事典』) b. 子どもは親の「成果」ではない。親は子どもに見返りを期待してはいけない。
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『<子育て法>革命』) c. 地方によっては元旦から三日間行なわれ、その間だれに水をぶっかけてもかまわ
ないし、かけられて怒ってはいけない。
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『読むクスリ』)
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(56) a. 「ひとさまのフトコロのことなんかどうでもいいじゃないか。そんな品のないこ
とをいっちゃいけない」
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『二度目の大往生』) b. 「無理しちゃいけない。無理しちゃいけない。西条は無理をして、結局死んじゃ
ったんだよ」
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『揺れる夏追憶の橋』) c. 「なんだ、あれは…!?」カールが見上げる。「まさか…」「刺激しちゃいけない!」
叫んだのは、マナブである。
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『アプサラスリターンズ』)
以上のように、「しては」「しちゃ」という形式は文法化の度合いが高い。ここでは、「だめ」
という語との複合によってできた複合形式「しちゃだめ」を例に、その文法化の度合いを見て みよう。
「しちゃだめ」は「動詞の連用形」+条件形の短縮した形「ちゃ」+「だめ」からなる複合 形式である。「だめ」は、前述のように、もともと無駄なこと、甲斐のないことという意味で ある。そのような意味で使われた用例を挙げる。
(57) a. そうなんです。中途半端な勝ち方じゃあだめだということです・・・・・・自公
にギャフンといわせるくらいの勝ち方でないとだめだと。
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『Yahoo!ブログ』) b. アドレスは間違いなくあっているのです。何回試してもだめです。どうしてなの
か?また、ほかにいい送信方法がありましたら教えてください。
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『Yahoo!ブログ』) c. 勝がやった江戸開城というのは、あの病人はもうだめだからほうっておく、とい
う立場だ、というわけです。是非をいっているのではなく、福沢は人間の“情”
について語っているのです。
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『「明治」という国家』)
「だめ」は、「いけない」という意味としても単独に使われる。その意味で用いられた例文 を以下に挙げる。
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(58) a. 「あそぼうよ」レオンがまたいいました。「いまはだめ、いそがしいの」するとレ
オンは、じだんだをふんで、どなりました。(現代日本語書き言葉均衡コーパス『ま ほうつかいリリまほうでしゅくだいをする』)
b. 「そんなむちゃなことしてー。おばあちゃん、だめだよ」って言わなきゃならな いのかもしれないけれど、ぼくはもうおもしろがってしまったから、とてもまじ めな顔でお説教なんかできない。
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『子どもと病気』) c. 「だめ!ニンシュブルはだめ!あのひとはわたしのいのちの恩人、わたしの言う
ことをよく聞いてくれたひとだから。おまえたちに決して渡さない」
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『七つの愛の物語』)
そして、二人称の行為者あてに発話することで、「しちゃだめ」の形としての禁止の機能が 定型化する。これら複合した形式は、禁止の意味として用いられ、コーパスにおいても頻度と が非常に高い。
(59) a. 女の子は嫌な人と自分から手を繋ぐなんてことはありえませんよ。ただ、ガツガ
ツしちゃダメよ!ゆっくりね。
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『Yahoo!知恵袋』) b. 園長先生はいった。「もう、すんだことだから、あなたと先生だけのひみつにして
おきましょう。でも、これからは、あんなこと、しちゃだめよ。」
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『ヒルベルという子がいた』) c. スプリがコンロのそばまでマッチをとりにいくと、イブもスプリの足もとをちょ
ろちょろとついてきます。「イブ。こしをぬかしちゃだめだよ。」
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『いたずら魔女スプリのたんじょう日』) d. 「すごく、いい気分。ほら、用水路の水に月が輝いてる。見て。神さまが溶けた
銀を用水路に注ぎ込んだみたい。月は神さまのものなんだから、人間が歩いたり しちゃだめ」
(現代日本語書き言葉均衡コーパス『レッド・ライト』)
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これらの例では、いずれも話し手がある行為を止めるように禁止をもちかけている。『現代 日本語書き言葉均衡コーパス』における「しちゃだめ」の頻度は、60例文中、58例が禁止と して使われていた。さらに、「しちゃだめ」形式の語の前半つまり条件部が音声的に縮約され ていることと考え合わせれば、文法化の度合いは高いといえる。以下では、「しちゃだめ」と いう複合形式が一語として一体化しているかということを、「してはいけない」形式に対して 用いたテストを適用してみる。